上 下
115 / 127
モコモコ王国編

アルラウネVSギーク王国

しおりを挟む
 フードを被り、PC画面に話しかけている男はマリン達、アルラウネ達にPCのレンズ部分を向けている。
 彼の雰囲気は何処か他の者達とは違い、近付く事すら拒絶反応を起こしそうな不気味さだった。
 いったい誰に配信しているのかわからないが彼は自分の持つPC画面に向けて話しかけている。

「はーい、みんなぁ、殺人実況のグレイトだぁ!
久しぶりだなぁ!!
郁麿に殺された俺は何故か4000年後の未来に転生した!
わかるかぁ!?
未来だよ!未来!!
すげぇだろお前等!!
遙か未来にはお前等の大好きな美人のモン娘ちゃん達がいっぱいいるぞ??
羨ましい??
羨ましいだろ??
今から一人ずつ殺していくから楽しみにしてろよ!!」

「「おおおおお!!」」

 PC画面から彼の放送を見ていると思われる者達の声が流れてくる。
 その耳障りな声やグレイトの仕草に流石に我慢の限界が来たのかベルベットが腕を上げた。

「我々を殺すだと?
寝言は寝てから言え、下等種族が!!」

 その直後、空から燃え上がる隕石がグレイトめがけて落ちてくる。
 その様子に彼自身も驚愕の表情を浮かべて空を見上げていた。

「うっはぁ!!!
なんだあれ、未来のモン娘ちゃん達はこんな事も出来んのかよ!!
すげぇや!!」

 そして隕石は地面に落ちて大爆発を引き起こした。
 辺りは炎と煙に包まれ大惨事で、地面にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
 普通の人間ならばまず間違いなく即死で間違いないだろう。

「詰めが甘いわベルベット!」
「ぐっ…がはぁっ!!」

 ベルベットの横にいた王冠を被った子供サキュバスの魔神、アミーの腕から先が消えていた。
 その先はグレイトの背後から現れ背中を抉り心臓を鷲掴みにしている。
 流石のグレイトもこれにはピンチで何も出来なかった。

「馬鹿な…透明化して実体へのダメージは通らない筈なのに……ぐふっ…」
「あのね、この世界では透明化なんて珍しい能力じゃないのよ?
その辺のゴーストですら使えるし、透明化の対策だって当然考えられてるわ?」
「ちょっ…待…」

 次の瞬間、彼の心臓はアミーに握りつぶされて血が吹き出した。
 グレイトは口から血を吐き出し、自らの終わりを察したのか、今まで見せたことの無い悲しそうな表情でに語り始めた。

「はぁ、はぁ、悲しいなぁ…
これで終わりかぁ…
でもまぁ…最後に…未来が見れて良かっ…た…
出来ればリスナーにも見せてやりたかったなぁ…」

 彼はよくわからない事を言いながら前にぶっ倒れ、手に持っていたPCが軽く吹っ飛んだ。
 その画面を見たアミーとベルベットが恐怖を感じ顔がひきつっている。

「げ!こいつ…実況してたんじゃなくて動画と話してたの…?」
「やはり、只の異常者だったようだね」

 そう、PCに写るのは只の動画だったのだ。
 彼が何を考えていたのか、何処からやってきたのかはこの際、アルラウネやマリン達からすれば関係ない。
 しかし、動画を流しながら動画と会話をするグレイトの奇妙な行いにはベルベットもアミーも顔を曇らせた。
 約4000年前の…世界が滅ぶ前の時代を生きたグレイトの人生は、今此処で終止符が打たれたのだ。
 そんな彼を見下ろし鼻を鳴らす赤い着物で青い瞳の女、黒姫が言った。

「フン、やはり屑は最後まで屑じゃのう…この役立たずが…」

 彼女は死体と化したグレイトの体を真っ二つに刀で斬ってしまう。
 すると彼は黒い液体と化し、地面へと沈んだ。

「ニュクス、ヘカテー、アミーとベルベットを任せる…
アルラウネ、貴様の相手は…」

 黒姫がそう言って場を離れると、後ろには鎧を着た骸骨兵士約50名が、二列に分かれ整列している。
 その後ろには戦場だというのに王座に座りワインを飲んでいる王がいた。
 しかし、その王の不気味な雰囲気にアルラウネは一歩後ずさったのだった。

「何ですか…あれは…」

 頭には王冠、左半分は骸骨、右半分は人間のようにも見える。
 服は黒と白の燕尾服を着ていた。
 その存在はアルラウネと黒姫を交互に見た後、立ち上がる。
 目には生気が無く、まるでロボットのようだ。
 そんな彼が立ち上がると二列に整列した骸骨兵士達が向かい合うように横を向き剣を立てる。
 それは王の通り道を作ったように見えた。
 王は案の定、その道をゆっくりと歩いてアルラウネのほうへ歩いて来る。

「勝利条件の予測を開始、コマンドA、炎魔法の連続技を使用…
結果、無傷で受け流され打撃攻撃により敗北…」

 喜怒哀楽の無いロボットのような口調、そして低い声で語り出し、ゆっくりと歩いてくる。

「コマンドB、地形操作でマグマの海へ突き落とす…
結果、効果はなく打撃攻撃により敗北…」

 彼の目はまるで宝石のように光り輝き、未来でも見てきたかのごとく口にする。
 感情は無く適当なことを言ってるだけとも取れるが、彼の予測は正しかった。

「コマンドC、幻術魔法を使用…催眠状態にした後に毒矢や硫酸魔法で攻撃…
結果、無傷で受け流された挙げ句、別次元へワープさせられ敗北…」

 殺害方法を語りながら歩いてくる相手に、アルラウネは怒り、構えていた。

「ほら、どうしました?
こないのですか?
こちらから行きますよ?」

 アルラウネがツタを地面から出して王を攻撃する…しかし…
 突然景色は吹雪になり、辺り一面白い雪に包まれてしまう。
 アルラウネの足は凍り付き、身動きが取れなくなっていた。

「うっ…くっ…」
「コマンドD、この空間から脱出し塔を破壊…アルラウネ死亡」

 弱点を見抜かれたアルラウネは骸骨兵士に手をかざした…

「百花繚乱」

 敵の骸骨兵士はすべて花になり、王も手足が花と化し、戦闘不能になった。
 しかしその直後、何もない場所から銀髪の長い髪の女が現れる。
 赤い瞳で鋭い目つき、服は浴衣のような格好だった。
 見た感じ、種族的には雪女のようにも見える。
 そんな彼女は見た目よりも可愛いらしい声で言った。

「流石デス、我が人形をすべて壊すとは!
ですが…貴方の弱点は既に把握済みデース!」

 彼女は仕草や動きは幼い少女のようだが、見た目に惑わされては駄目だとアルラウネ側も把握している。
 彼女が何者なのか知る者はいなかったが、敵戦力のリーダー格「黒姫」が自信満々にアルラウネにぶつけてきたと言う事は、それ程の相手だと見て間違いない。

「はじめまして、私はヒョウカ、雪女のヒョウカデース!」
「そうですか、ヒョウカさん、まだお若いのに残念ですが、死んで貰いましょう…」

 アルラウネが指先からまるで炎の弾丸を放ちヒョウカを狙い撃つ、しかし彼女の身に届くことはなく、背中に氷の羽を出現させて空を飛んで避けた。

「ヘカテーもニュクスも本気ではありませんね?
これでは役立たずデス、だったら私のマリオネットにしてやるデース!」

 アリシア、ベロニカ、アミー、ベルベットと戦う2人が突然動きが止まってしまう。
 これには離れて見ていた黒姫も驚愕の表情を浮かべるが、しかし一度敗北した彼女は何も言えずにいた。

「くっ、ヘカテー、何ですかこれは…手も足も動かなく」
「あの雪女の仕業でしょう…我々は一度死んでいますが、あの者からは少し違う空気を感じますね」

 身動きが取れなくなったニュクスとヘカテー、彼女の体には無数の冷気を纏った氷の糸が付いていた。
 その糸はどうやらヒョウカの指先と繋がっており、2人は彼女の支配からは逃れられない様子だった。

「黒姫、貴方もアミーに一撃で潰されるなんて…弱すぎデス!
私を出現させたが最後今日でリーダー交代デース!」

 どういう原理か、アミー、ベルベット、アリシア、ベロニカ、そして黒姫までもがヒョウカの冷気を纏った糸に捕まった。

「おのれ!妾を操るなど貴様、許さんぞ!?
支配権のある妾に逆らえばどうなるか、知らぬ訳ではあるまい??」
「いいえ、常識を非常識に変えるのが私の力デース!
支配など既に脱却しているのですよ?
その証拠に、貴方に逆らっても、私はこの通りピンピンしてマース!」

 部下に裏切られ悔しそうな黒姫と勝ち誇り調子に乗るヒョウカ。
 そしてベルベット、アミー達もまた、身動きが取れず苦しんでいた。

「アルラウネ様、このような醜態を晒し申し訳ございません」
「私も親衛隊長なのに…こんな無様な姿を…」

「ふふ…全員でかかって来なさい、ハンデとしては十分でしょう」

 直後、爆発が起こり、地形がマグマに、灰に変化し、大惨事となった。
 アルラウネの近くに立っているマリン達はモンスター達と戦っていた。

「アクアスォーム」

 離れた位置で戦っていたマリンが魔法を発動する。
 空から水の塊が降り注ぎ、ドラゴンゾンビを戦闘不能に追い込んだ。

「カジルプレス!」

 上空5000メートルから硬化した体で地面に落ち、カジルは有象無象のモンスター達をしとめている。

「雑魚も多いわね!」
「しかしこの程度であらば何とかなりそうでありんす」

 エルフの女王セネカは弓で撃ち抜き、クフェアもまた、影魔法で敵を地面に沈み込んで倒していった。
 ヒョウカは何度かアルラウネを操ろうと試していたが上手く行かず苛立っていた。

「やはり、アルラウネは無理なようデスね…
だったら…塔を破壊した方が早そうデース!」

 ダメージを受けても無傷で余裕の表情の彼女を見つめるとヒョウカは何処かへ消えた。
 その様子にアルラウネも余裕が無くなり、彼女がこの空間から出たことを把握する。
 おそらくモコモコ王国の塔を目指しているのだろう。


 ──その頃──

 地下牢獄にいるユウトは鳴り止まぬ地震に驚いて慌てていた。

「おい、何が起こってやがる!」

 しかし、監獄内の通路は無人のようで自分以外誰も存在せず、答えは返ってこなかった。

「アルラウネ!!絶対に、ゆるさねぇ!!!」

 そう叫んだ瞬間のことだ、壁に穴が開き、その先に現れた者を見てユウトは驚愕した。

「ユウト!良かった無事だったのね!」
「我が宿主は頑丈だからな」
「ユウト君、ご無事で!?」
「ユウト殿、早く逃げるのであります!にゃん♪」

 壁を破壊したのはマーガレット、サタン、パールグレイ、セシルだった。

「なんだ?どうして生きて…俺は死んだの?」

 ユウトは無意識に涙が溢れ、前が見えなくなった。
 そんな泣いているユウトの頬をマーガレットがつねり、そして抱きしめた。

「生きてるわよ、みんな…
まだ謎は多いけれど、きっとアルラウネが何かしたんでしょうね」
「しかし今は逃げたほうが良さそうだ、外になにやらとてつもない化物がやってきている!」
「なんだ?サタン何を言って…化物?」

 サタンの化け物という話に地響きのような音と揺れを思い出しユウトは察する。
 パールグレイは慌ててユウトの手枷、足枷を鍵で外してくれた。
 今は感動の再会を果たす間もなく、皆で走って逃げる事となった。
 そんな途中、上の階で鼓膜が割れそうなほどの爆発音が鳴り響いた。

「なんだ!?」
「外の化け物が何かしたのか?」
「もしや、城がやられたのでは!?」
「その可能性は高そうね!ユウト、セシル、急ぐわよ!」
「ですです~、にゃん!」

 皆は慌てて一階の出口に走り、その門から城の外に脱出した。
 しかし皆、変わってしまった外の景色を見て驚愕する。

「寒い!雪?」
「雪女でもいるのか??」
「羽の生えた…女の子…?」
「この寒さは危険です、早く避難しましょう!」
「ハックション!!にゃん♪」

 城の一階の出口から出た皆は吹雪の降り注ぐ雪景色に唖然としていた。
 建物は三階から上が無くなっており、外ではアルラウネ親衛隊と銀髪の長い髪の女の子が向き合っている。
 親衛隊は雪女のミユキにメイドのカルラ、男の娘ヴァンパイアのアリスの三人だ。
 その中のカルラが枕を持ち、慌てている。
 敵は人間の外見年齢的には10代後半の可愛らしい女の子だったが、その体からは禍々しい魔力を感じる。
 見る限り天候を変え辺りを雪景色にしたのは彼女で間違いないだろう。
 外の気温は氷点下40度に達していた。
 戦況は防戦一方で、敵と同じ雪女のミユキが何とか防いでいる状態だった。
 ユウト達が見る限り圧倒的不利な状況で、敵が本気になれば即逆転するのは誰の目にも理解できる。

「貴方達…どうか協力を」
「無理よカルラ…あんなことをしたんだもの…」 

 カルラはユウト達に気付いて視線を向けるがミユキに説得され、目を閉じて首を振ると敵に向き直った。
 マーガレット達からすれば、アルラウネ陣営は裏切り者ともとれる立ち位置でこの状況は自業自得としか言いようがない。


 しかし───

「いいぞ、何故だかわからないが俺の仲間達は生きている。
それに…アルラウネの能力がなければ俺の大切な人も蘇らない…
だから協力してやる」
「我が宿主らしい…」
「ふふ…ユウトならそう言うと思ったわ」
「敵の敵は味方、と言ったところでしょうか」
「流石ユウト殿です、にゃん♪」

 ユウトの意見に仲間達も賛同してくれた。
 それを聞いたカルラは深く頭を下げて、申し訳無さそうに謝っていた。

「感謝いたします、ではこの枕を持って出来るだけ遠くへお逃げ下さい」
「なんだって?逃げろと?」
「はい、この国はこの枕を守りきれるかどうかで命運が決まります…」
「アタシ等があいつを止めてる間に、なんとしてでも枕をもってアルラウネ様と合流して?」
「よくわからないが、わかった!」

 ユウトが即答し、枕はマーガレットが受け取り、まるで赤ちゃんを抱き抱えるかのようにしながら走っている。

「ユウト…この枕、動いて…震えているわ?」
「理由はわからんが、それが鍵なんだろうな…」
「アルラウネに届けましょう」
「その枕、見ているだけで、眠気を誘って来るのであります、にゃん♪」

 親衛隊と戦っている銀髪の女の子は、走り出したユウト陣営に気付き、目の色を変える。

「やはり!あれがアルラウネ本体デスか!
もはやこの国には雑魚しか残ってはいないようデスし、私の勝利確定デエェェスッ!!」
「いかせはしませんよ!」
「同じ雪女として、私も時間稼ぎぐらいは出来るでしょう」
「アルラウネ様に頼らなくてもアタシ達だけで倒すんだから!」

 アルラウネ親衛隊は空に浮かぶ銀髪の女の子に魔法で攻撃する。
 アリスは剣で斬撃を飛ばし、ミユキは結界を張り、カルラは炎魔法で無数のファイアボールを浴びせる。

「何をやっても無駄なのデエェスッ!!!
「特大アイス・シールド」」

 まるで城のような氷の盾を出現させ、全方位から来る全ての攻撃を無傷で防いで見せた。
 それどころではない、カウンターなのか盾が光り輝き、小さくなると彼女の手に剣として収まった。
 剣の刀身が虹色に光り輝いており、明らかにヤバそうなオーラを感じる。

「あれは不味い…私の結界でも…」
「…ここまで…ですか」
「あ……」

 ミユキ、カルラ、アリスの3人は逃げ場がなくもはや絶体絶命だった。

「我が魔剣クラウ・ソラスは神をも殺す、完全無欠の刃デェス!
さあ、凍える氷の音楽を聴いていくデス!
死の四重奏曲、第4番「フローズン・デェェェス!」」

 彼女が光る刃を振り下ろすと辺り一面が真っ白になり何も見えなくなった。
 しばらくして見えるようになると、皆は縦に真っ二つに斬られた状態で氷漬けになって死亡していた。


 ユウト達は親衛隊のおかげで彼女に見えない位置までは逃げ切れていたのだが、目の前に先ほど親衛隊と戦っていたはずの銀髪の女が現れる。

「はじめまして、私は雪女のヒョウカ、デス!
さっそくデスが、貴方達には死んで貰いマース!」
「何なんだこの女は…」
「そう…親衛隊は…やられたのね……」
「やばいのであります…にゃん♪」

 まるで目の前に瞬間移動してきた女に、皆は対応しきれなかった。
 しかし、冷静だったパールグレイだけがバズーカを何処からか取り出し構える。

「私達の邪魔をしないで下さい!
「パールバズーカ!」」

「デエェェスッ!!」

 本来なら町一つ吹き飛ばす威力のパールバズーカだが、彼女の前では爆発する事もなく、それどころか砲弾を手で受け止められてしまった。

「そんな…無効化されるとは…」
「おいたをする悪い子はお仕置きデェェスッ!
死の四重奏曲、第五番「アイス・ハート」」

 彼女が突然皆の目の前から消えて、後ろに現れた。
 特に何かした様子もないのだが、しかし、ユウト達の心臓の鼓動が遅くなっていく。

「はぁ…はぁ」
「苦しい…何だこれは」
「駄目…呼吸が出来ない」
「無念です…ここまでの強敵が存在するなど」
「う…うう、寒い…にゃ…ん」

 その場でユウトも、マーガレットも、サタンも、パールグレイも、セシルも、膝を付いて動けなくなってしまった。
 体の中が急速に冷え、これから死ぬのだと言う事実に、皆震えながら死を覚悟した。

「「はぁ…はぁ…」」

 全員息苦しそうにしながら胸を鷲掴みにして、マーガレットは枕を落としてしまう。

「まず、邪魔な貴方達の心臓を凍らせて、確実に殺しておきマース!」

 彼女が取り出したのはあの刀身に黒い液体の付いた短剣だった。

(やばい、あれを受けたら終わりだ…魔法でもスキルでも…生き返らない)

 それを察したのはユウトだけではなくサタンも理解していた。
 心臓を凍らされ、死の刃が近付いてくる様子にもはや誰もが終わりだと悟った。


 ──その時だった──

「全く…情けないですね…下僕…」

 それは突如、何もない空間から現れた金髪ショートの美しいメイド服を着た女だった。
 彼女が現れた瞬間、ユウト達の凍り付く心臓が元に戻って来た。

「え…??」

 しかし、ユウトにはその姿に見覚えがあり、目からは無意識に涙が溢れていた。

(ご主人様に、似ている…)

 彼女の身長はユウトよりも高く、しかし顔にはパンドラの面影があった。
 かつての初恋の相手の声、口調で喋る金髪メイドにユウトはドキドキが治まらなくなっている。

「あれって、パンドラなの?見た目も大人になっちゃって…」
「そんな…馬鹿な…何故奴が…」
「背が伸びて大人になっているのです、にゃん♪」

「私はクロス王国の女王、申し訳ありませんが、今は全員眠ってて貰いますね…」

 手をかざされ何らかの魔法を受けたユウト達は、全員眠るように意識を失った。
 しかし彼らの周りには結界が張られ、ヒョウカには手出しが出来なくなっていたのだ。

「何者デスか?」
「そうですね…簡潔に言えば、未来から来た…そこの下僕の飼い主でしょうか…」
「未来…デスか?
いや、そんな事が出来るのは…」
「お母さんか、私だけですよ…」

 メイドは刀を抜いただけだった。
 にもかかわらず、雪女の子は真っ二つに切られ体が崩壊し消滅していく。

「何者デス…貴方…」
「クロス王国の女王にして、そこの下僕の主人ですよ…
あなたは私達の未来を奪う可能性があるので、ここで止めておかねばなりません…」
「クロス…王国?
そんなの聞いたことはありません…」
「当たり前でしょう?
1000年も先の、遙か未来の話なのですから」

 彼女はメイドに斬られた部分から、血が流れ、崩壊していく。
 不利な状況だと理解した瞬間、ヒョウカは2000年前の出来事を思い出した。


 ──2000年前──

 田んぼに囲まれた景色の中、一軒の家があった。
 そこには50代ぐらいの父と10歳の息子ユウヤが住んでいる。
 母親は病気で亡くなっており、その数年後、父は別の女性と結婚した。
 再婚相手の名はヒョウカ、ユウヤにとっては優しくて面倒見の良い、明るい母親だった。
 しかし、ある日を境に彼女は突然行方不明になり、それから戻ってこなかった。
 ユウヤは再婚相手のヒョウカを実の母親のように慕っており、行方不明になってからもずっと彼女の事が忘れられなかったのだ。

「お母さん帰ってこないかなぁ…」
「ユウヤ、まだそんな事を言ってるのか…あれからもう二年になるんだぞ?
とりあえず、買い出しのついでだ、気分転換に隣町に出掛けるか?」
「はーい♪」

 そうして父と息子の2人は隣町まで荷馬車で移動する。
 山奥の田舎に住んでるため、2人は月に何度かこうして買い出しが必要なのだ。
 しかし、隣町に近付いた瞬間、父親の体に異変が起こった。

「はぁ…はぁ…苦しい!」

 彼は心臓を押さえ、寒そうにガクガクと震えている。
 息子のユウヤは寒さなど感じていないのに、何故か彼だけが苦しんでいた。

「ひぃっ、お父さん大丈夫!?」
「寒い…ユウヤ…助け…」

 父がそんな事を言うと、やがて馬車の中で動かなくなり、隣町に到着した頃には心臓が止まり亡くなっていたのだ。

「うわあぁぁんっ!!」

 泣き喚く息子、そんな我が子を屋根の上から満足気に眺めるのは、かつては彼らと世帯を持った雪女のヒョウカだった。

「愚かな人間デース♪」

 父の死体は村の病院の者達に運ばれていく。
 死因は心臓が凍り付くという謎の症状で、その村の医師では原因を解明する事が出来なかった。
 しかし、そこで父の死体を眺め、泣いているユウヤまでもが胸を押さえ突然倒れてしまったのだ。

「寒い…寒いよ、お父さん…お母さん…」

 ユウヤの心臓も父同様に凍り付き、倒れ込んで呼吸が出来なくなっていた。

「あーはっはっはっ♪
人間って弱いし愚かデース♡
ただ、家族ごっこは、なかなか楽しかったデスよ♪
じゃあね、ユウヤ、バイバイ♡」

 血の繋がりが無いとはいえ、自分の能力で死んでいくかつての我が子を見て心底笑っていたのだ。
 しかし…そんな彼女に、息子から、意外な言葉が投げかけられたのだ。

「あ…ああ…」

 死ぬ瞬間の10歳の息子が安堵の表情を浮かべている。
 そしてその視線は屋根の上で嘲笑っていた母を見ていた。
 そしてユウヤは微笑んで口を開く。

「あぁ…良かった、お母さん、生きてたんだ…」

 その言葉に、笑い続けていた母ヒョウカは言葉を失い、つまらないと言った表情に変わる。
 息子はそのまま、安心したような顔のまま死を迎えた。

「何デスか…この気持ちは…」

 義理の息子とはいえ、心配された事に対する怒りの感情なのか、苦しむ表情が見れなかった悔しさなのかはわからない。
 しかし、この出来事だけが、彼女にとって人間を殺す喜び以外の感情だったのだ。

 以降も彼女は人間になりきり、人に紛れ多くの人を殺してきた。
 ある時は嫁として、ある時は血の繋がらない娘として、彼女は人間社会に溶け込みながら気に入らない人物を殺害して来たのだ。
 しかし、その事実は歴史で誰も知る事はなく、実際には原因不明の「心臓が凍って死ぬ病」などと人々から勝手に恐れていた。
 そんな彼女は数だけならば歴代の魔王など比較にならないほどの殺害を続けた事になる。
 勇者や冒険者が、何者かの仕業だと疑う事はあったのだが、皆彼女に心臓を凍らされ手も足も出ず死亡した。
 彼女は楽しむために、長い年月、快楽殺人を繰り返したのだ。


 そんなある日…

「山に木の実を取りに行くデース!」

 見た目10代前半ぐらいの銀髪の可愛い女の子に化け、ある家庭の義理の娘になったヒョウカは、山で遊んでいた。
 しかし、その際に金髪ショートのスタイルの良い美人女性と遭遇する。
 露出の激しい女勇者っぽい格好だったが胸はないようだ。

「君、やりすぎだよ…
手当たり次第に殺してちゃ本当に必要な人材まで失ってしまう…」

 その人物はヒョウカの事を見抜いていた。
 だから彼女は即、攻撃を仕掛け女冒険者の心臓を凍らせようとした。
 しかし、何故か効果はなかったのだ。

「そんな…これで倒せない相手なんて…初めてデス!」
「無駄だよ、ボクには通じない…そんな事より話をしようじゃないか」

 話の内容は、マゾ教という怪しい集団の傘下に下るか、あるいはここで倒されるかという内容だった。
 ヒョウカは好きにやりたいと彼女、ヴィクトリアの勧誘を断り、戦い、そして逃走した。
 山の中で彼女に追われ絶体絶命と思った最中、黒い魔物に手招きされて、そこに飲み込まれるように取び込んだ。

 そしてそこにはひとつの世界があった。
 大きな城と、小さな町があった。
 人間な魔族が住む世界、しかし皆、生気はなく自分の意志で動いてるようには見えなかった。
 しかし、ヒョウカは村人達に城に招かれ、王座のある部屋へ入ると手招きをしていた黒い魔物がいた。
 それは姿形を人のものに変えると、黒姫と名乗り出す。
 そんな彼女に特殊な封印の影響で、外では力が使えないから護衛を頼まれてほしいとお願いされた。
 これがヒョウカと黒姫の出会いである。


 ──そして──

 現在の戦況はクロス王国の女王を名乗るメイドが圧倒的に優勢だった。
 ヒョウカは腕が切り落とされ、断面からは血が吹き出しており、回復のスキルや魔法でも直すことが出来なかった。
 そんな様子を見たメイドは、戦闘中にもかかわらず、眠った少年のほうを見て、なにやら赤くなっていた。

「舐められたものデス…」
「しかし、寝ている下僕の表情を見てると、思わず襲ってやりたくなりますね…
ああ、このまま連れ帰って、人の来ない地下室に閉じこめて、何度もアナルにぶち込んで、泣き喚いても絶対にやめず、穴という穴を犯したい♡
あぁ…ユウトォ…♡」

 興奮して足をクネクネさせて、股間を押さえている金髪メイドにヒョウカはチャンスだと判断し逃げようとするが、ユウトという名前を聞いて、かつての息子ユウヤを思いだした。
 ヒョウカの視界にユウトの満足そうな寝顔とユウヤの死後に見せた表情が重なる。

「ユウ…ヤ?」

 雪女のヒョウカは涙が溢れ、止まらなくなり、息子と過ごした日々が脳内再生されていく。
 一緒にクッキーを焼いた思い出、旅行に行った思い出、プレゼントを貰った思い出、絵本を読んであげた思い出。
 息子と過ごした過去の思い出が再生され胸が苦しくなっていた。

「何故…こんな事で、涙が…」

 あれだけ人間を殺したのに、何故かと自分を疑いながらも涙が止まらなくなっていたのだ。

「うう…ユウヤ…ユウヤァ…」
「ユウ…ヤ??」

 泣きだしたヒョウカに、流石のメイドも驚いていた。
 その後、しばらく沈黙が続いた後、ヒョウカは目を瞑り、覚悟を決めた様子でメイドに言った。

「もう、殺して…ほしい…デス」
「貴方に何があったのかわかりませんが…わかりました…
せめて一撃でおわらせてあげましょう」

 次の瞬間、ヒョウカは腹に向かって凄い衝撃のパンチを受けた。

「がはっ…!!」
「さようなら、雪女の魔神…
いいえ、邪神と言った方が良いのでしょうか…」

 拳から凄い衝撃波が放たれて、それは腹から背中を貫通し、強風が巻き起こる。
 直撃を受けた彼女のお腹にはぽっかりと穴が開き、向こう側の雪景色がはっきりと見えている。
 そうして彼女は地面に倒れて、最後に「ありがとう」と微笑んで意識を失った。
 その後、彼女の死をきっかけに吹雪のような雪が止み太陽が現れた。
 最後に眠りについたユウトをメイドは見つめ、別れの言葉を口にする。

「それでは下僕…
1000年後にまた会いましょう…
楽しみにしていますよ?」

 そう言い残すと、メイドは別空間に繋がる穴をあけ、そこへ飛び込んで消えてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

変身シートマスク

廣瀬純一
ファンタジー
変身するシートマスクで女性に変身する男の話

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...