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1章 

9.5 sideアドライト ~コイバナ~

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「早速王都邸と伝言するよ。急いだ方がいいからね。人工にんくは王都に帰ってしまう俺たちに任せてくれよ」

アレク兄様は席を立ち上がると、反射で一緒に立ち上がったソフィアに大股で近づき、ぎゅーっと包容してしばしの別れを惜しんでいる。
たった二つ年上とは思えないでかい男で、抱きつぶされたソフィアが見えない程だ。
相変わらずソフィアには挨拶をする暇を与えない早業で呆れる。

そしてなぜか俺の顔を見てから俺のこともぎゅーっと包容。なぜ?

隙さえあれば抱きついてくるんだ、この兄は。
図体はでかくなっても弟妹きょうだい好きの甘えた兄貴は、後ろ髪を引かれるような切れの悪さでティールームを出ていった。

「さて、じゃあ俺も父とやり取りしてくるよ。早い方がいいのは確かだからね」

今度はレオン様が立ち上がって、座れずにいたソフィアの手を取りその指にキスをする。

「!!!???」

俺とソフィア、二人でびっくりした。

「アドライト君もまた後ほど」

とヒラリと手を振って部屋を出て行く。
レオン様を見送った俺とソフィアは脱力したように椅子に座り込んだ。

「えーっと、レオン様も風魔法が使えるのかな?」

立ち去ったドアを眺めて些細な疑問を口にしてみる。
伝言は風魔法で行う。
魔力持ちの兄様の得意技で、魔力を補助する魔石なしでもやってしまえるのだが、レオン様も王家の血を引くからには相当な魔力を持っているのだろうな。

チラリとソフィアを見ると、表情を無くして美しい姿勢で座っていた。
微動だにしない。
これは相当なダメージを食らっているな。

「あー、大丈夫か? ソフィア」

「いえ、なんか、なんか! 大丈夫ではありません!」

みるみる表情が戻ったソフィアは両手で顔を覆って、そして今度は多分照れている。
人前でチューされたんだもんな、仕方ないよな。

大人びて落ち着きあるソフィアだけど、その博識に反比例して恋愛方面には全く免疫がない。
それはそうだ。シルエット邸の敷地から外に出たことが無いくらいの箱入り娘だもんな。
知識では恋愛面の対処は出来ないらしい。

俺も人のことは言えない。
まだ11歳の箱入り息子だ。
何のフォローも出来ない。



可愛い妹のソフィアのために、来月に迫った誕生パーティーの企画を手伝ってやることは何の苦でもなかった。
その企画が、俺では全体像が掴めない未知なものであっても苦ではなかった。
なかったのだが。
予定外の人物の登場で、俺は新たな心労を背負うことになってしまった。

予定外の人物とは、レオン・フォレスト様。
お父様の同僚で親友でもあるフォレスト侯爵の次男らしい。
今朝紹介されたばかりのこの男は、上から下まで彫像のように整った容姿で熱を感じない相貌をしているが、笑うと甘ったるく一気に雰囲気を和ませる。
その笑顔でずーっと、それこそずーっと、ソフィアに熱い視線を送っている。

ソフィアの突拍子もない意見にも動じず、むしろ応戦する様を見ると、多分こいつはソフィアと同類だ。生まれながらに得体の知れない才能に恵まれた1人なのだろう。

俺たち家族には、埋められないソフィアとの溝がある。
この溝は家族の仲を違うようなものではなかったが、簡単には超えられない。
俺も一時はソフィアのように頑張って文字を習い本を読み、様々なことに興味と理解を持とうとしたが、到底追い付かなかった。
いつだってソフィアは遥か先を見つめ、語る話は突飛で俺に理解できない内容ばかりだ。
その超越具合は、いずれ長じて、何らかの形でしかるべき所で重宝される存在になるだろうことは予想できた。

でもね。
しかるべきところのお方が、まさか今朝、家にいて一緒に朝食を食べるとは全く予想してなかったよ。
そして、そのお方がどうやら確実にソフィアをお気に召した様子で、それを周囲にはばかることもしない豪胆な方だとは先が思いやられる。

でも、そういう意味でお父様は彼を連れて来たのだろうし、お母様もアレク兄様も承知しているようだ。
俺にも一言あって良かったのに。
まあ、俺はソフィアと仲良しだからね。
知られたらバレると思われたんだろう。
つまり、ソフィアに内緒で只今お見合い真っ最中ってところか。
で、今、その報告をレオン様はフォレスト候にしているところなのだろう。
先程の様子では、事が進むのだろうな。



「なんなのだと思います? レオン様、ことあるごとにあの美しいお顔をキラキラさせて視線を送ってくるのです。なんかもう、なんかもう!」

こちらの心労などわかるはずもなく、ソフィアは頬っぺたを両手で押さえながら悶えている。
珍しい。
これは、年の近い俺にだけ見せるソフィアの本来の姿だ。
端からは澄ましたご令嬢に見えるだろうが、こんな風にかわいい部分もたくさんあるのだ。

「嫌なの?」

好きなのか?とは聞く勇気がなく逆を問う。

「嫌、では、ありません」

ソフィアは切れ悪く呟いた。
だろうね。見惚れてたもんね。
嫌ではないなら、もう仕方ないんだよ。

「でも、どうしたらいいのか、あまり見つめられると困ります」

「ふふふ、かわいいね、ソフィア。嫌じゃないなら頑張って」

「そんなぁ」

ソフィアはまたしても両手で顔を覆った。
その指のすき間から俺に視線を向けてくる。

「アド兄様ならどうします?」

「どうって?」

「素敵な女性から微笑まれたら、です」

やっと顔から手を離すと今度は両手をグーにしてテーブルをたたく振りをする。
実際ドコドコと叩きたいのだろう。

「ありがたいなと思う」

俺はしれっと言う。
俺に聞いてどうするよ。俺だって箱入りお坊ちゃんなんだから。

「それだけです? ドキドキしたり、同じように笑顔を返したくても上手く笑えなかったりしませんの?」

「そんな経験無いもん。今日一日でソフィアは俺より恋愛経験値が上がっちゃったね」

「恋愛って、そんなんじゃありません。レオン様のお顔がお綺麗過ぎるだけです」

つまり、好みの顔なんだね、とは突っ込まないで置こう。
これ以上の恋愛相談は荷が重すぎる。

「慣れだよ、慣れ。俺に微笑まれても何とも思わないだろ?」

俺はソフィアに顔をグッと近付けてにっこり笑ってやった。

「・・・美少女ですわ」

「また、それ言う。そうじゃなくて。
俺が笑いかけると大概皆ドギマギするみたいだよ。ジェレミー!」

俺はドア近くに控える専属従者のジェレミーを呼ぶ。
話の流れから渋々と寄ってくるジェレミー。

立ち上がった俺はぶら下がるようにジェレミーの肩に両手を回すと、にっこりこのイケおじの目を見て微笑んでやった。
ジェレミーも仕方なく俺の体を固定するしかない。必然的に抱き合ってしまう。

が、ジェレミーは無表情で

「ご用件は?」

と問いかけてくる。

「これだよ、これ。慣れ!」

ジェレミーの肩から腕をほどくと、シッシッと手を振りこいつのお役目は終了。これ幸いと素早く元の位置に戻っていくジェレミー。

「災難ですわね」

ソフィアがジェレミーに同情の視線を送る。

「慣れればなんともなくなるんじゃない?」

雑な俺の提案にソフィアは

「慣れるのにどれだけお時間かかりました?」

など、ジェレミーに問いかけている。
ドキドキは恋の始まりか、ただの憧れか。
恋愛未経験の俺にはわかりもしない。
レオン様もこんな初心なソフィアを果たしてどうやって恋仲に持っていくつもりだろう?
お手並み拝見ってところか。
けれど、俺はいつでもソフィアの味方だからね。
どう転んでも、相手が誰であろうと、ソフィアが幸せであればそれでいい。
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