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斎藤課長視点(変態注意!)
斎藤課長は絶望する②
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珍しく電話ではなくメッセージアプリで呼び出された崇人は、兄の勝手さに苛立ちながらも今日が定休日だということで麻衣子を紹介する気になったのかと、来る途中で立ち寄ったスーパーで買ったワインを片手にマンションを訪れた。
「兄貴―急に呼び出して何の用、うっ!?」
廊下からリビングへ続く扉を開け一歩足を踏み入れ、室内に充満する異様な雰囲気に息をのむ。
奈落の底に落ち、今まさにこの世の終わりだという絶望と悲壮感漂わせた隼人が、ソファーの上で抱えた両膝に顔を埋めていたのだ。
「ちょっ、何があったんだ?」
駆け寄った崇人に肩を揺すられて、隼人はのろのろと顔を上げる。
顔を上げた隼人の顔色の悪さと泣き出しそうな顔を見て、ギョッとなった崇人は一歩後退った。
「うう、麻衣子さんが、麻衣子さんが、泣きながら出て行った」
乾いた喉の奥から絞り出した声は、普段の自信に満ちた声とは全く違う弱弱しくか細い声だった。
「スマホの電源も切っているらしくて、連絡もつかないし所在も分からないんだ」
「え、まさかと思うけど、場所検索を付けていたのかよ」
本人の同意無しに検索アプリをつけていたのかと引きつつ、崇人は麻衣子が出て行った状況を萎れきった兄から聞き、溜息を吐いた。
「……それは兄貴が悪いだろ」
「いや、坂田部長が余計なことをするからだ。こうなったら全力で出世して、俺の方が上になって二度とそんなことが出来ないようにしてやる」
話すことで頭が冷めて来たらしい隼人の声は普段と同じ声量に戻り、ギラギラした光を瞳に宿して棚の上に置いてあるデジタル時計を睨みつける。
「兄貴だったら出世するより起業した方が早くないか?」
「今起業しても上手くいく確率は低い。会社で技術と人脈作りをもっと学んで、貯金をあと一億は貯めなければ起業はしない。この先、麻衣子さんと3人の子どもを食わせていかなければならないからな。高校以上へ進学をしたいとなれば多額の学費は必要だし、広い庭のあるマイホームを建てるにも金がかかるだろ」
「兄貴、あのさ、どこから突っ込んでいいか分かんないんだけど。妄想するのは麻衣子さんに許してもらってからにしろよ」
フッと笑った隼人はソファーから立ち上がり、崇人と視線を合わせる。
「崇人……マリィだったか。あのオネェ」
「へ?」
恐怖すら感じさせる圧力を放ち出す兄の口から思い出したくもない名前を言われ、動揺した崇人は激しく肩を揺らした。
「胸の大きさに目がくらみ男だと見抜けず、酒を飲まされて酩酊したところを襲われた挙句尻穴の処女を奪われそうになったのは、そんな名前だったよな。あの時は俺も殴られるし弁護士まで立てて大変だったのは覚えているだろ? まだ相手の連絡先は消していない。今から連絡を入れてみようか?」
幼さが残る顔立ちと大きな胸に惹かれてナンパした相手がまさか男の娘で、危うくお尻の処女を奪われかけたことは崇人にとっては悪夢としか思えない記憶。
マリィと付き合っている彼氏とやらがヤバイ筋の方で、こじれたのを隼人が間に入り何とか命と貞操を守ってもらったのだ。
当時の記憶が蘇り崇人の顔色は蒼白となり、涙目で兄の腕へ縋りつく。
「お兄ちゃんっ! それだけは止めてくださいぃ!」
惚れた麻衣子はとことん甘やかしているのに、敵認定した者と弟に対しては鬼畜な兄から「近隣の駅前にあり、土曜日に無料体験イベントを行うエステ店を全力で探す」ことを約束させられ、崇人は膝を抱えて涙を流したのだった。
***
崇人に八つ当たりしても、一人になると麻衣子の泣き顔と言い放たれた声が蘇ってきて、一睡も出来なかった。
会社で顔を合わせた麻衣子の態度でさらに落ち込み、食事もろくに喉を通らない。
冷静な斎藤課長ではいられず、部下に心配される始末。
あらゆる状況を脳内でシミュレーションして麻衣子と接していたのに、コントロール出来ない感情に翻弄されるくらい彼女の存在が大きくなっていたことを改めて思い知らされた。
スマートフォンの電源を切っているらしい麻衣子とは連絡がつかないまま土曜日となり、崇人が調べてきたエステ店の入り口が見えるカフェへ入った。
今朝になって電源を入れたスマートフォンの電波を受信して、場所検索アプリの地図に麻衣子がエステ店に居る表示が現れる。
本音はエステ店へ乗り込んで麻衣子を連れ出したいのだが、感情のまま動き彼女を怒らせてしまった時と同じ過ちを犯してはいけない。
(麻衣子さんを信じなければ。俺のことを少しでも想ってくれているなら、脱毛コースを選ばないはずだ。ああでも、ツルツルになっていたらどうする? 麻衣子さんを好きという気持ちに偽りはない。でも、あの素晴らしい足の感触が無くなるのは……あああああ!!)
エステ店の施術が終了するまでの間、隼人は緊張のあまり味のしない珈琲を飲んで麻衣子が出てくるのを待った。
「兄貴―急に呼び出して何の用、うっ!?」
廊下からリビングへ続く扉を開け一歩足を踏み入れ、室内に充満する異様な雰囲気に息をのむ。
奈落の底に落ち、今まさにこの世の終わりだという絶望と悲壮感漂わせた隼人が、ソファーの上で抱えた両膝に顔を埋めていたのだ。
「ちょっ、何があったんだ?」
駆け寄った崇人に肩を揺すられて、隼人はのろのろと顔を上げる。
顔を上げた隼人の顔色の悪さと泣き出しそうな顔を見て、ギョッとなった崇人は一歩後退った。
「うう、麻衣子さんが、麻衣子さんが、泣きながら出て行った」
乾いた喉の奥から絞り出した声は、普段の自信に満ちた声とは全く違う弱弱しくか細い声だった。
「スマホの電源も切っているらしくて、連絡もつかないし所在も分からないんだ」
「え、まさかと思うけど、場所検索を付けていたのかよ」
本人の同意無しに検索アプリをつけていたのかと引きつつ、崇人は麻衣子が出て行った状況を萎れきった兄から聞き、溜息を吐いた。
「……それは兄貴が悪いだろ」
「いや、坂田部長が余計なことをするからだ。こうなったら全力で出世して、俺の方が上になって二度とそんなことが出来ないようにしてやる」
話すことで頭が冷めて来たらしい隼人の声は普段と同じ声量に戻り、ギラギラした光を瞳に宿して棚の上に置いてあるデジタル時計を睨みつける。
「兄貴だったら出世するより起業した方が早くないか?」
「今起業しても上手くいく確率は低い。会社で技術と人脈作りをもっと学んで、貯金をあと一億は貯めなければ起業はしない。この先、麻衣子さんと3人の子どもを食わせていかなければならないからな。高校以上へ進学をしたいとなれば多額の学費は必要だし、広い庭のあるマイホームを建てるにも金がかかるだろ」
「兄貴、あのさ、どこから突っ込んでいいか分かんないんだけど。妄想するのは麻衣子さんに許してもらってからにしろよ」
フッと笑った隼人はソファーから立ち上がり、崇人と視線を合わせる。
「崇人……マリィだったか。あのオネェ」
「へ?」
恐怖すら感じさせる圧力を放ち出す兄の口から思い出したくもない名前を言われ、動揺した崇人は激しく肩を揺らした。
「胸の大きさに目がくらみ男だと見抜けず、酒を飲まされて酩酊したところを襲われた挙句尻穴の処女を奪われそうになったのは、そんな名前だったよな。あの時は俺も殴られるし弁護士まで立てて大変だったのは覚えているだろ? まだ相手の連絡先は消していない。今から連絡を入れてみようか?」
幼さが残る顔立ちと大きな胸に惹かれてナンパした相手がまさか男の娘で、危うくお尻の処女を奪われかけたことは崇人にとっては悪夢としか思えない記憶。
マリィと付き合っている彼氏とやらがヤバイ筋の方で、こじれたのを隼人が間に入り何とか命と貞操を守ってもらったのだ。
当時の記憶が蘇り崇人の顔色は蒼白となり、涙目で兄の腕へ縋りつく。
「お兄ちゃんっ! それだけは止めてくださいぃ!」
惚れた麻衣子はとことん甘やかしているのに、敵認定した者と弟に対しては鬼畜な兄から「近隣の駅前にあり、土曜日に無料体験イベントを行うエステ店を全力で探す」ことを約束させられ、崇人は膝を抱えて涙を流したのだった。
***
崇人に八つ当たりしても、一人になると麻衣子の泣き顔と言い放たれた声が蘇ってきて、一睡も出来なかった。
会社で顔を合わせた麻衣子の態度でさらに落ち込み、食事もろくに喉を通らない。
冷静な斎藤課長ではいられず、部下に心配される始末。
あらゆる状況を脳内でシミュレーションして麻衣子と接していたのに、コントロール出来ない感情に翻弄されるくらい彼女の存在が大きくなっていたことを改めて思い知らされた。
スマートフォンの電源を切っているらしい麻衣子とは連絡がつかないまま土曜日となり、崇人が調べてきたエステ店の入り口が見えるカフェへ入った。
今朝になって電源を入れたスマートフォンの電波を受信して、場所検索アプリの地図に麻衣子がエステ店に居る表示が現れる。
本音はエステ店へ乗り込んで麻衣子を連れ出したいのだが、感情のまま動き彼女を怒らせてしまった時と同じ過ちを犯してはいけない。
(麻衣子さんを信じなければ。俺のことを少しでも想ってくれているなら、脱毛コースを選ばないはずだ。ああでも、ツルツルになっていたらどうする? 麻衣子さんを好きという気持ちに偽りはない。でも、あの素晴らしい足の感触が無くなるのは……あああああ!!)
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