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1章
31. 扉越しの攻防
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「開けてはもらえませんか?」
「む、無理です」
「では仕方ありません。私の言い訳を聞いてください」
「言い訳?」
「先ずは昨晩の件です」
ああ、昨晩の夜会のあれね。
「あれは軽薄な発言だと思いました」
私の言葉にレオン様が声を詰まらせる気配がした。
軽薄は言い過ぎかしら?
でも、そう思ったし、嫌だったし、迷惑だった。
「申し訳ありませんでした。謝ります」
「謝る、ならばやはり軽い気持ちで言ったのですね?」
「違います。本気ですよ。でも、冗談のように気持ちを暴露するのは軽率だったと思います」
「本気・・・?」
「本気ですよ。ソフィア嬢、あなたは今、私が一番夢中になっている方です。でも、父から正式な申し込みがないのに、あなたを口説くのはマナーに反します。なので、早く気持ちを伝えたくて焦れていたのです」
「婚約にはマナーがあるのですか?」
「ああ、知らなかったのですね? 婚約は家同士の約束事なので事前に家長同士で話し合いがもたれます。お互いに条件などを合意して婚約申込書が送られ、相手が受理したら初めて当人たちに知らされるのです」
「そうなのですか」
でも、私は知らなかったけど、レオン様はご存知だったのよね?
「もしかしてレオン様のブレスへの遊学は、私を見定めるためだったのですか?」
「申し訳ありません。親同士がそういうつもりだという事に気付いていました。きっと婚約の話を持ち出す前に、私とあなたの相性などを調べてみたかったのでしょう。でもそれは全く合わない者同士が婚約するのを避けるための、父たちの愛情だったと思います。私はその企みに乗りました」
「そうだったのですね」
私は腑に落ちる。
美しく、凛々しく、頭脳も明晰で、剣技にも通じ、健康な男子のレオン様が、私に興味を持ち優しくしてくれたのは、婚約という前提があったからなのだ。
じゃなければこんな子供に構うはずがない。王都の美しく煌びやかな女性を見慣れたレオン様が私に好意を持つなどありえない。
「私はレオン様の眼鏡にかなったということですね」
血統、遺伝的美貌、遺伝的頭脳、遺伝的魔力、シルエット家ならではの要素を多分私も備えているだろう自覚がある。
婚約の条件には不足はないだろう。
それはレオン様も同じだ。
後は本人同士の相性だけ。
ふふふ、とレオン様の笑いが聞こえる。
「かなうなんて物じゃないよ。もう一目惚れだよ。初めて会った日、ホールで、俺はソフィア嬢に会えたことを神に感謝したよ。だからすぐに動いて、滞在中に婚約内定まで持ち込もうと画策した」
レオン様の口調が変わり、他人行儀だった言葉が真実味を帯びた。
惚れた?
私に?
一目惚れ?
「そんな馬鹿なこと、あるはずない」
私は思わず否定する。
だってそうでしょう?
「なんで馬鹿なことだと思うの? おれはソフィア嬢に惚れている。この数日間、ソフィア嬢と一緒にいられて幸福しか感じないよ。これからも一緒にいたいし、ソフィア嬢のやることなすことにいちいち付き合いたいんだ。役に立ちたい」
「私はただの子供ですよ?」
「関係ない。それにただの子供じゃない。俺の大好きなソフィア嬢だ。何者にも代え難い存在だ」
「だって、私はただのチビです。王都にいる女性と張り合って勝てる気がしません」
「何言ってるの? とっくに勝っているんだから張り合う必要ない。チビだっていいじゃないか。すぐに成長するんだから。それに今はチビだからいいっていうか、可愛いっていうか。とにかく今のソフィア嬢に会って惚れて、こうやって口説いてるの」
レオン様の声が次第に強くなってきます。
「俺を疑うな」
ひと際低い、真剣な声。
「っ・・・はい」
思わず答えてしまいました。
「じゃあ、ドアを開けて」
レオン様の他者を従える声。
逆らえるはずもなく、私はカチリと鍵を開けた。
向こうから扉が開かれる。
「やっと会えたね、ソフィア嬢」
優しくてまろいレオン様の笑顔がある。
思わず見とれてしまう美しいお顔だ。
「ソフィア嬢、私と婚約してください」
レオン様は私の手を取って膝をつき、懇願するように少し下から覗き込んできた。
逆らえるはずがない。
「・・・はい」
返事をすると顔に血が上ってくるのがわかります。
私、今きっと真っ赤な顔をしている。はずかしい。とてつもなくはずかしい。
見られたくなくて顔をそむけると、立ち上がったレオン様がガッツリ顔を掴んで無理やり正面を向ける。最低。
「顔を見せて」
もう見ているでしょう!
みっともない顔を!
「ふふふ、可愛い」
顔を掴んだ親指できっと真っ赤に染まっているだろう頬をスリスリしています。
これだから、これだから、レオン様は!
でも。
レオン様、幸せそうにとろけそうな目をしています。
こんな表情をしてくれるのだから、婚約も悪くないのかな、と思ってしまします。
「ソフィア嬢」
呼ばれてしかたなく目を合わせると、レオン様の美しい顔が近づいてきて・・・。
ギューっと抱きしめられました。
びっくりしたびっくりしたびっくりした!!
「キスはまだ止めておこうねー」
とぎゅむぎゅむと私を抱きしめながら言っています。
からかわれたの!?
この期に及んでからかわれたの!? わたし!!
「だってこんなされるがままにしかできない小さな子にねぇ、キスは出来ないよねぇ。残念」
取り敢えず、当面は恋愛的な行事はなしでいいのかな?
良かった!
心から良かった!
安心した私は、お父様ともお兄様とも違う両腕の感触に力を抜いて身を任せました。
「む、無理です」
「では仕方ありません。私の言い訳を聞いてください」
「言い訳?」
「先ずは昨晩の件です」
ああ、昨晩の夜会のあれね。
「あれは軽薄な発言だと思いました」
私の言葉にレオン様が声を詰まらせる気配がした。
軽薄は言い過ぎかしら?
でも、そう思ったし、嫌だったし、迷惑だった。
「申し訳ありませんでした。謝ります」
「謝る、ならばやはり軽い気持ちで言ったのですね?」
「違います。本気ですよ。でも、冗談のように気持ちを暴露するのは軽率だったと思います」
「本気・・・?」
「本気ですよ。ソフィア嬢、あなたは今、私が一番夢中になっている方です。でも、父から正式な申し込みがないのに、あなたを口説くのはマナーに反します。なので、早く気持ちを伝えたくて焦れていたのです」
「婚約にはマナーがあるのですか?」
「ああ、知らなかったのですね? 婚約は家同士の約束事なので事前に家長同士で話し合いがもたれます。お互いに条件などを合意して婚約申込書が送られ、相手が受理したら初めて当人たちに知らされるのです」
「そうなのですか」
でも、私は知らなかったけど、レオン様はご存知だったのよね?
「もしかしてレオン様のブレスへの遊学は、私を見定めるためだったのですか?」
「申し訳ありません。親同士がそういうつもりだという事に気付いていました。きっと婚約の話を持ち出す前に、私とあなたの相性などを調べてみたかったのでしょう。でもそれは全く合わない者同士が婚約するのを避けるための、父たちの愛情だったと思います。私はその企みに乗りました」
「そうだったのですね」
私は腑に落ちる。
美しく、凛々しく、頭脳も明晰で、剣技にも通じ、健康な男子のレオン様が、私に興味を持ち優しくしてくれたのは、婚約という前提があったからなのだ。
じゃなければこんな子供に構うはずがない。王都の美しく煌びやかな女性を見慣れたレオン様が私に好意を持つなどありえない。
「私はレオン様の眼鏡にかなったということですね」
血統、遺伝的美貌、遺伝的頭脳、遺伝的魔力、シルエット家ならではの要素を多分私も備えているだろう自覚がある。
婚約の条件には不足はないだろう。
それはレオン様も同じだ。
後は本人同士の相性だけ。
ふふふ、とレオン様の笑いが聞こえる。
「かなうなんて物じゃないよ。もう一目惚れだよ。初めて会った日、ホールで、俺はソフィア嬢に会えたことを神に感謝したよ。だからすぐに動いて、滞在中に婚約内定まで持ち込もうと画策した」
レオン様の口調が変わり、他人行儀だった言葉が真実味を帯びた。
惚れた?
私に?
一目惚れ?
「そんな馬鹿なこと、あるはずない」
私は思わず否定する。
だってそうでしょう?
「なんで馬鹿なことだと思うの? おれはソフィア嬢に惚れている。この数日間、ソフィア嬢と一緒にいられて幸福しか感じないよ。これからも一緒にいたいし、ソフィア嬢のやることなすことにいちいち付き合いたいんだ。役に立ちたい」
「私はただの子供ですよ?」
「関係ない。それにただの子供じゃない。俺の大好きなソフィア嬢だ。何者にも代え難い存在だ」
「だって、私はただのチビです。王都にいる女性と張り合って勝てる気がしません」
「何言ってるの? とっくに勝っているんだから張り合う必要ない。チビだっていいじゃないか。すぐに成長するんだから。それに今はチビだからいいっていうか、可愛いっていうか。とにかく今のソフィア嬢に会って惚れて、こうやって口説いてるの」
レオン様の声が次第に強くなってきます。
「俺を疑うな」
ひと際低い、真剣な声。
「っ・・・はい」
思わず答えてしまいました。
「じゃあ、ドアを開けて」
レオン様の他者を従える声。
逆らえるはずもなく、私はカチリと鍵を開けた。
向こうから扉が開かれる。
「やっと会えたね、ソフィア嬢」
優しくてまろいレオン様の笑顔がある。
思わず見とれてしまう美しいお顔だ。
「ソフィア嬢、私と婚約してください」
レオン様は私の手を取って膝をつき、懇願するように少し下から覗き込んできた。
逆らえるはずがない。
「・・・はい」
返事をすると顔に血が上ってくるのがわかります。
私、今きっと真っ赤な顔をしている。はずかしい。とてつもなくはずかしい。
見られたくなくて顔をそむけると、立ち上がったレオン様がガッツリ顔を掴んで無理やり正面を向ける。最低。
「顔を見せて」
もう見ているでしょう!
みっともない顔を!
「ふふふ、可愛い」
顔を掴んだ親指できっと真っ赤に染まっているだろう頬をスリスリしています。
これだから、これだから、レオン様は!
でも。
レオン様、幸せそうにとろけそうな目をしています。
こんな表情をしてくれるのだから、婚約も悪くないのかな、と思ってしまします。
「ソフィア嬢」
呼ばれてしかたなく目を合わせると、レオン様の美しい顔が近づいてきて・・・。
ギューっと抱きしめられました。
びっくりしたびっくりしたびっくりした!!
「キスはまだ止めておこうねー」
とぎゅむぎゅむと私を抱きしめながら言っています。
からかわれたの!?
この期に及んでからかわれたの!? わたし!!
「だってこんなされるがままにしかできない小さな子にねぇ、キスは出来ないよねぇ。残念」
取り敢えず、当面は恋愛的な行事はなしでいいのかな?
良かった!
心から良かった!
安心した私は、お父様ともお兄様とも違う両腕の感触に力を抜いて身を任せました。
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