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1章
15.5 sideレオン ~婚約の条件~
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遊学など、恵まれた男が各地を遊び歩くための体のいい言葉だと思っていた。
先人たちも結婚前の遊び歩きは見聞を広げるなどと言っているが、なんの見聞だか。
つまりは若いうちに女性と遊んでおけということか、と理解していた。
だが、シルエット家に滞在し1日生活を共にするだけでなんと学びの多いことか!
生活の全ての流れが、この家が永く栄えた礎に思える。
伯爵家族は勤勉で、能動的。
忌憚なく意見を出し合い、年齢や経験に関係なく認め合う。
問題に対してすぐに解決に動き、わからないことは行動してみる。
領政に専念するだけでなく、貴族としての高貴さも失わない努力をしている。
毎日の晩餐などは、王家くらいしか行わないものだ。
財力がなせる技でもあるが、何より皆、家では怠けたいもの。
家での食事くらいは他者を気にせず寛いで済ませたいと思っている。
だが、シルエット家はそれを許さない。
夕食時こそ鍛練の時といわんばかりの晩餐だった。
毎日これをこなしていれば、確かにそうそう隙は生まれない。
従者も使用人も当たり前のように一流の対応を見せる。
むしろそれが当たり前で、働くことも、貴族の体裁を整えることも、意図せずやってのけてしまえるのだろう。
シルエット家、500年の歴史が生み出した習慣。だからこその名家。
これは、この家に嫁いできた夫人はさぞ苦労しただろうな。
夜も更け始める時間になってもシャンとした背筋を崩さない夫人を思わず眺めてしまった。
「我が家は、ソフィアはいかがでした?」
可愛いソフィアは一足先に部屋へ引き上げた。
部屋へ戻る前には疲れもピークに差し掛かったようで、目がとろんとして、目尻が赤みを増し、可愛さが倍増していた。
髪の毛より少し濃い金の睫毛が頬に影を落とし、まるで人形のように美しかった。
部屋まで送ってあげたかったが、他者への緊張を長引かせるのは可愛そうになってアレクに任せた。
ソフィアが退出すると
「俺も寝るー」
とアドライトも部屋を出る。
それからの夫人の問いである。
「可愛いですね」
と素直に答える。
「可愛いし、愛おしい。ずっと眺めていたくなるし、何かあれば手を貸したくなる。完全に一目惚れですよ」
婚約を申し込みたいという俺の意向は、父から既に伝わっているはずだ。
隠しても意味がない。
むしろこの遊学自体、父親同士がそれを意図して計画されたものなのだろうと理解している。
あとは、ソフィアの気持ち次第だ。
いや、俺が如何に彼女の気持ちを捕らえるか、か。
気付いたら探していた『誰か』。
それがソフィアだともう確信している。
魂が魅了されるこの感覚を、どう伝えたらいいのか。
彼女はまだ幼くて、こんな恋情は理解できないだろう。
俺が考え込んでしまったので伯爵夫妻は顔を見合わせると、意を決するように身を正して話しかけてきた。
「レオン。来月のパーティーにファルコが来れば正式に婚約の打診があるだろう。私たちは受け入れるつもりだ。急になるがパーティーではソフィアにフォレスト候の後ろ盾があることを周知させたい。それがあの子を守ることになる」
静かな辺境伯の口調に俺も身を正した。
容姿も頭脳も、そして多分魔力も、規格外の少女だ。披露すればあらゆる角度から狙われることになるだろう。
「ありがとうございます。その役目、心して引き受けます」
ひたと辺境伯のそしてその夫人の目を見て答えた。
しかし夫人が目を逸らす。
「なんでしょう?」
話しの流れ的におかしい。
まさか夫人はソフィアと俺の婚約に反対なのか?
「私はあらゆる思惑からソフィアを守ることができますよ」
念を押す。
が、夫人はいたたまれない様子で辺境伯の手を握った。
「ごめんなさい。どうしても、これだけはどうしても譲れないの」
「いい加減諦めてくれ。ダニエラ」
なだめるように辺境伯は夫人の背をなでるが、夫人はきりっと俺を見据えて言った。
「ソフィアのためよ」
「エリー!!」
伯が止めるも夫人の発言は続く。
「婚約には条件があります」
はい。なんでしょうか?
婚約に条件があるのは当然だ。
貴族間の婚約など、むしろそのために結ばれることが大半なのだ。
「なんでもどうぞ」
俺は自信満々に答えた。
何故なら、自分がかなりの優良物件であることを自負しているからだ。
血筋、容姿、頭脳、魔力については申し分ないはず。
人格も、まあ、悪くはないだろう。
しかも王の甥、次男坊。つまり生活に困ることはなく自由度が高い。
来る秋の入学までに婚約に至りたいとの申し出も多数ある。
入学してしまえば多くの出会いがあり、それこそ好いた相手が出来る可能性があるわけで、それまでに条件に見合った婚約者を捕まえる事が最近の時世である。
そんな引く手数多の中、今まで出会ったどんな令嬢にも靡かなかったのはひとえに自分のわがままのせいだ。
そしてフォレスト家が俺の婚約を強引に進めなかったのは、シルエット家のご令嬢との可能性を見出していたからだろう。
条件など、いくらでも出して頂いて結構です。
先を促すと夫人は言った。
「ソフィアがあなたに恋をしたなら、結婚を認めます!」
「エリー・・・」
辺境伯が参ったとばかりにおでこに手を当てて上を向く。
夫人は酔いなどすっかり醒めた様子で真剣に俺を見据えた。
「恋愛結婚が条件です!!」
先人たちも結婚前の遊び歩きは見聞を広げるなどと言っているが、なんの見聞だか。
つまりは若いうちに女性と遊んでおけということか、と理解していた。
だが、シルエット家に滞在し1日生活を共にするだけでなんと学びの多いことか!
生活の全ての流れが、この家が永く栄えた礎に思える。
伯爵家族は勤勉で、能動的。
忌憚なく意見を出し合い、年齢や経験に関係なく認め合う。
問題に対してすぐに解決に動き、わからないことは行動してみる。
領政に専念するだけでなく、貴族としての高貴さも失わない努力をしている。
毎日の晩餐などは、王家くらいしか行わないものだ。
財力がなせる技でもあるが、何より皆、家では怠けたいもの。
家での食事くらいは他者を気にせず寛いで済ませたいと思っている。
だが、シルエット家はそれを許さない。
夕食時こそ鍛練の時といわんばかりの晩餐だった。
毎日これをこなしていれば、確かにそうそう隙は生まれない。
従者も使用人も当たり前のように一流の対応を見せる。
むしろそれが当たり前で、働くことも、貴族の体裁を整えることも、意図せずやってのけてしまえるのだろう。
シルエット家、500年の歴史が生み出した習慣。だからこその名家。
これは、この家に嫁いできた夫人はさぞ苦労しただろうな。
夜も更け始める時間になってもシャンとした背筋を崩さない夫人を思わず眺めてしまった。
「我が家は、ソフィアはいかがでした?」
可愛いソフィアは一足先に部屋へ引き上げた。
部屋へ戻る前には疲れもピークに差し掛かったようで、目がとろんとして、目尻が赤みを増し、可愛さが倍増していた。
髪の毛より少し濃い金の睫毛が頬に影を落とし、まるで人形のように美しかった。
部屋まで送ってあげたかったが、他者への緊張を長引かせるのは可愛そうになってアレクに任せた。
ソフィアが退出すると
「俺も寝るー」
とアドライトも部屋を出る。
それからの夫人の問いである。
「可愛いですね」
と素直に答える。
「可愛いし、愛おしい。ずっと眺めていたくなるし、何かあれば手を貸したくなる。完全に一目惚れですよ」
婚約を申し込みたいという俺の意向は、父から既に伝わっているはずだ。
隠しても意味がない。
むしろこの遊学自体、父親同士がそれを意図して計画されたものなのだろうと理解している。
あとは、ソフィアの気持ち次第だ。
いや、俺が如何に彼女の気持ちを捕らえるか、か。
気付いたら探していた『誰か』。
それがソフィアだともう確信している。
魂が魅了されるこの感覚を、どう伝えたらいいのか。
彼女はまだ幼くて、こんな恋情は理解できないだろう。
俺が考え込んでしまったので伯爵夫妻は顔を見合わせると、意を決するように身を正して話しかけてきた。
「レオン。来月のパーティーにファルコが来れば正式に婚約の打診があるだろう。私たちは受け入れるつもりだ。急になるがパーティーではソフィアにフォレスト候の後ろ盾があることを周知させたい。それがあの子を守ることになる」
静かな辺境伯の口調に俺も身を正した。
容姿も頭脳も、そして多分魔力も、規格外の少女だ。披露すればあらゆる角度から狙われることになるだろう。
「ありがとうございます。その役目、心して引き受けます」
ひたと辺境伯のそしてその夫人の目を見て答えた。
しかし夫人が目を逸らす。
「なんでしょう?」
話しの流れ的におかしい。
まさか夫人はソフィアと俺の婚約に反対なのか?
「私はあらゆる思惑からソフィアを守ることができますよ」
念を押す。
が、夫人はいたたまれない様子で辺境伯の手を握った。
「ごめんなさい。どうしても、これだけはどうしても譲れないの」
「いい加減諦めてくれ。ダニエラ」
なだめるように辺境伯は夫人の背をなでるが、夫人はきりっと俺を見据えて言った。
「ソフィアのためよ」
「エリー!!」
伯が止めるも夫人の発言は続く。
「婚約には条件があります」
はい。なんでしょうか?
婚約に条件があるのは当然だ。
貴族間の婚約など、むしろそのために結ばれることが大半なのだ。
「なんでもどうぞ」
俺は自信満々に答えた。
何故なら、自分がかなりの優良物件であることを自負しているからだ。
血筋、容姿、頭脳、魔力については申し分ないはず。
人格も、まあ、悪くはないだろう。
しかも王の甥、次男坊。つまり生活に困ることはなく自由度が高い。
来る秋の入学までに婚約に至りたいとの申し出も多数ある。
入学してしまえば多くの出会いがあり、それこそ好いた相手が出来る可能性があるわけで、それまでに条件に見合った婚約者を捕まえる事が最近の時世である。
そんな引く手数多の中、今まで出会ったどんな令嬢にも靡かなかったのはひとえに自分のわがままのせいだ。
そしてフォレスト家が俺の婚約を強引に進めなかったのは、シルエット家のご令嬢との可能性を見出していたからだろう。
条件など、いくらでも出して頂いて結構です。
先を促すと夫人は言った。
「ソフィアがあなたに恋をしたなら、結婚を認めます!」
「エリー・・・」
辺境伯が参ったとばかりにおでこに手を当てて上を向く。
夫人は酔いなどすっかり醒めた様子で真剣に俺を見据えた。
「恋愛結婚が条件です!!」
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