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1章 

3. 出会い

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「今日はいいお天気ですよ。」

遠慮なくベッドカーテンを開けるのは専属侍女のシャロン。

そのカーテンできれいなドレープを作って、天蓋の柱に豪奢な紐を使って結びつけていく。
うん。
流石です。
美しい。
芸術的。
同じように窓のカーテンにも厳かにドレープが作られている。
仕事が早いです。

「お飲み物は何になさいますか?」

ドアの前に控えていたメイドのセイセイが尋ねてくる。

「果実水、春のお茶各種、・・・果実水ですね。木苺、オレンジ、林檎・・・林檎の果実水ですね。ご用意しますのでお待ちください。」

寝起きの悪い私が声を出せず目だけで返事をするのに対し、正確に要望をくみ取るセイセイも流石です。
プロです。

「あ! お父様とアレク兄様は帰って来てらっしゃる?」

私はぴょんとベッドから飛び降りると、足早に衣裳部屋へと向かった。
普段は遠い王都にいるお父様とお兄様が昨晩帰宅しているはずである。
待っていたかったが、良く寝がちな私はいつもの就寝時間が来るとすっかり寝てしまったのだ。
思い出して一気に目が覚めた。

「まあ、まあ、まあ、まあ! 所作が雑になっておりますよ」

シャロンは壊れたかのように「まあ!」を繰り返し、私のお転婆を窘めながら衣装部屋のドアを開けてくれる。

ずらり並ぶ衣装の中からベビーピンクのデイドレスを選ぶ。
普段着用とはいっても生地も仕立ても上等なので、伯爵令嬢として見劣りしないものである。

「旦那様もアレクサンドライト様も、昨晩遅くにご帰宅ですよ」

シャロンは私が選んだドレスに合う靴や髪飾りなどの装飾品を手早く選んでいく。

ピンクに茶色を合わせた素敵な色合い。
私の好みも取り入れた素敵なコーディネイトです。

「昨晩遅くという事はお疲れかしら? 朝食はご一緒できる?」

「お二人とも三日間の移動で身体がなまったと言って朝の鍛錬をしておりましたよ。お食事もご一緒できるでしょう」

そう教えてくれるシャロンを待ちきれずドレッサーの前で自ら髪をとかす。
鏡の中にはプラチナブロンドの髪と青い瞳の見慣れた自分がいる。
背中まで伸びた髪は少しウェーブしている。
柔らかく絡まりやすいのだが、急ぎたいので引っかかりを気にせずとかしてしまう
と慌てたシャロンに櫛を取り上げられた。
タイミングよくセイセイが果実水の入ったグラスを差し出すので、思わず受け取ってしまう。
そうなると結局はいつもの通り侍女たちに身支度を任せる事になる。
なんの時短にもなりませんでした。

「はやく旦那様とアレクサンドライト様にお会いしたいのはわかりますが、三ヶ月振りですよ。お綺麗になさらないと」

まあね。久しぶりにお会いするお父様とお兄様に綺麗な自分を見てもらいたい気持ちもあります。
仕方なしに侍女のなすがままにさせていると、いつもより3割増しで豪華な仕上がりとなりました。
どんな手腕か、キラキラ輝いて見えるので流石です。

「お可愛らしいです・・・」

セイセイがうっとりと呟く。

「いいです! とても可憐です!」

「今日みたいな特別な日は腕が鳴るというものです」

シャロンをはじめとする侍女たちも、満足顔そうに私を眺めています。

「ありがとう。先に行くわ」

このままべた褒め大会になるのはいつものことなので、逃げ出すように1人で食堂に向かった。





シルエット伯爵邸本館は広い。

自室だけでも前室、リビング、寝室、衣装部屋、浴室があり、隣には従者部屋がある。

家族の個室が集まった2階を横切るだけでそれなりの歩数がかかるのだから、急ぎたい時は優雅、に見えるように努力した小走りだ。

王都で王宮勤めのお父様、エドガーライト・シルエット辺境伯と、秋からの王立学園への入学を控え1年早く王都へ行ってしまったシルエット家の跡取りである長男アレクサンドライトが、3か月ぶりに帰郷したのだ。

伯爵令嬢としてなってないのかもしれないが、はやる心が私を足早にさせる。
早くお2人の顔が見たい一心だ。

トトトと小さな音をさせて階段を降りると、ロビーの、今の時期は使われていない暖炉の前に人影があった。

アレク兄様かしら?

私は嬉しくなった。

しかし、暖炉の上に飾られた家族絵を見ていたのは、背の高い細身の少年で・・・アレク兄様ではなかった。



ふんわりと銀髪を揺らして振り返ったその少年は黒一色の衣装に白い肌が映え、凛々しい目元がなければ少女と見紛うばかりの美しい面立ちをしていた。

深いシルバーアイが私を見つめる。

思わず私も彼を見返してしまう。

沈黙の中、どこからか漂う花の香り。

どなた?とも聞けずに立ち尽くしていると彼は柔らかく笑い、私の手を取ると片膝をついてその甲にキスをした。

「おはようございます。私はレオン・フォレスト。フォレスト侯爵家が次男にあたります。以後末永くお付き合い賜りますよう」

子供相手らしからぬ最上級の挨拶に心臓が跳ね上がる。
それも相手はお名前からして格上の貴族だ。
優雅で丁寧な挨拶を頂き、私は先程階段を駆け下り出来たことを後悔する。
そんな挙動不審に陥りそうな私を、まるで僥倖に会ったかのような笑顔で下からにこにこと見つめてくる。
そのお顔の、姿の美しいこと。
彼の温かい気配がそのお姿から光り輝くように湧き出して見える。

どれくらいそうしていただろう。
侯爵様に膝をつかせたままではいけない。
我に返った私が挨拶を返そうとすると。

「早速口説くな、レオン」

と、私が使った階段とは反対側の階段から、アレクサンドライト兄様がブロンドの髪を揺らしながら駆け下りてきた。

お兄様は無礼にもレオン様に取られていた私の手を奪い返すと、覆いかぶさるようにがしっと抱きしめてくる。

「ソフィア! おはよう! 3ヶ月振りだね。
ちょっと見ない間にまた可愛くなっちゃってどうするの?
どこまで可愛くなっちゃうの?」

と私を褒めまくります。

私は家族や周囲からなぜだか溺愛されている自覚があるので慣れっこですが、レオン様の前でこれはいいのでしょうか?

強引に手を払われたレオン様ですが、気を悪くした様子もなく立ち上がり、にこにこ笑顔で私たちを眺めています。

「お帰りなさいませ、アレク兄様。 あの、この方は?」

いつも練習している淑女のご挨拶を披露したかったのですが、抱きつかれた状態ではどうにもならず諦めて、レオン様との関係を尋ねる。

「ああ、こちらはレオン・フォレスト侯爵ご令息。俺と同い年。王都のパーティーで知り合ったんだ。
気が合ってね。今回ブレスに帰郷するついでに遊学として招待したんだが、ソフィアに手を出すなら絶交だ」

お兄様、最後物騒になりましたね。

レオン・フォレスト様。アレク兄様と同い年という事は13歳か14歳。
お兄様より背が高い。細く見えるけど美しい姿勢。
アレク兄様の男っぽいハンサムなお顔と違って、なんとも性別を感じさせない美貌。

美形揃いのシルエット家に生まれて美形には慣れているのだが、我が家のキリリとした男性陣とは違った印象を残す美しい面差しだ。笑うと凛々しい目元が丸みを帯びて温かさが溢れ出る。

私の好みなのかもしれない。
目が合う度に胸に何かがこみ上げる。
これはいわゆる『ときめき』なのではないかしら?

「はじめまして。ソフィア・シルエットです」

私は毎日練習しているカテーシーを、お兄様ではなくレオン様に披露した。
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