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1章 

34.5 sideアレクサンドライト ~コール~

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王都の夜は明るい。
それだけ権威権力と金が集まっている証拠だ。
夜になっても明るい館がそこかしこにある。

街の喧騒から外れた広い敷地に王都シルエット邸はある。
領地の邸と違って、縦に長い。
アレクの部屋は、最上階の5階にあり、窓からは街の夜景を眺める事が出来る。
王都に来て最初の頃はその煌びやかな夜景に感動したものだが、一度帰郷してしまうと、ブレスとの差が目に見えてしまう。いつからか夜景は憂いの象徴になってしまった。

王都にいると感覚が鈍る。
世界はどんどん魔力がなくなり、人々は魔道具が使えなくなって苦しんでいる。
この美しい夜景を見て、それを実感せよというのが無理なのだ。
国が、王宮が、なかなか魔力枯渇に対する策を講じないのも、緊迫感の無さが成しているのかもしれない。

だが、ブレスにいるうちのお姫様は、次の冬を越すためのアイテムを必死に作っている。
妹のソフィアは、ただ周囲の人が、街の人々が、幸せならばそれでいいという天然のお嬢様だ。
だが、どうだ。
きれいごとしか言わない恵まれたお嬢様は、もうすぐ世界を救済するかもしれない。



王都は夜になっても暑さが残る季節になった。
窓を開け放しておくと、風魔法が訪れた。
窓の外からふうわりと青い羽が室内に舞い込んでくる。

「なんだよ? 毎晩コールしてきて。暇なのか?」

ソファーに横たわったまま青い羽を呼び寄せると、羽はアレクサンドライトの視線の上にやって来た。そのままくるくる回って小さな風をおこし、魔法で風に込められた声を伝える。

「ねー、アレク。誕生日のドレス、送る必要ないって夫人に言われた! 婚約披露するまではそういうことするなって。披露するのって三年後だよ? 俺はそれまでどうやってソフィア嬢の婚約者として周囲を牽制すればいいのさ?」

どうでもいいレオンの言葉が流れて来る。
アレクは思わず半目になってため息を吐いた。

「誕生パーティーは純粋な令嬢披露会なのね。だからソフィアはシルエットの色を着る。お前の出番はないよ。」

羽に言葉を預け、ふっと息を吹きかける。
すると羽は空を舞い、窓の外へ消えて行った。
その直後にはレオンの元に届いている。

アレクとレオンは魔力の強い者同士、こういったやり取りを頻繁にしていた。
周囲に知られると碌なことがないので、お互いと、お互いの親しか風魔法の乱用については知らない。
今は貴族でもここまで魔法を頻繁に使える者は数少ないのだ。

「一個くらいシルバーを付けてもらってもいいかな?」

また下らない声が運ばれてくる。

「あのね、誕生日のためにソフィアたちはずっと前から準備してるのね。彼女たちの努力を無にするなよ。」

「そういうもんか?」

「そういうもん。お前、もう少し女の子の気持ちを考えてあげなさいね」

「俺の周りにはろくな女は居なかったんだよ! あいつらは自分さえよければどうでもいいんだ。そんな女にいちいち気を使ってられるか!」

「ソフィアは違うでしょ!?」

「だから困ってるんじゃん。令嬢披露と同時に、彼女にはもう婚約(内定)者がいるってどうやったら示せるの? 俺の色を付けてもらうのが手っ取り早いのに駄目なんでしょ?」

大分切羽詰まっているらしい。ソフィアが10歳と幼いため、婚約披露を13歳まで待って欲しいというお母様の願いらしいのだが、レオンは不満そうだ。
今レオンはブレスのシルエット邸にいる。
お母様と険悪になっても困る。

「・・・エスコート。本来は俺とお父様がするエスコートだが、重要なところ以外はお前に譲る。すっごく嫌だが仕方が無い。お前以外の虫が着いても面倒だからな!
周囲からはお前がシルエット家に近い存在とわかるはずだ。そうなると、まあ、そういう相手なんだろうと勝手に憶測がめぐるよ」

ため息でまた羽を送り返す。

「感謝するよ、おにいさま。虫は寄せ付けない完璧な仕事をするからから安心しろ! 助かる! ありがとうな!」

レオンの笑顔が見えるような喜びの声が届いた。
なぜ俺はレオンに恋のアドバイスをしているのだろう。
しかもあいつは愛しい妹についた悪い虫だ。
だが。

「レオン様」

と無邪気に笑って話しかけるソフィアの姿を思い出す。

ソフィアは早熟ですこぶる頭がよく、それが周囲との軋轢になる事を理解している聡い子供だ。
だから、本気で思いをぶつけられる相手がいない。自分を隠して生きている。
両親や俺にも、思慮深く遠慮がちに話しかけてくるだけだ。
最近では家族で唯一アドライトだけは素のソフィアと対面しているようだが、それでも格の違いが埋まるわけではない。

それが、レオンと出会って、一日二日と経つうちに、ソフィアの見えない仮面がパラパラと崩れていくのがわかった。
今まででは口に出せなかったであろう難しいことを簡単に言うようになった。
それに難なく対応するレオンにも格の違いを感じて腹立たしいのだが、何よりもソフィアのあの無防備な表情を見ていると、何も言えなくなる。
むしろソフィアを頼む、になってしまう。ちくしょう!
お父様も同じ気持ちだろう。

物思いに耽っていると、終わったと思った羽が舞い戻って来た。

「ねー、許されるなら、前から抱きしめておでこにチューと、後ろから抱きしめてほっぺにチューとどっちだと思う?」

罪が無い美声が本気で下らない言葉を吐くので、フォレスト家の青い羽を火の魔法で燃やしてやった。
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