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1章 

26. 共同開発のお誘い

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火打石の存在については現場にいた従者たちにも厳しく箝口令が敷かれた。
今、言っていいのはフォレスト候のみ、ということで皆納得した。

邸に戻ってテラスで一休みとなり、テーブルの上には薄くて繊細なカップに紅茶が注がれた。
春摘みの爽やかなお茶の味に落ち着きを取り戻した皆は、火の活用について話し出す。

特にお母様は領民のために早期の実用化を望んでいる様子だ。
お父様は王都、つまり王に先んじてシルエット領で流通させるのはどうかと思案中。
でもアレク兄様は王に報告してからだと、独り占めするのではないかと懸念している。
アド兄様はマイペースにコンロを魔力無しで使えないか実験したいと言い出した。

レオン様が角度によって濃度を変えるグレーアイで私を見る。

「いい?」

と聞いているのだ。
私は頷いた。

「皆さん、実用化に向けて考えるならソフィア嬢に知識を洗いざらい出してもらって学んだ方がいいと思います。あと、王に報告することは考えない方がいい」

張りのあるレオン様の声に皆が注目する。

「王に報告をしないと?」

お父様が厳しい声で問い返す。

「魔力無しで火を起こせるなど他国に先んじるチャンスだからね、この技術は極秘扱いになる。それか、魔力が必要なくなると貴族の希少性が薄れてしまうから、平民との差別化のためにも火のことは公にしたくないかも」

「どちらにしても領内に火を広めたい我々の望まない方向にいくか」

お父様がため息を吐く。

「そこで、良い案があります」

それまでの真剣な口調をがらりと明るく変えたレオン様は、立ち上がると私の後ろに回り、両手をポンと肩に置いた。
こういう行動はビックリしますからやめて下さい。
とは場の流れ的に言えず、背中が緊張でピーンとします。

「俺とソフィア嬢で実用性の高い『オイルライター』を早急に開発します。そしてソフィア嬢の誕生パーティーに合わせて国内の貴族にお祝いとして配っちゃいましょう! もちろん領民にも披露しちゃいます。いっきに広まりますよ」

「まて。オイルライターとは何だ?」

お父様、さすがに重要なところを聞き逃しません。

「そこがソフィア嬢の知識です。つまり内緒です」

「なんで内緒なんだよ」

レオン様のふざけた言い様にアレク兄様が突っ込みます。

「何故なら、そんな大層な物を開発したとは気付かず、皆の役に立てば嬉しいという純粋な気持ちでソフィア嬢と俺が勝手に配布し流通させてしまったからです」

なんですと!?
私とレオン様が勝手にしたことだから王への報告より先に出回ってしまったことにすると!?
私たちが責任を被るわけですか!?

「ソフィアをそんな危険な状況に置きたくなーい」

あっさりアド兄様が反対します。

「そうですわ! ソフィアは婚姻まで当たらず触らずで行く予定なのです!」

「大丈夫、俺がセットだから」

背後のレオン様はきっとにこにこ顔ですね。そんなお声です。
でも、たしかに危険だと思います。

「大丈夫だよ。俺がはみ出し者なのは既に王宮も承知だから。承知の上でフォレスト家から可愛がられているしね。俺に何かあったら父上が黙っていない」

頭の後ろから長々と語らせるのは耐えられなくて、私はくるりとレオン様に向き直りました。
本当になんでもないのだという顔をしている。

「でも、ソフィア嬢は幸運な事に、まだ誰にもその希少価値を知られていない」

レオン様、優しい瞳で話してくれていますが。

「私は希少な存在でもなんでもありませんよ?」

私は訂正します。
そんな大層な肩書は必要ない。ちょっと、いやかなりだけど、本好きなただの人間です。私の知識は全て本と想像力から得たのですから。

「ふふふ、なら、俺にとって類稀な存在ということにしておこうか」

「レオン様にとって?」

そう、とふんわりきらきらの笑顔で答えてくれます。
美しいお顔ですが、意味は全くわかりません。
なんで?

更に追及しようとすると、アレクお兄様が「つまり!」と強く言う。

「つまりは、シルエット家、フォレスト家の子供たちがしでかした事に対して、どうこう言える人間は居ないということだな?」

「そういうこと」

レオン様が肯定する。

なるほど。
私というちっぽけな存在など霞んでしまう程のシルエットという名が持つ存在感。
同じく、フォレスト候も王族の中から一代で成り上がったカリスマだ。
私とレオン様を糾弾するという事は、この二つの家を敵に回すということになる。ならば子供のおふざけにちゃんと説教しておきました、という二家の言い分を認めた方が今後の憂いがない。

「レオンなら、そう持っていけるか」

アレク兄様が納得したようです。

「ファルコと口裏を合わせておくが、レオン、責任の比重がほとんどお前に傾くぞ。まさか誰もうちのソフィアが開発したなんて思わないだろうからな」

お父様も承知の方向だ。

「構いませんよ。見返りは必ず貰います」

なぜかレオン様はお母様を見て言う。
お母様は口元を引き締める。
ここにも何か政治的取引があるのでしょう。

「この冬には街に明かりと暖かさを充満させましょう」

レオン様が言うとお母様は頷いた。

「あ~あ、ソフィアの事、くれぐれも頼みますよ」

アド兄様、家族の意向に従いました。

つまり私はレオン様の庇護下で、私と家族が待望したオイルライターの開発をし、その責はレオン様が背負うことになるというの?

「いけません!」

私は立ち上がって反対する。
だが、お父様もお母様も、お兄様たちさえ、もうレオン様に責任を擦り付ける気でいます。
火を街に届けたいというのは我が家の願いなのに。
むしろフォレスト家はもっと政治的利用を考えるのではないの?

「大丈夫だよ、ソフィア嬢。本当に見返りがあるんだ」

レオン様は私を落ち着けるように、優しく笑いかけてくれました。

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