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1章
24. 箱の中身は火打石
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さて、お顔の熱も冷めてきた。
ガゼボのテーブルの上には、専属侍女のシャロンが持って来てくれた黒く薄汚れた木箱が置かれる。
私の部屋の片隅でずっと存在を主張していた木箱。
これを、いじってみたかったのです。
「これは倉庫から持ち出した箱だね?」
レオン様もガゼボに入り込んできました。
従者たちは外で待機がマナーです。
「何だかわかりますか?」
「いや、想像つかないな」
レオン様も知らないなんて。
私はわくわくしてしまいます。
きっと驚いてくれるわ。
その期待を胸に、私は木箱の蓋を開ける。
中には小さな木箱が10個入っていて、表の箱より派手に汚れている。
その一つを取り出そうとすると、レオン様が私の手を掴んだ。
「汚れるよ」
そう言って代わりに取り出してくれる。
「レオン様の手が汚れてしまったわ」
私が慌てるとレオン様は従者から濡れタオルを受け取った。
「俺は男だから気にしないでいいよ。ソフィア嬢は今日の夜会に備えてなるべく汚れちゃだめだよ。ああ、これは炭かな?」
にこにこと笑顔で手を拭くレオン様ですが、その真っ白い手が真っ黒に汚れるのは私も忍びない。
「シャロン、手袋を」
備えの良い侍女たちは大体何でも持っています。
手袋をはめて
「これなら大丈夫ですわね」
とレオン様に了承を取る。
そして、小さな箱の蓋を開けた。
木箱の中は間仕切りがあり、大小二つに分かれている。
大きな方には握り込めそうな大きさの石が5個。鋼の細長い小さな板が1つ。小さなナイフが1つ。そして麻ひもが丁寧に巻かれて入っている。
小さな方は真っ黒で何も入っていないが、これが木箱の汚れの原因だろう。
手袋の指先でついと撫でると、真っ黒になった。
やはり炭だ。
私は道具を取り出しテーブルに並べると考えた。
「多分、こうだわ」
麻ひもを取り出し、ナイフを当てる。こする。へろんへろんして思う通りにいきません。
「なに? 何がしたいの?」
レオン様が笑っています。
「麻ひもを毛羽立てて、フワフワが欲しいのです」
「了解」
レオン様は私の手からナイフと麻ひもを取ると、紐の端をブーツで踏みつけ、左手でピンと張り、右手でナイフを当てるとスライドさせた。
毛羽立ったフワフワの繊維がスライド範囲の両側に溜まってくる。
なるほど。そうやればいいのか。
さすが男子です。
「これでいいの?」
あっという間に麻ひもから細かい繊維となったフワフワを作り出しました。
「十分です。それをこの箱の黒い所に入れて下さい」
二つに分かれた小さい方にフワフワを詰め込んでくれる。
「いきますよ」
お向かいにいるレオン様を覗き込んで気合いを入れる。
「どうぞ」
手に着いた麻の繊維を払いながらにこにこと見守ってくれている。
私は石と鋼の歪な板を両手に持ち、箱の中のフワフワの上でカチン! と叩くように擦り合わせた。
が、何も起きません。
「なになに?」
レオン様が楽しそうです。
ビックリさせたいのに、私の非力さでは何事も思うようにいきません。
「こうやって、強く、こすり合わせるの、です!」
何度やっても何も起きません。
「ほらほら、貸して」
レオン様がまたも私の手から小さな道具を取り上げると、私の真似をしてカチン! と叩き合わせた。
すると。
「え!?」
レオン様が目を見開いて私を見ます。
「あ、見えました?」
私が聞き返すと、すぐにまたカチン! カチン! と何度か音を立てます。
そのたびに火花が生じる。
何回目かで火花が麻の繊維に移り、すうっと細い煙が上がった。
私はレオン様を手で制するとそこに顔を近づけてふー、ふー、と優しく何度も息を吹きかける。
次第に煙は少なくなり、代わりに麻のフワフワがパチパチと燃え始めました。
「これが火種です」
身体を起こしてレオン様をみると、ビックリ顔で固まっていました。
あれ?
周りを見回すと、従者たちも目を見張って一言も発しません。
直ぐに火種は消えてしまいました。
「えーっと、こうやって火打石で火種を作って、燃えやすいつけ木に火を移すのです・・・」
皆の反応が怖くなって、私は声が小さくなってしまいます。
何で皆怖い顔をしているの?
「ま、魔法ですか!?」
レオン様の従者が突然声を張り上げたので、私はビクッと身を竦めてしまった。
「違う」
レオン様の感情を押し殺した声がする。
「なればなぜ火が!?」
ざわっと従者たちが騒ぎ出す。
「落ち着け。ソフィア嬢が驚いている」
あくまで静かなレオン様の言葉に、従者たちも口を閉じた。
私は不安になってシャロンに助けを求めるが、シャロンも手を口に当てて驚きを堪えている様子だ。
やばい。私、何かしでかしたみたい。
道具を仕舞い、パタンと木箱を閉じる。
「えーっと、何も無かったことに」
「なりません!!」
私の声にかぶさるように、やっとシャロンの声が聞けました。が、怒っています。
「ご説明出来るのですね!? ならば旦那様をお呼びします! レオン様、皆さま、どうか他言無用でしばらくお待ちください!!」
シャロンは普段ののほほん侍女からきびきび侍女に様変わりして、駆け足で邸に戻っていきました。
「れ、レオン様。私、わけがわかりませんのですが」
呆れた目で見てくる従者たちから隠れるようにレオン様の陰に入り込みます。
レオン様は皆の視線から私を隠す位置に動いてくれます。
「ソフィア嬢。今、世界ではどうやって火を起こすか知ってる?」
こちらを見ずに優しく話しかけてくれます。
「魔道具です」
「そうだね。でも魔道具を動かす魔石が足りなくて、魔石に魔力を注ぐことが出来る魔力持ちを奪うために、世界では戦争すら起きている」
私はハッとする。
そうだ。我が国の話ではないが、魔力が足りない国は魔力持ちを戦争で奪い合っているのだ。
「その戦争の目的は、火、ですの?」
「確かに火だけが目的ではない。でも、魔力なしで火を起こせれば多くの争いは必要なくなるし、街に明かりが戻る。冬の温かさも戻る」
レオン様の言葉に私は怖くなる。
背中をぶるっと震わせると、レオン様が振り向いて優しく笑ってくれた。
それだけで、恐怖の寒気が和らぐ。
「ソフィア嬢は規格外だなぁ。俺は今、世紀の瞬間に立ち会ったわけだ」
にこにこ笑ってくれますが、しでかしてしまったことには変わりないようです。
邸の方角からざわざわと人が駆けつけてくる気配がしました。
ガゼボのテーブルの上には、専属侍女のシャロンが持って来てくれた黒く薄汚れた木箱が置かれる。
私の部屋の片隅でずっと存在を主張していた木箱。
これを、いじってみたかったのです。
「これは倉庫から持ち出した箱だね?」
レオン様もガゼボに入り込んできました。
従者たちは外で待機がマナーです。
「何だかわかりますか?」
「いや、想像つかないな」
レオン様も知らないなんて。
私はわくわくしてしまいます。
きっと驚いてくれるわ。
その期待を胸に、私は木箱の蓋を開ける。
中には小さな木箱が10個入っていて、表の箱より派手に汚れている。
その一つを取り出そうとすると、レオン様が私の手を掴んだ。
「汚れるよ」
そう言って代わりに取り出してくれる。
「レオン様の手が汚れてしまったわ」
私が慌てるとレオン様は従者から濡れタオルを受け取った。
「俺は男だから気にしないでいいよ。ソフィア嬢は今日の夜会に備えてなるべく汚れちゃだめだよ。ああ、これは炭かな?」
にこにこと笑顔で手を拭くレオン様ですが、その真っ白い手が真っ黒に汚れるのは私も忍びない。
「シャロン、手袋を」
備えの良い侍女たちは大体何でも持っています。
手袋をはめて
「これなら大丈夫ですわね」
とレオン様に了承を取る。
そして、小さな箱の蓋を開けた。
木箱の中は間仕切りがあり、大小二つに分かれている。
大きな方には握り込めそうな大きさの石が5個。鋼の細長い小さな板が1つ。小さなナイフが1つ。そして麻ひもが丁寧に巻かれて入っている。
小さな方は真っ黒で何も入っていないが、これが木箱の汚れの原因だろう。
手袋の指先でついと撫でると、真っ黒になった。
やはり炭だ。
私は道具を取り出しテーブルに並べると考えた。
「多分、こうだわ」
麻ひもを取り出し、ナイフを当てる。こする。へろんへろんして思う通りにいきません。
「なに? 何がしたいの?」
レオン様が笑っています。
「麻ひもを毛羽立てて、フワフワが欲しいのです」
「了解」
レオン様は私の手からナイフと麻ひもを取ると、紐の端をブーツで踏みつけ、左手でピンと張り、右手でナイフを当てるとスライドさせた。
毛羽立ったフワフワの繊維がスライド範囲の両側に溜まってくる。
なるほど。そうやればいいのか。
さすが男子です。
「これでいいの?」
あっという間に麻ひもから細かい繊維となったフワフワを作り出しました。
「十分です。それをこの箱の黒い所に入れて下さい」
二つに分かれた小さい方にフワフワを詰め込んでくれる。
「いきますよ」
お向かいにいるレオン様を覗き込んで気合いを入れる。
「どうぞ」
手に着いた麻の繊維を払いながらにこにこと見守ってくれている。
私は石と鋼の歪な板を両手に持ち、箱の中のフワフワの上でカチン! と叩くように擦り合わせた。
が、何も起きません。
「なになに?」
レオン様が楽しそうです。
ビックリさせたいのに、私の非力さでは何事も思うようにいきません。
「こうやって、強く、こすり合わせるの、です!」
何度やっても何も起きません。
「ほらほら、貸して」
レオン様がまたも私の手から小さな道具を取り上げると、私の真似をしてカチン! と叩き合わせた。
すると。
「え!?」
レオン様が目を見開いて私を見ます。
「あ、見えました?」
私が聞き返すと、すぐにまたカチン! カチン! と何度か音を立てます。
そのたびに火花が生じる。
何回目かで火花が麻の繊維に移り、すうっと細い煙が上がった。
私はレオン様を手で制するとそこに顔を近づけてふー、ふー、と優しく何度も息を吹きかける。
次第に煙は少なくなり、代わりに麻のフワフワがパチパチと燃え始めました。
「これが火種です」
身体を起こしてレオン様をみると、ビックリ顔で固まっていました。
あれ?
周りを見回すと、従者たちも目を見張って一言も発しません。
直ぐに火種は消えてしまいました。
「えーっと、こうやって火打石で火種を作って、燃えやすいつけ木に火を移すのです・・・」
皆の反応が怖くなって、私は声が小さくなってしまいます。
何で皆怖い顔をしているの?
「ま、魔法ですか!?」
レオン様の従者が突然声を張り上げたので、私はビクッと身を竦めてしまった。
「違う」
レオン様の感情を押し殺した声がする。
「なればなぜ火が!?」
ざわっと従者たちが騒ぎ出す。
「落ち着け。ソフィア嬢が驚いている」
あくまで静かなレオン様の言葉に、従者たちも口を閉じた。
私は不安になってシャロンに助けを求めるが、シャロンも手を口に当てて驚きを堪えている様子だ。
やばい。私、何かしでかしたみたい。
道具を仕舞い、パタンと木箱を閉じる。
「えーっと、何も無かったことに」
「なりません!!」
私の声にかぶさるように、やっとシャロンの声が聞けました。が、怒っています。
「ご説明出来るのですね!? ならば旦那様をお呼びします! レオン様、皆さま、どうか他言無用でしばらくお待ちください!!」
シャロンは普段ののほほん侍女からきびきび侍女に様変わりして、駆け足で邸に戻っていきました。
「れ、レオン様。私、わけがわかりませんのですが」
呆れた目で見てくる従者たちから隠れるようにレオン様の陰に入り込みます。
レオン様は皆の視線から私を隠す位置に動いてくれます。
「ソフィア嬢。今、世界ではどうやって火を起こすか知ってる?」
こちらを見ずに優しく話しかけてくれます。
「魔道具です」
「そうだね。でも魔道具を動かす魔石が足りなくて、魔石に魔力を注ぐことが出来る魔力持ちを奪うために、世界では戦争すら起きている」
私はハッとする。
そうだ。我が国の話ではないが、魔力が足りない国は魔力持ちを戦争で奪い合っているのだ。
「その戦争の目的は、火、ですの?」
「確かに火だけが目的ではない。でも、魔力なしで火を起こせれば多くの争いは必要なくなるし、街に明かりが戻る。冬の温かさも戻る」
レオン様の言葉に私は怖くなる。
背中をぶるっと震わせると、レオン様が振り向いて優しく笑ってくれた。
それだけで、恐怖の寒気が和らぐ。
「ソフィア嬢は規格外だなぁ。俺は今、世紀の瞬間に立ち会ったわけだ」
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