行き倒れ騎士を助けた伯爵令嬢は婚約者と未来の夫に挟まれる

鳥花風星

文字の大きさ
上 下
4 / 39

諦めない

しおりを挟む
「あなたが、未来の俺?」

 今、目の前にはアリシアの婚約者となるフレデリックと、未来のフレデリック、もといフレンが話をしている。顔合わせ当日、何とか理由をつけて家族と合う前にフレデリックとフレンを会わせたのだ。フレデリックは不審な目でフレンを見た後、アリシアに目を向けた。

「この人は一体何なのですか」
「えっと、その、つまり」
「だから、さっきから言ってる通り、未来のお前だよ」

 フレンがそう言うと、フレデリックは呆れたようにため息をついた。だが、フレンはフレデリックに近づきそっと耳打ちをする。

「お前が昔からアリシアを好きだったこと、婚約を自分の父親に頼んで強引に進めたこと、アリシアにばらそうか?」

 フレンの言葉に、フレデリックは思わずフレンへ驚愕の眼差しを向ける。

「そうだな、信じてもらえないならお前自身しか知らないことを話そうじゃないか。たとえば……そうだな、学生時代にアリシアからもらったハンカチを今でも大事に持っていて、洗った後でもたまに匂いを嗅いでいるとか、アリシアに近づく同級生を片っ端から潰していたこととか。これ、アリシアに話してもいいか?」

 アリシアに聞こえないようフレデリックの耳元でコソコソと話すフレン。フレデリックの顔色がみるみる変わっていくのを見て、きっとろくなことを話していないのだろうなとアリシアは気の毒な気持ちで見つめていた。

「コホン、えっと、フレン?と言いましたか。話はわかりました。納得はできませんが、とりあえずあなたの望みはなんですか?」
「はは、話が早いな」

 がしっとフレデリックの肩に腕を回し、フレンは嬉しそうに笑った。こうして、口裏を合わせて未来のフレデリック、もといフレンは何の問題もなくアリシアのそばにいることになった。





「それで、あなたはなぜ未来からやって来たんですか」

 無事に顔合わせが終わった後、せっかくだからフレンと二人きりで話がしたいと、アリシアに席を外してもらったフレデリックは腕を組みながらフレンに聞いた。

「さあな。俺自身も全くわからないよ。ただ、死ぬ間際に強く願ったんだ。アリシアに会いたいって。それが叶ったんだろう」

 フレンの言葉にフレデリックの眉がピクリと動く。

「いつまでここにいることができるかわからないけれど、せっかくこうしてアリシアに会うことができたんだ。ここにいる間は、精一杯アリシアとの時間を大切にしたい。だから、ここにいる間だけはそれを許してくれ。お前にとっては気に食わない話かもしれなが、俺にとってはもう二度と訪れない時間なんだ」

 何かを諦めたような顔で悲しげに微笑むフレンを見て、フレデリックは真顔でフレンの目の前まで足を運び、フレンの胸ぐらを掴んで、殴った。ダンッと音を立てながらフレンは床に倒れ込む。

「おま、一体何して……」
「何が二度と訪れない時間だよ。あんたそれでいいのか!?」

 驚いた顔でフレデリックを見上げるフレンの胸ぐらを、もう一度掴んでフレデリックは怒鳴った。

「あんた、死ぬ間際だったって言ってたよな。未来のアリシアを一人にするのか?一人残してあんたは容易く死ぬのかよ!ふざけんな!俺は絶対に許さない。アリシアを、一人にして、悲しませるなんて、絶対に許さないからな!」

 怒鳴るフレデリックを唖然として見つめるフレン。だが、次の瞬間、フレンもフレデリックの胸ぐらを両手で掴んで怒鳴った。

「いいわけねぇだろ!俺だって嫌だよ!アリシアを、未来のアリシアを、大切なアリシアを、たった一人残して死ぬなんて!いいわけねぇだろうが!……いいわけ、ねぇだろうが」

 フレデリックの胸ぐらを掴みながら、俯き震えている。そんなフレンを見て、フレデリックはフレンの胸ぐらを離した。

「……すまない。あんたが一番辛いはずなのに」

 フレデリックが静かにつぶやくと、フレンは掴んでいたフレデリックの胸ぐらから両手を離す。その両手はそのまま床にだらんと垂れ下がった。

「いや、いいよ。お前が怒るのも無理ない。だってお前は俺だもんな。アリシアを愛する気持ちは同じなんだから。怒りたくもなるだろ。……でもな、どうしようもないんだよ。あの時、俺は確かに大量の血を流して死にそうだったんだ。……どうしようもないんだよ」

 そう言って悲しげに微笑むフレンの両目には涙が浮かんでおり、フレデリックは思わず目を背けた。未来の自分が愛する人を思って泣いている、その事実をまだ若いフレデリックは受け入れられない。静かに深呼吸してぎゅっと拳を握り締め、フレデリックは口を開いた。

「……でもあんたはここにいる。死なずに、なぜか過去に戻ってきたんだろ。何かしらきっと理由があるはずだ。もしかしたら死なないための何かができるのかもしれない」

 静かに、だがはっきりとした口調でフレデリックは言った。

「俺は、諦めない。未来のアリシアを一人になんて絶対にしない。あんたが諦めていても、俺は絶対に諦めないから」

 顔を背けながら、そう言ってフレデリックは部屋を出ていく。フレンは誰もいなくなった部屋で一人、床をじっと見つめていた。




「っ……!」
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが」

 部屋を出たフレデリックは、部屋の前で立ちすくむアリシアと遭遇した。手にはティーセットを持っており、おそらくお茶の支度をしてやってきた時に話を聞いてしまったのだろう。アリシアは不安そうな悲しそうな、何とも言えない表情をしていて、フレデリックの胸は張り裂けそうだった。

「俺は、諦めません。あの男が、未来の俺だという男が諦めていたとしても、俺は諦めない。未来のアリシアを一人になんて絶対にしませんから」

 そう言って静かにお辞儀をし、フレデリックは立ち去っていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

数字で恋する男爵令嬢

碧井夢夏
恋愛
数学者の父を持つ男爵令嬢のリリス・マクウェル。 下級貴族ながらも裕福な家に育ち、何不自由ない生活を送っている。 リリスには憧れている男性騎士がいるが、特に好きなのはそのスタイル。 圧倒的なその数字に惚れて、彼の経営する騎士団に雇ってもらおうと自分を売り込んだ。 全く相手にされていないけど、会計士として活躍するリリス。 うまくいかない恋に悩み、親切な同僚のシンに相談するうちになんだか彼が気になって来て・・? 不器用令嬢×器用男子の恋の駆け引きは、最初から勝負になんてなっていない。 ※アメイジング・ナイトシリーズの外伝(スピンオフ)ですが、本編未読でも問題なく読めます。 ※R表現はありませんが、大人の恋のお話なので男女のことが出てきます、苦手な方はご注意・・。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...