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契約結婚の決まった没落令嬢は執事の執着した溺愛から逃れられない
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「私、結婚することになったの」
悲しそうな目でそう言う主人、令嬢ニーナの言葉を執事であるヴァンは唖然として聞いていた。だが、すぐに姿勢を正し、表情を直して祝辞を述べる。
「……おめでとうございます」
「めでたくなんてないわ。どんな人かもわからない、好きでもない人と急に結婚させられるんだもの」
ニーナの家は領地の経営が傾き、没落寸前だった。そんなニーナの両親にニーナを一方的に慕う令息が声をかけ、契約結婚に漕ぎ着けたのだ。令息の家はニーナの家柄よりも上で、結婚すれば没落を免れると吹き込んだのだった。
ゆるくウェーブかかった金色の髪を靡かせ、美しいアパタイトのような瞳にうっすら涙を溜めながらニーナは悲しげにヴァンへ微笑む。艶やかな黒髪にルビー色の瞳、端正な顔立ちのヴァンは黙っていても絵になるような男だ。いつもは変わることのない表情だが、ヴァンはその美しい顔を少しだけ歪めた。
「ねえヴァン、私の気持ち、わかっているでしょう?私、あなたのことが……」
「ニーナ様、それ以上は言ってはなりません。私は執事でありあなたは私の主人です」
ヴァンがそう言うと、ニーナはハラハラと涙を流した。
「わかってる、わかってるの。でも、私……私」
そう言ってヴァンに縋りつくニーナを、ヴァンはそっと優しく抱き締めるしかなかった。
◇
ニーナの結婚が決まり、いよいよ結婚式の前日となった夜遅く、パチパチ、と不思議な音でニーナは目が覚めた。
(何かしら?それに、なんだか焦げ臭いような……)
眠い目を擦りながら起き上がると、ドンドンドン!と扉を叩く音がする。
「ニーナ様!ニーナ様!失礼します!」
「ヴァン!?どうしたの」
ドアを勢いよく開けて部屋に入ってくるヴァンを、ニーナは驚いた顔で見つめる。ヴァンの顔は逼迫し蒼白で、額から汗を流していた。
「ニーナ様!屋敷が燃えています!それに表には領民が押しかけています。ここは危険です!逃げましょう!」
領地の経営が傾き、領民に圧迫をかけていたニーナの父親に我慢がならなくなった領民がニーナの屋敷へ押しかけてきたのだ。暴動を起こし、屋敷には火までかけられてしまう。
「そんな……!」
驚愕するニーナに、ヴァンは駆け寄りニーナの肩に大きなローブを羽織らせる。
「着替えている時間などありません、とにかくここから逃げます!私について来てください」
ヴァンに手を引かれ、ニーナは部屋を飛び出し屋敷内を走った。
ヴァンに連れられて屋敷の裏手に行くと、馬車が準備されていた。
「旦那、ご無事で」
「ああ、報酬はこれで足りるな」
「毎度。それじゃ、さっさと出発しますぜ」
ヴァンと馬車の近くにいた男の会話をニーナは不思議そうに眺めているが、すぐに馬車に乗り込むよう指示されてニーナは急いで馬車へ乗り込む。
馬車が走り出すと、少し離れた屋敷の表が見えた。屋敷はどんどん燃え上がり、両民たちが鎌や剣を持って大声を出している。
「ニーナ様、見てはいけません」
ニーナの視界を遮るように、隣に座っていたヴァンがそっとニーナの両目を手で覆った。
◇
「ヴァン、お父様とお母様は……?」
どれくらい走っているのだろうか。屋敷から随分と離れたであろう所で、ニーナはふと重要なことに気がつく。逃げることに精一杯で頭が全く回らなかったが、両親がいないのだ。
「それは……」
苦々しい顔をするヴァンを見て、ニーナは胸が押しつぶされそうになる。
「まさか」
「私が駆けつけたときには、すでにお二人は、領民の手で……」
ニーナは思わず両手で口元を覆う。そして、目に涙を浮かべてつぶやいた。
「そんな……」
ヴァンはニーナをそっと抱き寄せる。そして、ニーナの肩を優しくさすった。
「私がいながら申し訳ありません」
「っ、いいの、ヴァンのせいでは、ないのだから」
領民のことを考えず、私腹を肥やすことだけを考えていた両親だ、きっと罰が当たったのだ。それに、娘の気持ちも考えずただ領地を立て直す材料にしか思わないような両親で、そもそも幼少期からニーナは愛されていたという記憶がない。ずっとニーナに愛を向けてくれたのは、ヴァンだけだった。
ぎゅ、とニーナはヴァンに抱きつく。ヴァンは少し驚くが、少し表情を和らげるとニーナを静かに抱きしめ返した。
「ニーナ様のことはどんなことがあってもお守りします。それに……」
「それに?」
少し言い淀むヴァンを、腕の中でニーナは見上げて首を傾げる。
「私は……俺は、ニーナ様のことをずっと慕っていました。本当は、あなたを幸せにするのは俺だと思いたかった。でも、あなたに仕える執事なので、ずっとその思いは奥底にしまっていたんです」
ヴァンの言葉にニーナは目を輝かせどんどん頬を赤らめる。
「こんな時に言うことではないのはわかっています。でも、あなたが俺を好きでいてくれることが本当に嬉しかったし、応えたかった。俺は、あなたのことが好きです。あなたを幸せにしたい。こんな状態になってしまったからこそ、許されるならば俺はこれからずっとあなたのそばであなたを幸せにすると誓う」
ヴァンはそう言ってニーナをじっと見つめた。ヴァンの言葉に、ニーナは嬉しさのあまり声が出ない。
「本当に?本当にそう思ってくれていたの?そんな素振り一度も見せてくれなかったじゃない」
「見せれるわけありませんよ。俺がどれだけ我慢していたと思うんですか。でも、もう我慢しなくてもいいですよね?」
ヴァンが欲の孕んだ瞳でニーナを見ると、ニーナは嬉しそうに微笑んで頷いた。
「もう我慢しないで」
ニーナの言葉に、ヴァンは勢いよくニーナに口付ける。最初は優しく食むような口付けだったが、次第に濃厚な口付けに変わっていく。ニーナは耐えきれずに吐息を漏らし、ヴァンはその吐息を聞いてまたさらに激しく口付けた。
◇
(そういえば、どうして裏手に馬車が準備されていたのかしら。それに、屋敷内を走っている時も一度も領民と出会わなかったし、炎がまだひどくない通路をまるでわかっているかのように走っていたわ)
口付けが終わり、ヴァンに抱きしめられながらウトウトとしていたニーナは、ふとそう思った。だが、すぐにその考えはニーナの中から消えていく。
(そんなことはどうだっていいわ。ヴァンがあの屋敷から私を連れ出してくれた。これからは愛する人とずっと一緒に、身分なんて関係なく愛し合えるんだわ)
この馬車がどこにいくのかニーナには全くわからない。それでも、ヴァンについて行けば何も怖くないし大丈夫だと思えてしまう。
ヴァンの腕の中で、ニーナは幸せそうに瞳を閉じ、眠りについた。
「あなたは誰にも渡しません。俺たちの邪魔をする人間はどんな手を使っても排除します。何があっても、ずっと俺と一緒です。あなたを幸せにするのは俺だけだ」
腕の中で眠るニーナの頭をそっと撫でながら、ヴァンは妖艶に微笑んだ。
悲しそうな目でそう言う主人、令嬢ニーナの言葉を執事であるヴァンは唖然として聞いていた。だが、すぐに姿勢を正し、表情を直して祝辞を述べる。
「……おめでとうございます」
「めでたくなんてないわ。どんな人かもわからない、好きでもない人と急に結婚させられるんだもの」
ニーナの家は領地の経営が傾き、没落寸前だった。そんなニーナの両親にニーナを一方的に慕う令息が声をかけ、契約結婚に漕ぎ着けたのだ。令息の家はニーナの家柄よりも上で、結婚すれば没落を免れると吹き込んだのだった。
ゆるくウェーブかかった金色の髪を靡かせ、美しいアパタイトのような瞳にうっすら涙を溜めながらニーナは悲しげにヴァンへ微笑む。艶やかな黒髪にルビー色の瞳、端正な顔立ちのヴァンは黙っていても絵になるような男だ。いつもは変わることのない表情だが、ヴァンはその美しい顔を少しだけ歪めた。
「ねえヴァン、私の気持ち、わかっているでしょう?私、あなたのことが……」
「ニーナ様、それ以上は言ってはなりません。私は執事でありあなたは私の主人です」
ヴァンがそう言うと、ニーナはハラハラと涙を流した。
「わかってる、わかってるの。でも、私……私」
そう言ってヴァンに縋りつくニーナを、ヴァンはそっと優しく抱き締めるしかなかった。
◇
ニーナの結婚が決まり、いよいよ結婚式の前日となった夜遅く、パチパチ、と不思議な音でニーナは目が覚めた。
(何かしら?それに、なんだか焦げ臭いような……)
眠い目を擦りながら起き上がると、ドンドンドン!と扉を叩く音がする。
「ニーナ様!ニーナ様!失礼します!」
「ヴァン!?どうしたの」
ドアを勢いよく開けて部屋に入ってくるヴァンを、ニーナは驚いた顔で見つめる。ヴァンの顔は逼迫し蒼白で、額から汗を流していた。
「ニーナ様!屋敷が燃えています!それに表には領民が押しかけています。ここは危険です!逃げましょう!」
領地の経営が傾き、領民に圧迫をかけていたニーナの父親に我慢がならなくなった領民がニーナの屋敷へ押しかけてきたのだ。暴動を起こし、屋敷には火までかけられてしまう。
「そんな……!」
驚愕するニーナに、ヴァンは駆け寄りニーナの肩に大きなローブを羽織らせる。
「着替えている時間などありません、とにかくここから逃げます!私について来てください」
ヴァンに手を引かれ、ニーナは部屋を飛び出し屋敷内を走った。
ヴァンに連れられて屋敷の裏手に行くと、馬車が準備されていた。
「旦那、ご無事で」
「ああ、報酬はこれで足りるな」
「毎度。それじゃ、さっさと出発しますぜ」
ヴァンと馬車の近くにいた男の会話をニーナは不思議そうに眺めているが、すぐに馬車に乗り込むよう指示されてニーナは急いで馬車へ乗り込む。
馬車が走り出すと、少し離れた屋敷の表が見えた。屋敷はどんどん燃え上がり、両民たちが鎌や剣を持って大声を出している。
「ニーナ様、見てはいけません」
ニーナの視界を遮るように、隣に座っていたヴァンがそっとニーナの両目を手で覆った。
◇
「ヴァン、お父様とお母様は……?」
どれくらい走っているのだろうか。屋敷から随分と離れたであろう所で、ニーナはふと重要なことに気がつく。逃げることに精一杯で頭が全く回らなかったが、両親がいないのだ。
「それは……」
苦々しい顔をするヴァンを見て、ニーナは胸が押しつぶされそうになる。
「まさか」
「私が駆けつけたときには、すでにお二人は、領民の手で……」
ニーナは思わず両手で口元を覆う。そして、目に涙を浮かべてつぶやいた。
「そんな……」
ヴァンはニーナをそっと抱き寄せる。そして、ニーナの肩を優しくさすった。
「私がいながら申し訳ありません」
「っ、いいの、ヴァンのせいでは、ないのだから」
領民のことを考えず、私腹を肥やすことだけを考えていた両親だ、きっと罰が当たったのだ。それに、娘の気持ちも考えずただ領地を立て直す材料にしか思わないような両親で、そもそも幼少期からニーナは愛されていたという記憶がない。ずっとニーナに愛を向けてくれたのは、ヴァンだけだった。
ぎゅ、とニーナはヴァンに抱きつく。ヴァンは少し驚くが、少し表情を和らげるとニーナを静かに抱きしめ返した。
「ニーナ様のことはどんなことがあってもお守りします。それに……」
「それに?」
少し言い淀むヴァンを、腕の中でニーナは見上げて首を傾げる。
「私は……俺は、ニーナ様のことをずっと慕っていました。本当は、あなたを幸せにするのは俺だと思いたかった。でも、あなたに仕える執事なので、ずっとその思いは奥底にしまっていたんです」
ヴァンの言葉にニーナは目を輝かせどんどん頬を赤らめる。
「こんな時に言うことではないのはわかっています。でも、あなたが俺を好きでいてくれることが本当に嬉しかったし、応えたかった。俺は、あなたのことが好きです。あなたを幸せにしたい。こんな状態になってしまったからこそ、許されるならば俺はこれからずっとあなたのそばであなたを幸せにすると誓う」
ヴァンはそう言ってニーナをじっと見つめた。ヴァンの言葉に、ニーナは嬉しさのあまり声が出ない。
「本当に?本当にそう思ってくれていたの?そんな素振り一度も見せてくれなかったじゃない」
「見せれるわけありませんよ。俺がどれだけ我慢していたと思うんですか。でも、もう我慢しなくてもいいですよね?」
ヴァンが欲の孕んだ瞳でニーナを見ると、ニーナは嬉しそうに微笑んで頷いた。
「もう我慢しないで」
ニーナの言葉に、ヴァンは勢いよくニーナに口付ける。最初は優しく食むような口付けだったが、次第に濃厚な口付けに変わっていく。ニーナは耐えきれずに吐息を漏らし、ヴァンはその吐息を聞いてまたさらに激しく口付けた。
◇
(そういえば、どうして裏手に馬車が準備されていたのかしら。それに、屋敷内を走っている時も一度も領民と出会わなかったし、炎がまだひどくない通路をまるでわかっているかのように走っていたわ)
口付けが終わり、ヴァンに抱きしめられながらウトウトとしていたニーナは、ふとそう思った。だが、すぐにその考えはニーナの中から消えていく。
(そんなことはどうだっていいわ。ヴァンがあの屋敷から私を連れ出してくれた。これからは愛する人とずっと一緒に、身分なんて関係なく愛し合えるんだわ)
この馬車がどこにいくのかニーナには全くわからない。それでも、ヴァンについて行けば何も怖くないし大丈夫だと思えてしまう。
ヴァンの腕の中で、ニーナは幸せそうに瞳を閉じ、眠りについた。
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