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ヒロインとの挨拶

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「初めまして、メアリ・ラングレッドと申します」

 薄桃色の長い髪をふわりと靡かせてドレスの裾を掴み静かにお辞儀をするその令嬢を見て、やっぱりこれがあの小説の主人公なのだとエルレアは確信した。そっと横にいるイリウスの顔を見ると特に変わらぬ笑顔で挨拶を返している。婚約者としてエルレアのことも紹介しており、エルレアは流れのまま挨拶をする。

(イリウス様、メアリを見ても何も変わらない……どうしてかしら)

 小説ではメアリを見た瞬間にその可憐さに一目惚れをするのだ。イリウスがメアリと次にあう約束を取りつけるまでが社交パーティーでの出来事だが、そんな約束を交わすこともないままありきたりな会話をしてメアリとの挨拶は終了した。

(えっ、そんな、えっ)

 立ち去るメアリをエルレアは動揺しながら見つめる。そんなエルレアをイリウスは不思議そうな顔で眺めていた。

「エルレア?どうかした?」
「えっ、あの、その、えっと」

 チラチラとメアリの方を見るが、メアリはすでに違う御令息と笑顔で挨拶を交わしている。

「先程の御令嬢がどうかした?……それとも」

 ジッと目を細めてエルレアを見つめるイリウス。なんだろうか、少し不機嫌そうにも見える。

「俺以外の、他の御令息が気になるのかな」

 イリウスはエルレアに顔を近づけて耳元でそっと静かに言った。低く少し圧を感じるような声。驚いてイリウスを見るとその顔は少し寂しそうだ。どうやらメアリと話している御令息を見ていると勘違いしたようだ。

「ち、違います!イリウス様以外の男性には興味ありません」

 慌ててそう言ってから自分の発言に思わず赤面してしまう。そんなエルレアを見てイリウスは心底嬉しそうに微笑んだ。

「それならよかった。……挨拶も一通りすんだし、そろそろ帰ろうか」
「えっ、でもまだ始まったばかりなのでは?」

 メアリとの約束も取り付けていない。こんな早く帰るなんてとエルレアは慌てるがイリウスはエルレアの体にそっと手を添える。

「エルレアの体調も心配だからね。それにそんな可愛いこと言われたら早く二人きりになりたくなるだろう」

 イリウスの言葉にエルレアはボッと一気に顔を赤くした。



◇◆◇



(どうしよう、メアリとイリウス様の接点が無くなってしまったわ)

 帰りの馬車の中でエルレアは慌てていた。イリウスはメアリに一目惚れしていないようだし、次に会う約束もしていない。

「あの、イリウス様、メアリ様のことどう思われました?」
「メアリ……あぁ、ラングレット子爵家の御令嬢のこと?どうって?」
「えっと、すごく可愛いな、とか、一目惚れした、とか……」

 笑顔で言うエルレアの言葉にイリウスはどんどん顔を曇らせる。それもそのはず、婚約者に意気揚々と他の女を見て可愛いと思ったかとか一目惚れしたかとか言われたのだ。

「なんでそんなこと思うんだ。俺はエルレア一筋なんだけどな」

 イリウスは腕を組んで少し怒ったように窓の外を見ている。

(あぁぁごめんなさい!そうじゃないんです、だってイリウス様は……)

 自分ではなくメアリを好きになるはず。そう言えたならどんなに良かっただろう。でも言えるはずもなく、エルレアはうつむいてぎゅっとドレスの裾を握りしめた。
 そんな時、ふとイリウスが口を開く。

「それとも、俺があの御令嬢に一目惚れすれば、君はヤキモチを妬いてくれる?」

 馬車の窓枠に肘をかけ顎に手を添えてフッと寂しげにイリウスが言う。窓の外から漏れ入る月の光に照らされたその表情は美しくも儚く悲しげで、エルレアは胸がギュッと苦しくなった。

「そんな……そんなのはダメです!私が嫉妬していいはずないんです、だってイリウス様はメアリ様と……」

 思わずそう言いかけてエルレアはハッとし、口を両手で覆う。そんなエルレアを見てイリウスは目を見張り、眉間に皺を寄せてエルレアに顔を近づけた。

「俺が、あの御令嬢となんだって?君は一体何を考えているの?」

 イリウスにジッと見つめられその視線に耐えられない。だが馬車の中は密室だ。エルレアはうつむきイリウスの視線をなんとか避ける。

「……屋敷に着いても、君が言ってくれるまで僕は帰らないよ」

 イリウスの言葉にエルレアが顔を上げると、イリウスは寂しげに微笑んでいた。

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