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心を乱すためならば(ガイル視点)
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討伐祭の打ち合わせ兼顔合わせの翌日。シキは帰ってきてからというものずっと不機嫌そうだ。
不機嫌そうだと言っても、シキはそもそもいつも表情をほとんど変えることがない。だが、俺にはわかる。無表情な中にも微妙に変化があることを。
「おい、昨日から随分と不機嫌そうだけど、どうかしたのか」
朝食を食べながら聞いてみると、シキは一瞬だけ眉間に皺を寄せてムッとする。
「……別に。あなたに関係ないでしょ」
「どうせ昨日の聖女たちの件だろ。他の聖女は剣が使えなくてびっくりしたってところか」
シキが目を合わせて驚いた顔をするが、すぐに目を逸らして無表情になる。ほーら、図星だろ。そんな風に平静を装ったって俺には丸わかりだっつーの。
「まぁ聖女が剣を振り回すなんてそもそも有り得ないもんな。シキくらいだろ、王都の騎士相手に剣でやり合って勝ってしまう聖女なんて」
面白そうに言えば、シキは今度こそ不機嫌そうな顔を崩さない。そう、それだよ、俺が見たいのは。
「うるさいわね。人をそうやって揶揄って満足?満足したならいい加減この話はやめて」
表情を戻して席から立ち俺の横をすり抜け部屋を出ようとするシキの手を俺は掴んだ。
「おっと、怒らせたなら謝るよ。でも俺はそうやって感情を露わにするシキが見たいんだ」
手を掴みながら立ち上がり、シキの顔に自分の顔を近づける。だがシキは表情を崩さない。やっぱり手強いな、だがそこがいい。ふっと思わず笑みがこぼれてしまう。
目を合わせたままシキの唇に口付ける。
「!?」
シキは驚いて俺を突き飛ばそうとするがそう簡単にさせるかよ。そのまま腰を引き寄せて身動きを取れなくし、口付けをもっと濃いものにする。
俺が満足するまで続けて、ようやく解放すればシキは顔を真っ赤にして見るからに怒っている。顔が赤いのは口付けで呼吸がうまくできなかったからなのか、怒っているからなのか、それとも照れているのか。いや、シキに限って照れているとは思えない。だが、なんにせよ俺のせいでシキの表情が崩れたのは気分がいい。
「いい加減にしてちょうだい」
「夫婦なんだからいいだろ」
そう言えばシキは深呼吸をしてからキッと俺を睨んだ。
「形だけの夫婦でしょう。私へ気持ちがないのはわかっているし私もあなたに気持ちがないのだから、力分け以外でこういう行為をするのはやめてと言ったはずよ。あなただって了承したじゃない」
「気持ちがない、ねぇ」
フイッと踵を返して部屋を後にするシキ。シキの長い黒髪から漂ったであろう程よい香りを堪能しながら、俺は自分でも気づかないうちにそう呟いていた。
シキと出会ったのは4年前。それまで俺は王都の騎士をしながら悠々自適に暮らしていた。騎士という職業のせいもあってか俺は女に事欠いたことがない。俺自身、幼い頃から容姿が良かったせいで周りの女からチヤホヤされて育ってきたし、そのおかげでどういう風にすれば女が喜ぶか手にとるようにわかっていたんだ。
突然当時の騎士団長に呼ばれ、白龍使いの騎士に選ばれたと言われた時には驚いたし、正直めんどくさいと思った。白龍使いの騎士ともなれば通常の騎士より任務も重いし、何より聖女と契約結婚しなければならない。
俺は一人の女に縛られるのなんてごめんだと思っているから結婚なんてするつもりなかったんだ。かといって白龍使いの騎士は辞退することができない。困ったものだと思いつつ、そうなってしまえばとりあえず相手の聖女様というものがどういう女か知ろうと思った。自分の好みの女だったらもうけものだしな。
シキはすごいタイプというわけではなかったけれど、見るからに美人だったからまぁいいかと思い、とりあえずこうすれば女が喜ぶような笑顔で挨拶をした。
「初めまして、シキ。俺はガイル。これから君と夫婦になるけれど、精一杯君を守り愛してみせるよ。よろしくね」
心にもない言葉をいつもの声音、いつもの笑顔でサラリと言う。これで落ちない女なんていないんだよ。この聖女だってどうせ俺にイチコロだろ。女なんてちょろいちょろい。
そう、思ったのに。
「思ってもないことを口にして楽しい?その見えすいた言葉も笑顔もやらなくていいわ。私には必要ないし通用もしないから。あなた、きっと女性が好きなんでしょう?それにその面構えなら女性の方が放っておかないでしょうしね。契約結婚なのだからあなたはあなたで好きにすればいい。私も好きにするわ。私は別に男性に、というか人間に興味がないから任務以外は放っておいてくれて構わない」
長い艶やかな黒髪を風に靡かせて、彼女は無表情でそう言い切った。その瞬間、俺は鈍器で頭を殴られたような感覚になったんだ。
はじめはただの興味本位。出会ったことのないタイプのこの女がどうやったら俺に靡くのかと、ただ楽しいおもちゃを見つけたように思えた。
だけど、どれだけ年月を重ねても、口づけをしても体を重ねても、俺に全く興味を示さないこの女のことがどうしてもどうしても気になって仕方がない。
いつの間にか他の女はどうでも良くなって、シキの心を乱し表情を崩させることだけに夢中になっていった。そのためだったら困らせることも嫌がられることも厭わない。むしろシキは喜ぶということがないから、困らせたりすることでしかシキの心と表情を乱すことができない。
シキが俺を見ていつか笑ってくれる日が来るとしたら、それはどんな時なんだろうか。それを考えただけでゾクゾクする俺って案外ヤバいやつなのかもしれないな。
不機嫌そうだと言っても、シキはそもそもいつも表情をほとんど変えることがない。だが、俺にはわかる。無表情な中にも微妙に変化があることを。
「おい、昨日から随分と不機嫌そうだけど、どうかしたのか」
朝食を食べながら聞いてみると、シキは一瞬だけ眉間に皺を寄せてムッとする。
「……別に。あなたに関係ないでしょ」
「どうせ昨日の聖女たちの件だろ。他の聖女は剣が使えなくてびっくりしたってところか」
シキが目を合わせて驚いた顔をするが、すぐに目を逸らして無表情になる。ほーら、図星だろ。そんな風に平静を装ったって俺には丸わかりだっつーの。
「まぁ聖女が剣を振り回すなんてそもそも有り得ないもんな。シキくらいだろ、王都の騎士相手に剣でやり合って勝ってしまう聖女なんて」
面白そうに言えば、シキは今度こそ不機嫌そうな顔を崩さない。そう、それだよ、俺が見たいのは。
「うるさいわね。人をそうやって揶揄って満足?満足したならいい加減この話はやめて」
表情を戻して席から立ち俺の横をすり抜け部屋を出ようとするシキの手を俺は掴んだ。
「おっと、怒らせたなら謝るよ。でも俺はそうやって感情を露わにするシキが見たいんだ」
手を掴みながら立ち上がり、シキの顔に自分の顔を近づける。だがシキは表情を崩さない。やっぱり手強いな、だがそこがいい。ふっと思わず笑みがこぼれてしまう。
目を合わせたままシキの唇に口付ける。
「!?」
シキは驚いて俺を突き飛ばそうとするがそう簡単にさせるかよ。そのまま腰を引き寄せて身動きを取れなくし、口付けをもっと濃いものにする。
俺が満足するまで続けて、ようやく解放すればシキは顔を真っ赤にして見るからに怒っている。顔が赤いのは口付けで呼吸がうまくできなかったからなのか、怒っているからなのか、それとも照れているのか。いや、シキに限って照れているとは思えない。だが、なんにせよ俺のせいでシキの表情が崩れたのは気分がいい。
「いい加減にしてちょうだい」
「夫婦なんだからいいだろ」
そう言えばシキは深呼吸をしてからキッと俺を睨んだ。
「形だけの夫婦でしょう。私へ気持ちがないのはわかっているし私もあなたに気持ちがないのだから、力分け以外でこういう行為をするのはやめてと言ったはずよ。あなただって了承したじゃない」
「気持ちがない、ねぇ」
フイッと踵を返して部屋を後にするシキ。シキの長い黒髪から漂ったであろう程よい香りを堪能しながら、俺は自分でも気づかないうちにそう呟いていた。
シキと出会ったのは4年前。それまで俺は王都の騎士をしながら悠々自適に暮らしていた。騎士という職業のせいもあってか俺は女に事欠いたことがない。俺自身、幼い頃から容姿が良かったせいで周りの女からチヤホヤされて育ってきたし、そのおかげでどういう風にすれば女が喜ぶか手にとるようにわかっていたんだ。
突然当時の騎士団長に呼ばれ、白龍使いの騎士に選ばれたと言われた時には驚いたし、正直めんどくさいと思った。白龍使いの騎士ともなれば通常の騎士より任務も重いし、何より聖女と契約結婚しなければならない。
俺は一人の女に縛られるのなんてごめんだと思っているから結婚なんてするつもりなかったんだ。かといって白龍使いの騎士は辞退することができない。困ったものだと思いつつ、そうなってしまえばとりあえず相手の聖女様というものがどういう女か知ろうと思った。自分の好みの女だったらもうけものだしな。
シキはすごいタイプというわけではなかったけれど、見るからに美人だったからまぁいいかと思い、とりあえずこうすれば女が喜ぶような笑顔で挨拶をした。
「初めまして、シキ。俺はガイル。これから君と夫婦になるけれど、精一杯君を守り愛してみせるよ。よろしくね」
心にもない言葉をいつもの声音、いつもの笑顔でサラリと言う。これで落ちない女なんていないんだよ。この聖女だってどうせ俺にイチコロだろ。女なんてちょろいちょろい。
そう、思ったのに。
「思ってもないことを口にして楽しい?その見えすいた言葉も笑顔もやらなくていいわ。私には必要ないし通用もしないから。あなた、きっと女性が好きなんでしょう?それにその面構えなら女性の方が放っておかないでしょうしね。契約結婚なのだからあなたはあなたで好きにすればいい。私も好きにするわ。私は別に男性に、というか人間に興味がないから任務以外は放っておいてくれて構わない」
長い艶やかな黒髪を風に靡かせて、彼女は無表情でそう言い切った。その瞬間、俺は鈍器で頭を殴られたような感覚になったんだ。
はじめはただの興味本位。出会ったことのないタイプのこの女がどうやったら俺に靡くのかと、ただ楽しいおもちゃを見つけたように思えた。
だけど、どれだけ年月を重ねても、口づけをしても体を重ねても、俺に全く興味を示さないこの女のことがどうしてもどうしても気になって仕方がない。
いつの間にか他の女はどうでも良くなって、シキの心を乱し表情を崩させることだけに夢中になっていった。そのためだったら困らせることも嫌がられることも厭わない。むしろシキは喜ぶということがないから、困らせたりすることでしかシキの心と表情を乱すことができない。
シキが俺を見ていつか笑ってくれる日が来るとしたら、それはどんな時なんだろうか。それを考えただけでゾクゾクする俺って案外ヤバいやつなのかもしれないな。
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