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1章 

35. 日向ぼっこ

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美しい螺鈿らでんの輝く漆塗りの木箱。
蓋を開けると、真紅のビロードで型取られた台座に、銀色真鍮しんちゅうの四角いオイルライターがはまっている。

「素敵」

見惚れてしまう美しさだ。
オイルライターは薄い長方形で角がわずかに面取りされている。上部の一遍だけが綺麗なアールを描いたスタイリッシュなフォルムだ。
オイルライターを取り出すと、底の部分に製造年月、通し番号、そして今回新しくデザインされたシルエット工房マークが刻印されている。

これを、誕生パーティーに来てくれた賓客へ返礼品としてお渡しする。
領地へ向けての披露宴なので参加しない貴族も多いから、贈り物も大量に届くだろう。その返礼品としても同日に送る予定だ。

全部で200個出来上がったオイルライターのうち、150個はパーティー当日に捌けてしまう計算だ。

工房の外の木陰にガーデンテーブルとチェアを用意し、午後の温かい時間をそこで休憩するのが最近のパターンになった。
テーブルには冷たいお茶。
そしてリクライニングしたチェアに寝そべったレオン様と私の膝の上には、繊細で豪華な螺鈿の木箱があり、この次にやらなければならない作業が頭の中で進行している。

ここに、説明書と保証書を入れなければならない。

「保証期間を記載しないとな。1年、は無理か?」

「そうですね。1年で故障はないと思いますが・・・3ヶ月にしましょうか。オイルの量を極少にして、すぐ火が着かなくなるくらいが最初はいい気がします」

「落ち着いてから、オイルと羊毛フェルトを交換すればまた使えるようになると教えるか?」

「それが良いかと。あまり急速に出回ってしまうと何が起こるか予測がつきません」

「ならば今回はオイルライターの存在を一部に知らしめるだけ、という作戦だな。悪用される前にオイルを使いきってしまう計算だ」

「それが良いと思います」

私たちの働き詰めを心配した従者たちが、少しでも休めるようにとお昼寝用に準備してくれたガーデンセットですが、一応身体を横たえるものの、冴えきった頭に眠気は遠い。

2人で顔にタオルをかけて、寝そべったまま話し込む。
ここで眠れたことはないが、お気に入り時間の時間だ。
毎日バタバタと過ごしているので、レオン様とじっくり二人きりでお話しできるのは、最近ではこの時間しかない。

「では、説明書を作ってしまうか」

レオン様が休憩を終えて立ち上がります。
あとは箱詰めし、パーティー当日に配布するだけとなったオイルライター開発は、今日で一旦終了だ。
職人たちにも今日は休みを与えた。

何となく場を離れがたくなり、起き上がることが出来ない。

「ソフィア嬢?」

レオン様が傍らに立ったのがわかる。

「どうしたの?」

さっきまで業務的だった口調がまろみを帯びてドキリとする。
私の椅子の傍らにレオン様が腰掛けた気配と、人払いをして従者たちが遠くに控え直した気配が伝わってきた。

ああ、この時間を名残惜しんでいるのがバレてしまった。

恥ずかしくて、タオルの上から両手で顔を覆って誤った。

「すみません。まだパーティーの準備が終わったわけではないのに、気が抜けてしまいました」

「いいんだ。よく働いたんだから。お疲れ様だったね、ソフィア嬢」

労わりの優しい声が耳に届く。

「レオン様がいなかったらできませんでした。レオン様のお陰です。ありがとうございました」

こんな格好で言うことではないので、笑いがこみ上げてくる。

「ふふふ、寝ながらお礼を伝えたのは初めてです」

私はタオルを取って起き上がる。
レオン様も立ち上がると、私が椅子から降りるのをエスコートしてくれる。

木々の間を流れる風の音がする。
耳を澄ますと、遠くから会場設営のために働いている人々の喧騒が聞こえる。
パーティーはもう数日後に迫っている。
そして、その前日には婚約式だ。

レオン様は私の手を取ったまま正面に立った。

「俺は今まで自分の魔力をどう使っていけばいいのか、ということばかり考えていた。多分王のために働くことになるのだろうと思っていたし、それ以外の道はないとも思っていた」

突然の告白です。
レオン様がご自分のことを口にするのは珍しい、というか、初めてです。

「俺は結構、周りが引くくらいには魔力を持っているのね。でも、だからって俺1人の魔力で何かをどうこう出来るわけでもないじゃない? だから父みたいに組織に所属して、国のために働いていくんだろうなぁと思っていたんだ。」

風がレオン様の銀髪をなびかせる。露になったお顔はとてもおだやかだ。

「けど。この1ヶ月シルエット家でお世話になって考えが変わったよ。まるで目が覚めるようだ」

伏せていた長い睫毛がふっと上がって、レオン様は私の顔をじっと見つめた。

「世界は魔法がなくても生きていけるのかもしれない」

にっこり笑って言う。
私が心の中で思っていたことを、レオン様には見抜かれていたようだ。
その上で考えを肯定してくれる。

私は思うのです。魔法が使えないことなど何の問題もない。生きていく方法はいくらでもある。
魔法の変わりに知恵を働かせればいいのです。
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