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番外編
騎士団寮へのお誘い
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ニーシャをお姫様だっこしたままノアールはニーシャの家に向かった。道中不審者の気配を探ったが、どうやら今回は諦めたらしい。
「もう大丈夫です、ありがとうございました」
家の前でニーシャをゆっくりと地面におろすと、ニーシャはふうっと大きく息を吐く。
「悪い、そんなに嫌だったか?」
ニーシャの様子に思わずノアールが尋ねると、ニーシャは慌てて両手をふった。
「違います、そうじゃなくてですね、あんな状態になることなんてめったにないから緊張してしまって」
「まあ、そうか。そうだよな、すまない」
「いえ、もとはと言えば私のせいですし」
気にしないで下さい、と言いながらニーシャは自分の家のドアに鍵を差し込み回す。ちゃんと回って鍵が開いたことにニーシャはほうっと安堵した。ノアールがそんなニーシャを不思議そうに見ると、ニーシャは苦笑いをする。
「ありえないってわかってはいるんですけど、もしも鍵が勝手にあいていたらどうしようって、勝手に悪い想像をしてしまって、なんだか怖くって」
ニーシャの言葉にノアールが渋い顔をする。ノアールが思っているよりもニーシャが抱える不安は深刻そうだった。
「本当にありがとうございました。おかげで無事に帰ってこれました」
ぺこり、とお辞儀をする今のニーシャは、小さい体がいつも以上に小さく感じられる。ノアールは顎に手を添えて何か考えていたが、ニーシャを見て口を開いた。
「なあ、騎士団寮に来ないか?」
「……は?」
ノアールの突然の提案に、ニーシャはきょとんとしてノアールを見つめている。
「ここにいてもまたいつ不審者が現れて家に侵入されるかわかんないだろ。帰り道だって何が起こるかわからないし。俺んとこの騎士団寮に来れば騎士だらけで安心だし、帰りもいつだって俺が送ってやれるだろ。いや、それよりも犯人が捕まるまでは騎士団寮内で出来る仕事をすればいい。親方には俺が掛け合ってやるよ」
「い、いやいやいや、何を言って」
「うん、そうだな、それが安全だ。そうしよう」
「いや、ちょっと待って、落ち着いてください!」
あまりの急展開にニーシャがついていけなくなると、ノアールが真剣な顔でニーシャを見つめた。
「いいか、あんたは騎士団にとっても俺にとってもなくてはならない存在なんだよ。あんたの身にもしものことがあったら俺たちは困る。鍛冶屋の親方だって困るだろ。それに何より心配なんだよ。こんな小さくて華奢な女の子、独りぼっちにさせるなんて俺の良心が許さない」
「いや、お気持ちは本当にありがたいですけど、私、そんな女の子って言われるほど幼くないですよ。ノアールさんと年齢は大して変わらないですし。たしかノアールさんの一つ下です」
「……はあ?」
「すみませんね、見た目が幼くて!」
目を見開いて驚くノアールに、ニーシャはムッとした顔で抗議する。
(この見た目で俺の一個下?嘘だろ?状況が状況だったし、まだ成人したばかりかそれよりも下かと思って簡単に抱きかかえてたけど)
まさか同年代だったとは。確かに幼い見た目の割にしっかりしているし、鍛冶屋としての腕前が見事すぎるとは思っていた。だが、そんなまさかと思うほど、ニーシャの見た目は若かった。
さっきまでの光景を思い出して、ノアールは思わず口元を手で隠す。
「わ、悪い、まじで」
「……別にいいですけど、言われなれてるので。そんなことより、騎士団寮にお邪魔するなんて迷惑になってしまうので行けません」
「いや、迷惑じゃないだろ。むしろ鍛冶屋の人間が来るなら歓迎されるんじゃないか。部屋だってたしか余ってたし。寮母も女性が来るのは嬉しいと思う。遠慮すんなよ」
ノアールの言葉にニーシャはうーんと腕を組んで考え込む。本当にいいんだろうかとひとしきり悩んで、ニーシャは一瞬口をすぼめてからノアールを見た。
「わかりました、お邪魔でないのであれば、騎士団寮に避難させてください」
「おう」
ニーシャが騎士団寮に来る決意をしたことでノアールは心が弾み、そしてなぜかそのことを不思議に思った。
(……なんでこんなに嬉しいんだ?喜んでる場合じゃないだろ、ニーシャが危ない目に合わないようにすることが目的なんだから)
自分の心の中に広がる不思議な感覚に、ノアールはあえて気づかないようにした。
◇
「荷物はこれだけか?」
「とりあえずこれだけあればなんとかなるかと」
「もし必要なものがあるようだったら、また一緒に来てやるよ」
騎士団寮に行くことが決まり、ニーシャは慌てて荷物をまとめた。犯人が捕まるまでとはいえどのくらいの不在になるかわからない。ニーシャは家の中をくまなく点検して回った。
「この家は長いのか?」
「そうですね、親方に弟子入りするために地元から出てきて以来ずっとここに住んでます。安かったんですよ。店からは近くはないですけど歩いていけない距離じゃないし、そこまで古くないし。設備もちゃんと整っていて私にとっては大切で、くつろげる場所だったんです」
それが、今は帰って来るのにも怯え、家にいてもくつろげない。そんなニーシャのことを思うと、ノアールは犯人への苛立ちがより一層強くなる。
「早く捕まるようにこの周辺の警戒を強めるように団長に言っておく」
「ありがとうございます」
ふわっと優しく微笑むニーシャの笑顔を見て、ノアールはなぜか胸の奥が押しつぶされるような感覚になったが、また気づかないふりをした。
◇
「ニーシャさんを、うちの寮に?」
ニーシャを連れたノアールにことの次第を説明されて、寮母のレティシアは一瞬驚いたがすぐに真剣な顔でニーシャを見る。
「もちろん構いません。安心して家に帰れるようになるまでいくらでもいてくださって構いませんよ!部屋も何個か空いてるので好きな部屋に泊ってください。いいですよね、アスール団長」
「ああ、寮母のレティシアがいいのなら構わない」
「ほらな、うちの寮母は歓迎するって言っただろ」
レティシアとアスール、そしてノアールの様子に、ニーシャは苦笑した。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
そう言って、ニーシャは深々とお辞儀をした。
◇
「お前が、成り行きとは言え誰かの事情に首をつっこむなんて珍しいな」
夜遅く、いつものようにノアールが持参した酒を飲みながら団長のアスールは静かにノアールを見る。他人には興味がない、特に女性には全く目もくれないあのノアールが珍しく女性を助け、気にかけている。長年一緒にいるアスールとしては、とても興味深いことだった。
「まあ、状況が状況だからな。実際に目の当りにしたら助けずにはいられないだろ」
酒の入ったグラスを傾け、琥珀色の透明な液体を光にかざしてノアールは静かにそう言う。
「お前もようやく女性にまた興味を持ち始めたのかと思ったんだけどな」
「やめてくれよ。今回のはそんなんじゃない」
そう言って、ノアールはグラスの中身を一気に喉へ流し込んだ。
「まだ吹っ切れてないのか」
アスールの言葉に、ノアールは目を細めてアスールを睨みつける。
「そんなわけないだろ。とっくの昔に吹っ切れてるさ」
自分が昔好きだった女の妹への長年の片思いを拗らせ、ようやく婚約した目の前の男をうらめしそうに見ると、ノアールは空いたグラスにまた酒を注いだ。
「だったらそろそろいいんじゃないのか。誰かをまた好きになっても」
「好き、ねぇ。そんな気持ちどこかに置いてきたさ。それがどんな気持ちだったかももう覚えちゃいねぇよ」
ノアールの答えにアスールは静かにため息をついた。ノアールが若い頃に長いこと片思いをしていた女性はレティシアの姉であり、他の騎士団寮の寮母をしている。ノアールが気持ちを伝えることもないまま、ノアールの思い人は他の男と結婚してしまった。
ノアールは最後の最後まで気持ちを伝えようとはしなかった。月日が流れ過去となった今でも、それは変わらない。
(あのノアールが女性に興味を持って助けるなんてこと、今までなかったことだから、もしかしたらとは思ったんだが)
どうやら一筋縄ではいかないらしい。きっと、好きという気持ちがどんな気持ちだったかなんて忘れたという言葉に嘘はないのだろう。もしかすると、気づかないふりをしているのかもしれない。
(今回のことで何かしらのきっかけになればいいのだけどな)
アスールはノアールを見つめながらグラスに口をつけた。
「もう大丈夫です、ありがとうございました」
家の前でニーシャをゆっくりと地面におろすと、ニーシャはふうっと大きく息を吐く。
「悪い、そんなに嫌だったか?」
ニーシャの様子に思わずノアールが尋ねると、ニーシャは慌てて両手をふった。
「違います、そうじゃなくてですね、あんな状態になることなんてめったにないから緊張してしまって」
「まあ、そうか。そうだよな、すまない」
「いえ、もとはと言えば私のせいですし」
気にしないで下さい、と言いながらニーシャは自分の家のドアに鍵を差し込み回す。ちゃんと回って鍵が開いたことにニーシャはほうっと安堵した。ノアールがそんなニーシャを不思議そうに見ると、ニーシャは苦笑いをする。
「ありえないってわかってはいるんですけど、もしも鍵が勝手にあいていたらどうしようって、勝手に悪い想像をしてしまって、なんだか怖くって」
ニーシャの言葉にノアールが渋い顔をする。ノアールが思っているよりもニーシャが抱える不安は深刻そうだった。
「本当にありがとうございました。おかげで無事に帰ってこれました」
ぺこり、とお辞儀をする今のニーシャは、小さい体がいつも以上に小さく感じられる。ノアールは顎に手を添えて何か考えていたが、ニーシャを見て口を開いた。
「なあ、騎士団寮に来ないか?」
「……は?」
ノアールの突然の提案に、ニーシャはきょとんとしてノアールを見つめている。
「ここにいてもまたいつ不審者が現れて家に侵入されるかわかんないだろ。帰り道だって何が起こるかわからないし。俺んとこの騎士団寮に来れば騎士だらけで安心だし、帰りもいつだって俺が送ってやれるだろ。いや、それよりも犯人が捕まるまでは騎士団寮内で出来る仕事をすればいい。親方には俺が掛け合ってやるよ」
「い、いやいやいや、何を言って」
「うん、そうだな、それが安全だ。そうしよう」
「いや、ちょっと待って、落ち着いてください!」
あまりの急展開にニーシャがついていけなくなると、ノアールが真剣な顔でニーシャを見つめた。
「いいか、あんたは騎士団にとっても俺にとってもなくてはならない存在なんだよ。あんたの身にもしものことがあったら俺たちは困る。鍛冶屋の親方だって困るだろ。それに何より心配なんだよ。こんな小さくて華奢な女の子、独りぼっちにさせるなんて俺の良心が許さない」
「いや、お気持ちは本当にありがたいですけど、私、そんな女の子って言われるほど幼くないですよ。ノアールさんと年齢は大して変わらないですし。たしかノアールさんの一つ下です」
「……はあ?」
「すみませんね、見た目が幼くて!」
目を見開いて驚くノアールに、ニーシャはムッとした顔で抗議する。
(この見た目で俺の一個下?嘘だろ?状況が状況だったし、まだ成人したばかりかそれよりも下かと思って簡単に抱きかかえてたけど)
まさか同年代だったとは。確かに幼い見た目の割にしっかりしているし、鍛冶屋としての腕前が見事すぎるとは思っていた。だが、そんなまさかと思うほど、ニーシャの見た目は若かった。
さっきまでの光景を思い出して、ノアールは思わず口元を手で隠す。
「わ、悪い、まじで」
「……別にいいですけど、言われなれてるので。そんなことより、騎士団寮にお邪魔するなんて迷惑になってしまうので行けません」
「いや、迷惑じゃないだろ。むしろ鍛冶屋の人間が来るなら歓迎されるんじゃないか。部屋だってたしか余ってたし。寮母も女性が来るのは嬉しいと思う。遠慮すんなよ」
ノアールの言葉にニーシャはうーんと腕を組んで考え込む。本当にいいんだろうかとひとしきり悩んで、ニーシャは一瞬口をすぼめてからノアールを見た。
「わかりました、お邪魔でないのであれば、騎士団寮に避難させてください」
「おう」
ニーシャが騎士団寮に来る決意をしたことでノアールは心が弾み、そしてなぜかそのことを不思議に思った。
(……なんでこんなに嬉しいんだ?喜んでる場合じゃないだろ、ニーシャが危ない目に合わないようにすることが目的なんだから)
自分の心の中に広がる不思議な感覚に、ノアールはあえて気づかないようにした。
◇
「荷物はこれだけか?」
「とりあえずこれだけあればなんとかなるかと」
「もし必要なものがあるようだったら、また一緒に来てやるよ」
騎士団寮に行くことが決まり、ニーシャは慌てて荷物をまとめた。犯人が捕まるまでとはいえどのくらいの不在になるかわからない。ニーシャは家の中をくまなく点検して回った。
「この家は長いのか?」
「そうですね、親方に弟子入りするために地元から出てきて以来ずっとここに住んでます。安かったんですよ。店からは近くはないですけど歩いていけない距離じゃないし、そこまで古くないし。設備もちゃんと整っていて私にとっては大切で、くつろげる場所だったんです」
それが、今は帰って来るのにも怯え、家にいてもくつろげない。そんなニーシャのことを思うと、ノアールは犯人への苛立ちがより一層強くなる。
「早く捕まるようにこの周辺の警戒を強めるように団長に言っておく」
「ありがとうございます」
ふわっと優しく微笑むニーシャの笑顔を見て、ノアールはなぜか胸の奥が押しつぶされるような感覚になったが、また気づかないふりをした。
◇
「ニーシャさんを、うちの寮に?」
ニーシャを連れたノアールにことの次第を説明されて、寮母のレティシアは一瞬驚いたがすぐに真剣な顔でニーシャを見る。
「もちろん構いません。安心して家に帰れるようになるまでいくらでもいてくださって構いませんよ!部屋も何個か空いてるので好きな部屋に泊ってください。いいですよね、アスール団長」
「ああ、寮母のレティシアがいいのなら構わない」
「ほらな、うちの寮母は歓迎するって言っただろ」
レティシアとアスール、そしてノアールの様子に、ニーシャは苦笑した。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」
そう言って、ニーシャは深々とお辞儀をした。
◇
「お前が、成り行きとは言え誰かの事情に首をつっこむなんて珍しいな」
夜遅く、いつものようにノアールが持参した酒を飲みながら団長のアスールは静かにノアールを見る。他人には興味がない、特に女性には全く目もくれないあのノアールが珍しく女性を助け、気にかけている。長年一緒にいるアスールとしては、とても興味深いことだった。
「まあ、状況が状況だからな。実際に目の当りにしたら助けずにはいられないだろ」
酒の入ったグラスを傾け、琥珀色の透明な液体を光にかざしてノアールは静かにそう言う。
「お前もようやく女性にまた興味を持ち始めたのかと思ったんだけどな」
「やめてくれよ。今回のはそんなんじゃない」
そう言って、ノアールはグラスの中身を一気に喉へ流し込んだ。
「まだ吹っ切れてないのか」
アスールの言葉に、ノアールは目を細めてアスールを睨みつける。
「そんなわけないだろ。とっくの昔に吹っ切れてるさ」
自分が昔好きだった女の妹への長年の片思いを拗らせ、ようやく婚約した目の前の男をうらめしそうに見ると、ノアールは空いたグラスにまた酒を注いだ。
「だったらそろそろいいんじゃないのか。誰かをまた好きになっても」
「好き、ねぇ。そんな気持ちどこかに置いてきたさ。それがどんな気持ちだったかももう覚えちゃいねぇよ」
ノアールの答えにアスールは静かにため息をついた。ノアールが若い頃に長いこと片思いをしていた女性はレティシアの姉であり、他の騎士団寮の寮母をしている。ノアールが気持ちを伝えることもないまま、ノアールの思い人は他の男と結婚してしまった。
ノアールは最後の最後まで気持ちを伝えようとはしなかった。月日が流れ過去となった今でも、それは変わらない。
(あのノアールが女性に興味を持って助けるなんてこと、今までなかったことだから、もしかしたらとは思ったんだが)
どうやら一筋縄ではいかないらしい。きっと、好きという気持ちがどんな気持ちだったかなんて忘れたという言葉に嘘はないのだろう。もしかすると、気づかないふりをしているのかもしれない。
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