7 / 15
レベル7 ゴブリンは今日も草食系 ~意外性は人生のスパイスだ~
しおりを挟む
レベル7
しばらく洞窟の中を進むと、ふいに広い場所に出た。今まで通ってきた道とは違いなんだか人工的で、ひょっとしたらそろそろゴブリンが出てくるのかもしれない。俺は体よく落ちていた木の棒を拾って握りしめた。ロメロ(以下・ロメ)も何か不穏な空気を感じ取ったらしく、左手を掲げて上下に降り出した。この期に及んでもパンチラインとやらで闘うつもりなのだろうか。
それにしても棒切れ一本は心もとない。事前情報によるとゴブリンは蹴ったらやっつけられる程度のものらしいが、それでも初めてのモンスターだ。不安はある。帰ったら巷で話題の「装備」とやらを手に入れる作戦を練らなければ。
聞いた話だと、モンスターを倒せばお金が手に入る。そのお金で装備を買い集めるらしい。
もしモンスターが害虫、もしくは害獣なのだとしたら、駆除を名目に労働の対価として金銭を得ることはできよう。今回の場合、村を襲ったゴブリンをやっつけるのだから、それはつまり大量発生した害虫の巣を駆除するのと同義のはずなので、言ってみれば蜂の巣駆除のようなものだ。その結果として、村人から報酬を得られるのなら問題ない。
しかし、聞いた話では「7ゴールド手に入れた!」的にその場で手に入るらしい。つまり、モンスターを襲って昏倒させ、懐から幾ばくかのお金を抜き取った上での「7ゴールド手に入れた!」なのだ。これを「即金」と呼ぶ為に越えなければならないハードルは多いと思われる。
「手に入れた!」じゃないだろう。強盗じゃないのか?
俺が今まで見たモンスターはまだ例の「蒼のお方」だけである。もし彼だけが特別に友好的なモンスターなのだとしたらいいのだが、モンスターは総体的にあんな感じなのだとしたら、殴りにくくて仕方ないし、間違いなく強盗であろう。
俺は彼の言っていた「僕、悪い〇〇〇〇ピー音じゃないよ!」という文言に賭けることにした。つまり「悪い〇〇〇〇ピー音」もたくさんいるし、そいつらならやっつけていい可能性もある。そうだ、そうに違いない。あとは勢いで哲学的な長文をぶちかませば案外誤魔化せるかもしれない。そうだ、そうしよう。
そんなことを考えていると、視線の先で小さな影が揺れているのが見えた。
ゴブリンか!?
俺とロメは咄嗟に身構えた。ロメのそれが身構えていることになっているのかどうかは知らないが、とにかく俺は身構えた。
その瞬間、その影が正体を現した。その姿を見て、俺は驚いた。
ジュクジュクの母!
いや、違う。よく似ているが、ジュクジュクの母ではない。あれがゴブリンなのだ。でもパッと見ジュクジュクの母の色違いだ。緑色だが、土色のジュクジュクの母よりはなんだか健康的だ。
俺はなんだかやれそうな気がしてきた。あれなら蹴っ飛ばしても罪悪感なんか湧かない。いや、個人的にはむしろ蹴飛ばしたい。
俺はロメの袖をちょいちょいと引っ張った。ロメはこちらを見て親指を立てた。何も分かっちゃいない気がするので、俺は人差し指を口元に当て、「静かに」のポーズをとった。ロメも俺に倣い、人差し指を自分の口元に当てた。よかった伝わったと思ったが、ロメは口元に当てていた人差し指を俺に向け、「バーン」と言った。やっぱり何も伝わってなかった。
慌てて俺がゴブリンの方を見ると、どうやら「バーン」が聞こえたようで、こちらを見た。
まずい。戦闘開始か?
しかし、ゴブリンがこちらに来る様子はない。ゴブリンはなんだかいぶかしげな様子で口を開いた。
「恐怖しかなくて草」
は?
「ダンジョンをひとりで歩いていたら物音が聞こえて恐怖しかない件」
意味が分からない。いや、これがゴブリン語なのかもしれない。そもそも種族が違うのだから言語が違っていて当然だ。たまたま人語と似通った響きの単語が飛び出しただけで、本当は「てめえ出てこいや」的なことを言っているのかもしれない。いやいや、マリンさんの回想シーンによると、ゴブリンたちは普通に人語が話せていた。つまり今のは我々と同じ言語のはず。が、意味が分からない。待て待て、人語が話せるからといって普段から人語を話しているとは限らない。バイリンガルなのかもしれない。
ゴブリンは「怖みが深くてマジ草」と言いながら去って行った。
思い出した。ゴブリンはひとり(一匹?)でいる時はとても臆病で、すぐに群れたがると言っていた。
仲間を集めるつもりだ。マリンさんが言うにはゴブリンは群れると急に強気になってチャラくなるという。あの老人たちでも蹴って撃退できたくらいだからそれほど怖くはないが、ウザい。
「おい、まずいぞ。ゴブリンがいっぱい来るかもしれない」
ロメに言うと、珍しく「そうだな」とまともな答えが返ってきた。が、例の縦ノリで体を揺らしたままだから、俺が言った意味で伝わっているかどうかは怪しい。
なんにしても、前に進むしかない。俺は特に意味もないがコソコソする時の礼儀として、前かがみで進んだ。
「Yo、bro。扉があるぜ」
ロメが横を指差した。確かにそこには扉があり、扉の上には赤いランプが光っている。ここが巣の中枢かもしれない。ということは、この中にリリアちゃんとノブコちゃんが囚われているのだろうか。俺の予想ではリリアちゃんとノブコちゃんは悠々自適に快適洞窟ライフを満喫しているが、一応村人であるロメロの手前、助けに行くフリくらいはしなくてはいけない。
「よし、俺が中を・・・」
しかし、ロメは勢いよく扉を開けた。大きな音が鳴り響く。
「おい!何やってんだよ!」
ロメが両手を高く掲げた。
「《開かれた扉があればくぐる。皆が待つのは熱いバトル。マイク片手に紡ぎだす、ライムぶつけて動きだす、怪物たちよ聞き逃す、ことなく俺にハイ注目!》」
注目させるでないわ、このたわけ!
しかし、時は既に遅し。部屋の中にいた大勢のゴブリンたちはじっとこちらを見ていた。
「っつーか、ひとりで叫んでて草」
ゴブリンのひとりが言うと「草!草!」の大合唱が始まった。どうやらゴブリンたちは草が大好きな草食動物のようだ。俺は少し安心した。
ロメはいつものように何も気にすることなく中へ進んでいく。蹴飛ばしたらいいとはいえこの量だ。多少の不安もあるが、どうやらゴブリンたちは強気になっただけでロメロに向かっていく様子はない。
気持ちは強気なゴブリンたちだが、どうも体は弱気なようで、ロメが近づくとさっと避けるように道を開ける。俺はロメロのあとについてゴブリンの群れの中に入って行った。俺やロメが動くたびにすぐ傍にいるゴブリンが急いで離れる。
まさか。
こいつら、相手が老人だからなんとか攻撃できたが、相手が若いと何もできないのか。
老人=弱者と決めつけていたから襲ったのかもしれないが、一筋縄ではいかないパリピ老人と彼らを率いる愛の伝道師マリン。さぞかし面喰ったことだろう。
そこに乗り込んできた若者ふたり。ただでさえビックリしているところにロメだ。もはや恐怖でしかないだろう。
ロメは悠々と歩くと一番奥まで行き、なぜかあるステージを見上げた。おそらく、このステージがあるからノリノリで入って行ったのだろうが、もう少し作戦というものを考えてもらいたいものだ。
ゴブリンたちも黙ってはいない。十分に距離を取れている者は大声で喚きたてる。
「オーイ、やってみろよオーイ。なんだ?ビビッて何もできねーか?ザーコ、ザーコ」
声がする方を向くと、大声で喚きたてているゴブリンだが、手で顔を隠している。どうやら顔を認識されるのは嫌なようだ。でも安心しろ。お前らゴブリンは俺たちからすれば見分けなどつかない。
「はい、何も言いかえせない。論破―」
「っつーかひとりだけノリノリとかマジ草」
「笑いしかない」
村にいてもアウェイなロメはここでも動じない。この心臓の強さだけは見習った方がいいかもしれない。ステージの前まで来ると、一気に登ろうと手をかけた。その時。
ジャジャーン!と大きな音が鳴り響き、音楽が始まった。
「Yeah!!」
ロメは自分の為に音楽が鳴ったと思ったのか、もう完全にアゲアゲだ。しかし、先ほどからのゴブリンたちの態度を見ても分かる通り、俺たちは歓迎されていない。この音楽がロメの為のものではないことは確かだ。
しかし、それに気付いて大人しくなれるほどロメはまともではない。自分が呼ばれていると確信しているので、急いでステージに上ろうとしたが、その時ステージ袖から声が聞こえた。
「はい、どーもー!!」
ふたりの人間の女の子の登場に、ゴブリンたちは大盛り上がりだ。いつの間にかステージの真ん中にマイクが置かれている。
「のぶり800です。よろしくおねがいしまーす」
ステージ中央、マイクの前でふたりが突然喋りはじめた。
「頑張っていかなあかんなあ、言うてやらせてもらってますけどねノブコちゃん。どうしても頑張れへんことってあると思うねん?」
「せやなあ、せやけどそんなことより今私、今何になりたいと思う?」
「いや、あの、私が頑張れへんこと発表する流れやったけど?」
「コンビ名の名前発表したやないか。一番大事なとこやんかいさ。ほいでね・・・」
何が始まったのか理解が追いつかない俺は茫然とふたりのやり取りを眺めた。しかしゴブリンたちはこの流れが完全に理解できているらしく、俺とロメロに向かって静かにしろというジェスチャーを送ってきた。
「せやけど山伏になっても大変やで?」
「山伏ちゃうわ。誰が山籠って修業したい言うてん。私がなりたいんはナナフシや。枝にぶら下がってる枝みたいなヤツ。気楽やでー」
「訂正後の方が酷いですけど?!人間ですらなくなってるし!」
「おばあちゃん言うてた。あんたは大物になる。人間超越できるって・・・」
「超越した先にあるのは昆虫類?!なんか悪なってない?!おばあちゃん、そういう意味で言うたん?!」
そういえば村にいた頃、大道芸人をやっているウンケイが「漫才がしたいから相方がほしい」と言っていた。その時は説明を受けてもそれが何か分からなかったが、今見ているものが漫才なのだろうか。
「せやからツッコミも変えていこう思うねん」
「どういう風によ」
「例えばみんな締める時、『やめさせてもらうわ!』って言うやん?せやからうちらはこれからは『はじめさせてもらうわ!』って言うねん」
「うん、もっかい最初からになっちゃう」
「終わりは新しいことの始まりやっていう、哲学的な深い意味が込められてるんやないか。別名、仕切り直し」
「失敗してもうてるやないか!」
ゴブリンたちは食い入るように見つめている。拍手も笑いも何もない。ウンケイがしたかったのはこれなのだろうか。俺なら耐えられそうにもない。
いや、それよりも俺が気になっているのは冒頭部分、「頑張っていかなあかんなあ、言うてやらせてもらってますけどねノブコちゃん」の「ノブコちゃん」だ。ひょっとしてこの「のぶり800」がリリアちゃんとノブコちゃんだろうか。そして何だ、「のぶり800」って。
悠々自適な洞窟ライフどころではない。新しい扉を開けてしまっている。そしてなんだかとてもイキイキしている。
「なんでやねん!やめさせてもらうわ!」
「いや、言わんのかい!」
「じゃあ、仕切り直す?」
「・・・・・・」
ふたりは頭を下げて袖に帰って行ってしまった。ゴブリンたちは微動だにしない。ウンケイがどんなにつまらなくても俺たちは拍手くらいはしたことを考えると、なんだか侘しい気もする。
それはともかく、とりあえずはあのふたりに会って今の状況を説明しなければならない。俺はゴブリンたちをかき分けてステージ袖に急いだ。途中ゴブリンたちが俺に向かって「必死になってて草」だの「ダサみが深い。ってかダサみしかない」などと言うので、意味は分からないがとりあえず睨みつけてやったらコソコソと逃げて行った。
ステージ裏に辿り着くと、そこには神妙な顔をしたリリアちゃんとノブコちゃんが立っていた。
しばらく洞窟の中を進むと、ふいに広い場所に出た。今まで通ってきた道とは違いなんだか人工的で、ひょっとしたらそろそろゴブリンが出てくるのかもしれない。俺は体よく落ちていた木の棒を拾って握りしめた。ロメロ(以下・ロメ)も何か不穏な空気を感じ取ったらしく、左手を掲げて上下に降り出した。この期に及んでもパンチラインとやらで闘うつもりなのだろうか。
それにしても棒切れ一本は心もとない。事前情報によるとゴブリンは蹴ったらやっつけられる程度のものらしいが、それでも初めてのモンスターだ。不安はある。帰ったら巷で話題の「装備」とやらを手に入れる作戦を練らなければ。
聞いた話だと、モンスターを倒せばお金が手に入る。そのお金で装備を買い集めるらしい。
もしモンスターが害虫、もしくは害獣なのだとしたら、駆除を名目に労働の対価として金銭を得ることはできよう。今回の場合、村を襲ったゴブリンをやっつけるのだから、それはつまり大量発生した害虫の巣を駆除するのと同義のはずなので、言ってみれば蜂の巣駆除のようなものだ。その結果として、村人から報酬を得られるのなら問題ない。
しかし、聞いた話では「7ゴールド手に入れた!」的にその場で手に入るらしい。つまり、モンスターを襲って昏倒させ、懐から幾ばくかのお金を抜き取った上での「7ゴールド手に入れた!」なのだ。これを「即金」と呼ぶ為に越えなければならないハードルは多いと思われる。
「手に入れた!」じゃないだろう。強盗じゃないのか?
俺が今まで見たモンスターはまだ例の「蒼のお方」だけである。もし彼だけが特別に友好的なモンスターなのだとしたらいいのだが、モンスターは総体的にあんな感じなのだとしたら、殴りにくくて仕方ないし、間違いなく強盗であろう。
俺は彼の言っていた「僕、悪い〇〇〇〇ピー音じゃないよ!」という文言に賭けることにした。つまり「悪い〇〇〇〇ピー音」もたくさんいるし、そいつらならやっつけていい可能性もある。そうだ、そうに違いない。あとは勢いで哲学的な長文をぶちかませば案外誤魔化せるかもしれない。そうだ、そうしよう。
そんなことを考えていると、視線の先で小さな影が揺れているのが見えた。
ゴブリンか!?
俺とロメは咄嗟に身構えた。ロメのそれが身構えていることになっているのかどうかは知らないが、とにかく俺は身構えた。
その瞬間、その影が正体を現した。その姿を見て、俺は驚いた。
ジュクジュクの母!
いや、違う。よく似ているが、ジュクジュクの母ではない。あれがゴブリンなのだ。でもパッと見ジュクジュクの母の色違いだ。緑色だが、土色のジュクジュクの母よりはなんだか健康的だ。
俺はなんだかやれそうな気がしてきた。あれなら蹴っ飛ばしても罪悪感なんか湧かない。いや、個人的にはむしろ蹴飛ばしたい。
俺はロメの袖をちょいちょいと引っ張った。ロメはこちらを見て親指を立てた。何も分かっちゃいない気がするので、俺は人差し指を口元に当て、「静かに」のポーズをとった。ロメも俺に倣い、人差し指を自分の口元に当てた。よかった伝わったと思ったが、ロメは口元に当てていた人差し指を俺に向け、「バーン」と言った。やっぱり何も伝わってなかった。
慌てて俺がゴブリンの方を見ると、どうやら「バーン」が聞こえたようで、こちらを見た。
まずい。戦闘開始か?
しかし、ゴブリンがこちらに来る様子はない。ゴブリンはなんだかいぶかしげな様子で口を開いた。
「恐怖しかなくて草」
は?
「ダンジョンをひとりで歩いていたら物音が聞こえて恐怖しかない件」
意味が分からない。いや、これがゴブリン語なのかもしれない。そもそも種族が違うのだから言語が違っていて当然だ。たまたま人語と似通った響きの単語が飛び出しただけで、本当は「てめえ出てこいや」的なことを言っているのかもしれない。いやいや、マリンさんの回想シーンによると、ゴブリンたちは普通に人語が話せていた。つまり今のは我々と同じ言語のはず。が、意味が分からない。待て待て、人語が話せるからといって普段から人語を話しているとは限らない。バイリンガルなのかもしれない。
ゴブリンは「怖みが深くてマジ草」と言いながら去って行った。
思い出した。ゴブリンはひとり(一匹?)でいる時はとても臆病で、すぐに群れたがると言っていた。
仲間を集めるつもりだ。マリンさんが言うにはゴブリンは群れると急に強気になってチャラくなるという。あの老人たちでも蹴って撃退できたくらいだからそれほど怖くはないが、ウザい。
「おい、まずいぞ。ゴブリンがいっぱい来るかもしれない」
ロメに言うと、珍しく「そうだな」とまともな答えが返ってきた。が、例の縦ノリで体を揺らしたままだから、俺が言った意味で伝わっているかどうかは怪しい。
なんにしても、前に進むしかない。俺は特に意味もないがコソコソする時の礼儀として、前かがみで進んだ。
「Yo、bro。扉があるぜ」
ロメが横を指差した。確かにそこには扉があり、扉の上には赤いランプが光っている。ここが巣の中枢かもしれない。ということは、この中にリリアちゃんとノブコちゃんが囚われているのだろうか。俺の予想ではリリアちゃんとノブコちゃんは悠々自適に快適洞窟ライフを満喫しているが、一応村人であるロメロの手前、助けに行くフリくらいはしなくてはいけない。
「よし、俺が中を・・・」
しかし、ロメは勢いよく扉を開けた。大きな音が鳴り響く。
「おい!何やってんだよ!」
ロメが両手を高く掲げた。
「《開かれた扉があればくぐる。皆が待つのは熱いバトル。マイク片手に紡ぎだす、ライムぶつけて動きだす、怪物たちよ聞き逃す、ことなく俺にハイ注目!》」
注目させるでないわ、このたわけ!
しかし、時は既に遅し。部屋の中にいた大勢のゴブリンたちはじっとこちらを見ていた。
「っつーか、ひとりで叫んでて草」
ゴブリンのひとりが言うと「草!草!」の大合唱が始まった。どうやらゴブリンたちは草が大好きな草食動物のようだ。俺は少し安心した。
ロメはいつものように何も気にすることなく中へ進んでいく。蹴飛ばしたらいいとはいえこの量だ。多少の不安もあるが、どうやらゴブリンたちは強気になっただけでロメロに向かっていく様子はない。
気持ちは強気なゴブリンたちだが、どうも体は弱気なようで、ロメが近づくとさっと避けるように道を開ける。俺はロメロのあとについてゴブリンの群れの中に入って行った。俺やロメが動くたびにすぐ傍にいるゴブリンが急いで離れる。
まさか。
こいつら、相手が老人だからなんとか攻撃できたが、相手が若いと何もできないのか。
老人=弱者と決めつけていたから襲ったのかもしれないが、一筋縄ではいかないパリピ老人と彼らを率いる愛の伝道師マリン。さぞかし面喰ったことだろう。
そこに乗り込んできた若者ふたり。ただでさえビックリしているところにロメだ。もはや恐怖でしかないだろう。
ロメは悠々と歩くと一番奥まで行き、なぜかあるステージを見上げた。おそらく、このステージがあるからノリノリで入って行ったのだろうが、もう少し作戦というものを考えてもらいたいものだ。
ゴブリンたちも黙ってはいない。十分に距離を取れている者は大声で喚きたてる。
「オーイ、やってみろよオーイ。なんだ?ビビッて何もできねーか?ザーコ、ザーコ」
声がする方を向くと、大声で喚きたてているゴブリンだが、手で顔を隠している。どうやら顔を認識されるのは嫌なようだ。でも安心しろ。お前らゴブリンは俺たちからすれば見分けなどつかない。
「はい、何も言いかえせない。論破―」
「っつーかひとりだけノリノリとかマジ草」
「笑いしかない」
村にいてもアウェイなロメはここでも動じない。この心臓の強さだけは見習った方がいいかもしれない。ステージの前まで来ると、一気に登ろうと手をかけた。その時。
ジャジャーン!と大きな音が鳴り響き、音楽が始まった。
「Yeah!!」
ロメは自分の為に音楽が鳴ったと思ったのか、もう完全にアゲアゲだ。しかし、先ほどからのゴブリンたちの態度を見ても分かる通り、俺たちは歓迎されていない。この音楽がロメの為のものではないことは確かだ。
しかし、それに気付いて大人しくなれるほどロメはまともではない。自分が呼ばれていると確信しているので、急いでステージに上ろうとしたが、その時ステージ袖から声が聞こえた。
「はい、どーもー!!」
ふたりの人間の女の子の登場に、ゴブリンたちは大盛り上がりだ。いつの間にかステージの真ん中にマイクが置かれている。
「のぶり800です。よろしくおねがいしまーす」
ステージ中央、マイクの前でふたりが突然喋りはじめた。
「頑張っていかなあかんなあ、言うてやらせてもらってますけどねノブコちゃん。どうしても頑張れへんことってあると思うねん?」
「せやなあ、せやけどそんなことより今私、今何になりたいと思う?」
「いや、あの、私が頑張れへんこと発表する流れやったけど?」
「コンビ名の名前発表したやないか。一番大事なとこやんかいさ。ほいでね・・・」
何が始まったのか理解が追いつかない俺は茫然とふたりのやり取りを眺めた。しかしゴブリンたちはこの流れが完全に理解できているらしく、俺とロメロに向かって静かにしろというジェスチャーを送ってきた。
「せやけど山伏になっても大変やで?」
「山伏ちゃうわ。誰が山籠って修業したい言うてん。私がなりたいんはナナフシや。枝にぶら下がってる枝みたいなヤツ。気楽やでー」
「訂正後の方が酷いですけど?!人間ですらなくなってるし!」
「おばあちゃん言うてた。あんたは大物になる。人間超越できるって・・・」
「超越した先にあるのは昆虫類?!なんか悪なってない?!おばあちゃん、そういう意味で言うたん?!」
そういえば村にいた頃、大道芸人をやっているウンケイが「漫才がしたいから相方がほしい」と言っていた。その時は説明を受けてもそれが何か分からなかったが、今見ているものが漫才なのだろうか。
「せやからツッコミも変えていこう思うねん」
「どういう風によ」
「例えばみんな締める時、『やめさせてもらうわ!』って言うやん?せやからうちらはこれからは『はじめさせてもらうわ!』って言うねん」
「うん、もっかい最初からになっちゃう」
「終わりは新しいことの始まりやっていう、哲学的な深い意味が込められてるんやないか。別名、仕切り直し」
「失敗してもうてるやないか!」
ゴブリンたちは食い入るように見つめている。拍手も笑いも何もない。ウンケイがしたかったのはこれなのだろうか。俺なら耐えられそうにもない。
いや、それよりも俺が気になっているのは冒頭部分、「頑張っていかなあかんなあ、言うてやらせてもらってますけどねノブコちゃん」の「ノブコちゃん」だ。ひょっとしてこの「のぶり800」がリリアちゃんとノブコちゃんだろうか。そして何だ、「のぶり800」って。
悠々自適な洞窟ライフどころではない。新しい扉を開けてしまっている。そしてなんだかとてもイキイキしている。
「なんでやねん!やめさせてもらうわ!」
「いや、言わんのかい!」
「じゃあ、仕切り直す?」
「・・・・・・」
ふたりは頭を下げて袖に帰って行ってしまった。ゴブリンたちは微動だにしない。ウンケイがどんなにつまらなくても俺たちは拍手くらいはしたことを考えると、なんだか侘しい気もする。
それはともかく、とりあえずはあのふたりに会って今の状況を説明しなければならない。俺はゴブリンたちをかき分けてステージ袖に急いだ。途中ゴブリンたちが俺に向かって「必死になってて草」だの「ダサみが深い。ってかダサみしかない」などと言うので、意味は分からないがとりあえず睨みつけてやったらコソコソと逃げて行った。
ステージ裏に辿り着くと、そこには神妙な顔をしたリリアちゃんとノブコちゃんが立っていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く


【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる