上 下
4 / 15

しおりを挟む
「よう、キール!婚約したらしいじゃないか」

 とある休日、キールとヴィオラの元に一人の来客者が訪れた。その男の名はサエル・ヒース。キールと同じ国の騎士団に所属しキールと同じ隊に所属している。
 赤茶色の短髪で背が高く騎士というだけあって鍛え上げられた体つきをしているが決して太くはない。人懐っこそうな表情をしていてまるで中型犬のようだとヴィオラは思った。

「朝から騒々しいな。何しに来た」
「なんだよ、連れないな。お前みたいな無表情で面白味のない男と婚約してくれるような優しい婚約者様に会いにきたんだよ」

 サエルの言葉にキールは大きくため息をついた。そのキールを見ながらヴィオラは不思議そうに食べ物を頬張っている。

「なるほど、これが噂の小リス令嬢か」
「おい!失礼だろ!」

 サエルの言葉にキールは思わず怒りを表すとサエルは珍しいものを見るように驚いた顔でキールを見た。

「……お前が他人のことで、しかも女性のことでそんなに怒るなんて珍しいな」
「当たり前だろ、婚約者だ」
「へぇ」

 キールの返事にサエルはニヤニヤとしながらキールとヴィオラの顔を交互に眺める。なんとなくいたたまれなくなってヴィオラはさらに食べ物を頬張ってしまい、ひたすらにモグモグと口を動かしている。

「その片手に下げているバスケットに食べ物が?そんなにずっと食べていて美味しいのか?」

 サエルがヴィオラにそう言うと、ヴィオラはごくんと食べ物を飲み込んでから口を開いた。

「お、美味しいです。サエル様も食べますか?」

 おもむろにバスケットから大きめのチョコチップクッキーを取り出してサエルに差し出した、その時。

 パクッとキールがヴィオラの手から直接クッキーを食べてしまう。モグモグと口を動かし飲み込んでから、キールは口を開いた。

「こんなやつにわざわざ渡す必要はない」

 なぜかムッとしながら言うキールをヴィオラは首をかしげて不思議そうに眺めた。そしてそんなキールを見てサエルは驚き、すぐに楽しそうに笑いだした。

「あーまじかー!お前、そうなのか!そうかそうか。なるほどね。いやぁ良いもの見たわ」
「なんだよ大声でうるさいやつだな」

 キールの目は鋭く怖い。出会ってから意外にも色々な表情を見れたと思っていたが、やっぱり黒豹騎士様なのだとヴィオラは少し震えた。

「おいおい、そんなんじゃ可愛い婚約者が怯えてしまうだろ。こんな奴だけど悪い男じゃないんだ、どうかこれからもよろしくな」

 爽やかな笑顔でそう言うサエルに、ヴィオラはなんとなくホッとして小さく頷いた。


 サエルが去ってからキールはずっと無表情でヴィオラを見つめている。前髪の間から覗く緑がかった金色の瞳は鋭く、ヴィオラは初めて会った時のように怯えていた。

(ここここ怖い怖い怖い!サエル様が帰ってからずっと無表情だわ……私、何か失礼なことでもしてしまったのだろうか)

 こんな時でも食べ物を頬張ってしまう自分にうんざりする。だが食べていないと気持ちが安らがない。ヴィオラはバスケットの中を覗きこみ食べ物を取ろうとして、ふとひとつの菓子パンに目がいった。

 それはキールが食べて美味しいと嬉しそうに言ってくれた菓子パンだ。これをまたあげたらキールは喜んでくれるだろうか?それともこんなもの、と怒ってしまうだろうか。

 ドキドキしながらそっと菓子パンを手に取り、キールの目の前に差し出した。目の前にある菓子パンを見てキールは不思議そうにヴィオラを見つめる。その視線は先ほどまでの鋭さを消し去っていてヴィオラはなんとなくホッとした。

「……これは?」
「えっと、キール様がなんだか怒ってらっしゃるように見えたので……この間これを食べて美味しいとおっしゃっていたので、また食べたら少しは気分も晴れるかと思いまして」

 震えながら小声で言うヴィオラは、小さい体がさらに小さく見える。その様子にキールはハッとしてからうなだれ、大きく息を吐いた。

「キール様?」
「すまない……怒ってるわけではないんだ。ありがとう。気を使わせてしまったな」

 フッと悲しげに頬笑むキールの顔を見て、ヴィオラの心臓は大きく跳ね上がった。それは決して怖さではない、だが一体この胸の高鳴りはなんなのだろうかとヴィオラは不思議に思う。

「ん、やはり美味しい」

 ヴィオラからもらった菓子パンを一口頬張り、キールは微笑んだ。その微笑みにまたヴィオラの胸は高鳴り、だんだんと顔が赤くなる。

 そんなヴィオラを見てキールは優しく微笑み、ヴィオラの頭を撫でた。

「ありがとう。ヴィオラのおかげで心が晴れた」



 サエルが帰り、ヴィオラに菓子パンをもらってから執務室で一人仕事をしていたキールは、自分の感情の変化に戸惑っていた。サエルに食べ物を差し出すヴィオラを見て思わず気にくわない、と強く思ってしまったのだ。きっとこれが嫉妬というものなのだろう、だが生まれてこの方そんな感情を持ち合わせたことがなかったキールには不思議でどうしていのかわからない。

 ヴィオラの食べるものを一緒に食べるのは自分だけがいいとなぜかキールは思ってしまう。それほどまでヴィオラのことを気に入っていたとは自覚していなかっただけに、このの状況に驚いてしまうのだった。

「ただそばにいてもらうだけの契約結婚のはず……」

 キールの静かな呟きは部屋に響き渡った。





 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

妹がいるからお前は用済みだ、と婚約破棄されたので、婚約の見直しをさせていただきます。

あお
恋愛
「やっと来たか、リリア。お前との婚約は破棄する。エリーゼがいれば、お前などいらない」 セシル・ベイリー侯爵令息は、リリアの家に居候しているエリーゼを片手に抱きながらそう告げた。 え? その子、うちの子じゃないけど大丈夫? いや。私が心配する事じゃないけど。 多分、ご愁傷様なことになるけど、頑張ってね。 伯爵令嬢のリリアはそんな風には思わなかったが、オーガス家に利はないとして婚約を破棄する事にした。 リリアに新しい恋は訪れるのか?! ※内容とテイストが違います

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

美形揃いの王族の中で珍しく不細工なわたしを、王子がその顔で本当に王族なのかと皮肉ってきたと思っていましたが、実は違ったようです。

ふまさ
恋愛
「──お前はその顔で、本当に王族なのか?」  そう問いかけてきたのは、この国の第一王子──サイラスだった。  真剣な顔で問いかけられたセシリーは、固まった。からかいや嫌味などではない、心からの疑問。いくら慣れたこととはいえ、流石のセシリーも、カチンときた。 「…………ぷっ」  姉のカミラが口元を押さえながら、吹き出す。それにつられて、広間にいる者たちは一斉に笑い出した。  当然、サイラスがセシリーを皮肉っていると思ったからだ。  だが、真実は違っていて──。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...