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1 行き倒れのドグ

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 派手な地響きと共に浮遊感が体を包む。余分に引っ付いていた地肌がぼろぼろと海に落ち、水飛沫を上げる。それと同時に環境保全機構が起動し、僅かに曇った膜が島を覆う。

 不具合が出ることもなく、無事に雲の間近まで浮かぶことができた。なんどもチェックしたとは言え、内心はドキドキしていたのだ。

 趣味としてちまちまやっていたことがここまで到達できたことに、言いようのない達成感が体を満たす。

 操縦をオートに切り替え、操縦室から出て島へ戻る。環境保全機能のおかげで風一つなく快適だ。

 ひとしきり大海原を眺めて感動した後、これからの事を考える。はてさて起動させたはいいが、何処の国に行こう。

 嫁さんを探すのだ、どうせなら綺麗な人が良い。そもそもこの年で結婚できるかという話ではあるが。

 夫婦の営みについては、数多くの夜の友、もといウ=ス異本で勉強済みである。おかげで様々な性癖に目覚めてしまった気もするけれど。

 とりあえず、こうしていても時間の無駄だ。飛び回って、気になったところへ降りよう。

 徐々に速度を増していき、ホバリング中だった魔導スラスターが甲高い産声を上げる。海を見下ろすと流れが緩やかに見えるが、雲を掻き分ける速度は目まぐるしい。

「あー、日差しが気持ち良い…」

 良い様の無い爽快感に身を包まれながら携帯用操作盤を取り出す。これはイスタラクシアの構想が描かれていた魔導設計盤の「魔力で書き消しできる文字を表示する技術」を利用して作ったものだ。

 これのおかげで、操縦室に居なくても要塞の機能を使用することができる。浮遊機能の停止など重要なものは除くが。

 操作盤を使って魔導日付表の録画機能を利用して作った地上カメラを起動する。映像を静止画として、座標と共に保存できるようにしてあるので、気になる町をゆっくりと探すつもりだ。

 操作に夢中になっていたが、気付けば海には流氷が浮かんでいる。今は島の中だから大丈夫だけど降りたら凄まじく寒そうだ。実際、見えてきた陸は雪が積もって真っ白に輝いている。

 雪山のふもとに点々と村らしきものがあり、離れたところにいくつか壁に囲まれた大きな町が見受けられた。

 どこかに降りてみようかとわくわくしながら静止画を見ていた時、それを見つけたのは偶然だった。

 表示されている画像をスライドさせていると、雪山の中にぽつんと佇む人影が目に入る。

 不審に思って拡大してみると、それはうつ伏せに倒れて雪に埋もれかけている男性だったのだ。

「まずい、このままじゃ助からないぞ!」

 慌てて座標を指定し、通り過ぎてしまった地点へ急行する。その間に熱鋼糸を使った魔導防寒着を自分の分と男性の分、雑草から量産される"とりあえずこれ飲んどけポーション"を大量にバッグへ詰め込む。

 携帯用操作盤と合わせて必須な物はこれだけだ。準備を整えるのと座標に辿り着くのとはほぼ同時。

「転移魔術陣、射出!」

 島の一角にある小屋へ入り、操作盤を使って装置を動かす。天高くに位置するこの要塞と行き来するためにはこの操作が必要となる。地上へ直径1cm程の圧縮魔力弾を放ち、着弾した場所に転移魔術陣が展開される魔術兵装だ。

 展開されたものは今居る小屋と繋がっているため、同時に複数展開することはできない。展開時間も30秒ほどで限界を迎えて消えてしまう。その間にさっさと転移しなければならない。

 青く光る魔術陣へ飛び込むと、一瞬にして積もった一面の雪景色に移り変わる。感動する間もなく、倒れている男性へ駆け寄る。

「大丈夫ですか!」

 肩を叩くも返事が無い。仰向けにひっくり返して"とりこれポーション"を1瓶口へ流し込む。魔導防寒着でくるみ、少し様子を見る。もし顔色が戻らなければもう1瓶飲ませなければならない。

 初老の男性には目立った外傷もなく、幸いなことにすぐ顔色は良くなった。ほっとしていると意識を取り戻す。

「う、うぅ……」
「よかった。気分は悪くないですか?」
「ああ…なんだ、あんた、俺は……?」
「ここで倒れてたところを通りがかったんですよ」
「そうか、悪いな兄ちゃん…」
「大丈夫です、落ち着くまで横になっていてください」

 魔導防寒着のおかげで雪のど真ん中で横になっても寒くないはずだ。人心地つくまでの間に軽く雑談をする。

「いやあ助かった。危うく雪が墓になるとこだったぜ」
「冗談になってないのでやめてくださいよ……。にしても、どうして倒れてたんです?」
「フユジカを追ってたら足を滑らしちまってなぁ。そこの崖から落っこっちまったんだよ」

 フユジカは真っ白な体毛の鹿で、毛皮も角も高く売れるのだそうだ。滅多に出会えないため血眼になっていたらこの様だと、笑いながら話していた。

 崖の高さは10m近くある。雪がクッションになったとはいえ、よく大きな怪我をしなかったものだ。

「こりゃ暖かくていいな。こんな薄いのにすげぇや」
「魔導防寒着っていうんですよ。そのままですけど」
「魔導? 魔導具なのかこれ!?」
「そうですよ、趣味で作ったんです」

 実際は寒いと魔導具作りに集中できないから冬用に作ったんだけれど。こんなところで役に立つとは思わなかった。

「マジかよ兄ちゃん、魔導技師様じゃねえか。なんだってこんな山にいるんだよ」
「ちょっと旅をしていまして。この辺では珍しいんですか?」
「ここの冬は厳しいからなぁ、誰も来たがらねぇのさ。技師様目指して出て行った奴らも都会のほうが住み易いらしくてな」

 魔導技師として商売をするには国家資格が必要だ。確か10段階くらいあったかな。資格取得のために行ってそのまま都会から帰ってこず、魔導技師は居ないということらしい。

 まあ、魔導具で整備された生活に慣れてしまうと、無い生活が考えられなくなってしまうのはわかる。全自動調理魔導具とか作った時は、ダメ人間になると感じてすぐ使用を中止したくらいだ。

「資格を持っていないので正確には魔導技師じゃないんですけどね」
「そういや趣味つってたな。よくもまあこんなもの作れるぜ。俺にゃあさっぱりだ」

 世間話に一区切り付けると、このおっちゃんが聞き逃せないことを言い出した。

「助けて貰った礼をしたいから町まで来てくれるか? シーロアの酒は美味いぜ」
「お酒ですと?」

 お酒。それは俺が何度も飲んでみたいと思った、夢の液体である。

 かつて酒好きの先祖が魔導醸造器を作った、とは記録に残っていた。しかし島には子供一人のため、酒をいつでも飲めるようにしておくのは悪影響しかないということで撤去されている。設計図の処分まで完璧だった。

 そのため30年も生きてきてお酒を飲んだことがないのだ。

「ああ、いくつか名産があるんだ。全部飲ませてやるから来いよ。ネーちゃんのケツ見ながら飲む酒は格別だぜ」
「行きます」
「よっしゃ決まりだ。俺はドグ。兄ちゃんは?」
「フレドです。ご馳走になります」

 ドグとフレドはガッシリと握手する。
 こうして世界一の魔導技師が、道を踏み外す第一歩となった。
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