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異世界転移は突然に②
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異世界転移後、ちとせがいたのは煤けた色の壁をした建物に囲まれた、薄暗い路地裏だった。
『あら、貴女は異世界からの迷い人ね』
『……迷い人?』
自分の置かれている状況について行けず、混乱しながら路地を彷徨っていたちとせを拾ってくれたのは、黒猫亭のマスターだった。
グレイ色の髪をまとめて簪を挿し着物を着た初老の女性、それが黒猫亭マスターのマダムフジコ。
マダムフジコはちとせと同じ世界、昭和初期の時代から此方の世界へ来た転移者だった。
時空の歪みを感じ取ったマダムフジコは、自分と同じように転移者が現れたことを察知し、ちとせを探していたのだという。
黒猫亭の奥にある、マダムフジコの私室へ通されたちとせは「異世界転移」というファンタジーな言葉を聞き、茫然自失になった。
『信じられないでしょうね。私が生まれた時代、あの世界では戦争をしていてね。家で母の手伝いをしている時に、落ちてきた爆弾の爆風で吹き飛ばされて……気を失って目を覚ましたらこの世界の荒野にいたのよ。泣いていた私を通りがかった冒険者パーティーが助けてくれて、彼等と一緒に世界中を回ったわ』
目を細めたマダムフジコは、持っている煙管の口元に口を付けて吸い、甘い香りがする薄桃色の煙を吐き出した。
『元の世界に戻る方法も探したけれど、私には見付けられなかった。冒険者を引退した後、夫と一緒にギルドを創ったの。ちとせが出会ったという女性は、おそらく魔女でしょう。高位の魔女は人の範疇から外れているため、膨大な魔力を後継者に受け渡さなければ死ねないと、昔、魔女の友人から聞いたことがあるわ』
『魔力? そういえば、代替わりとか言われたような気がする』
俯いたちとせは、小刻みに震える手を見る。
女性に掴まれた手首は未だに彼女の指の痕が残り、体中に流し込まれた電流のようなものの余韻は残っていた。
『今はまだ混乱していて、受け入れるのは無理でしょう。とりあえず、身の振り方を決めるまでうちのギルドで働いて、この世界のことを知りなさい』
煙管を灰皿の上に置いたマダムフジコはにっこりと微笑んだ。
***
黒猫亭から十分程歩いた場所に建つこじんまりした借家。
家族で住むには手狭だが、一人暮らしには十分な広さのあるこの家は黒猫亭のマスター、マダムフジコの所有物であり、ちとせはギルドに登録することを条件に破格の値段で借りていた。
「わんわんわんっ」
ちとせの帰宅に気が付いた隣人の飼い犬が尻尾を振って駆け寄り、隣家と借家の間に設置してあるフェンスに飛びついた。
「しー、ただいま」
フェンスの隙間から手を入れて、甘えて来る犬の頭を撫でる。
一頻りなでた後、借家の扉にはめ込まれている青色の魔石に手をかざし、魔力を流し込む。
がちゃりっ
扉に埋め込まれた魔石がちとせの魔力を認識し、扉から開錠音を発する。
玄関で靴を脱いで室内用スリッパに履き替え、玄関と繋がっているリビングダイニングの椅子の上に、肩から掛けていたトートバッグを置いた。
「はぁ、疲れたな―」
トートバッグの中から取り出した水筒に口をつけて果実水を一口飲む。
今すぐ入浴して汗を洗い流したいところだが、この後追加の仕事が控えているから出来ない。
「仕方ないか」
息を吐いたちとせは、体と服に浄化魔法をかけて身綺麗にする。
(着替えと化粧は……このままでいいか。追加依頼してきたのはあっちだし、特に気にしないだろうし。フジコさんが引き受けたのだから、危ないこと無いでしょう)
黒猫亭に登録してある基本勤務時間は、朝八時から夕方五時まで。
王立学園の夜会は仕方がないとはいえ、追加の仕事は完全に勤務時間外だった。
ソファーに座り、テーブルの上に置いてある手鏡を手にして、ちとせは手鏡に映る自分の顔を凝視する。
元の世界にいた頃より、規則正しい生活を送っているおかげで顔色も良く、目の下の隈も薄くなっていた。
この世界では、内包する魔力によって成人後の見た目に変化がでるという。外見が幼くなっているのはちとせの魔力量は多いということ。
魔力量の多さと転移者だということを知っている者は、マダムフジコと追加依頼をしてくれたアレクシスのみ。
元の世界に比べて、危険なことが多いこの世界では、自衛しなければ生きていけない。
念の為、ちとせが内包する膨大な魔力と生活魔法以外の高位魔法を使えることは秘密にしていた。
「あ、そうだった」
手鏡をテーブルの上に置き、トートバックから受付嬢から渡されたマダムフジコの手紙を取り出す。
封筒の封を破り中に入っている便箋を開いて、書かれている内容を読んでいくうちにちとせの眉間に皺がよっていく。
(「そろそろ閣下を受け入れてあげたら?」って、どういうこと!? 恋愛関係じゃないって、違うって何度も言っているのに!)
指先に力が入り過ぎて、破りそうになった手紙を折り畳んで封筒に仕舞い膝の上に置いて、ちとせはテーブルに突っ伏した。
『あら、貴女は異世界からの迷い人ね』
『……迷い人?』
自分の置かれている状況について行けず、混乱しながら路地を彷徨っていたちとせを拾ってくれたのは、黒猫亭のマスターだった。
グレイ色の髪をまとめて簪を挿し着物を着た初老の女性、それが黒猫亭マスターのマダムフジコ。
マダムフジコはちとせと同じ世界、昭和初期の時代から此方の世界へ来た転移者だった。
時空の歪みを感じ取ったマダムフジコは、自分と同じように転移者が現れたことを察知し、ちとせを探していたのだという。
黒猫亭の奥にある、マダムフジコの私室へ通されたちとせは「異世界転移」というファンタジーな言葉を聞き、茫然自失になった。
『信じられないでしょうね。私が生まれた時代、あの世界では戦争をしていてね。家で母の手伝いをしている時に、落ちてきた爆弾の爆風で吹き飛ばされて……気を失って目を覚ましたらこの世界の荒野にいたのよ。泣いていた私を通りがかった冒険者パーティーが助けてくれて、彼等と一緒に世界中を回ったわ』
目を細めたマダムフジコは、持っている煙管の口元に口を付けて吸い、甘い香りがする薄桃色の煙を吐き出した。
『元の世界に戻る方法も探したけれど、私には見付けられなかった。冒険者を引退した後、夫と一緒にギルドを創ったの。ちとせが出会ったという女性は、おそらく魔女でしょう。高位の魔女は人の範疇から外れているため、膨大な魔力を後継者に受け渡さなければ死ねないと、昔、魔女の友人から聞いたことがあるわ』
『魔力? そういえば、代替わりとか言われたような気がする』
俯いたちとせは、小刻みに震える手を見る。
女性に掴まれた手首は未だに彼女の指の痕が残り、体中に流し込まれた電流のようなものの余韻は残っていた。
『今はまだ混乱していて、受け入れるのは無理でしょう。とりあえず、身の振り方を決めるまでうちのギルドで働いて、この世界のことを知りなさい』
煙管を灰皿の上に置いたマダムフジコはにっこりと微笑んだ。
***
黒猫亭から十分程歩いた場所に建つこじんまりした借家。
家族で住むには手狭だが、一人暮らしには十分な広さのあるこの家は黒猫亭のマスター、マダムフジコの所有物であり、ちとせはギルドに登録することを条件に破格の値段で借りていた。
「わんわんわんっ」
ちとせの帰宅に気が付いた隣人の飼い犬が尻尾を振って駆け寄り、隣家と借家の間に設置してあるフェンスに飛びついた。
「しー、ただいま」
フェンスの隙間から手を入れて、甘えて来る犬の頭を撫でる。
一頻りなでた後、借家の扉にはめ込まれている青色の魔石に手をかざし、魔力を流し込む。
がちゃりっ
扉に埋め込まれた魔石がちとせの魔力を認識し、扉から開錠音を発する。
玄関で靴を脱いで室内用スリッパに履き替え、玄関と繋がっているリビングダイニングの椅子の上に、肩から掛けていたトートバッグを置いた。
「はぁ、疲れたな―」
トートバッグの中から取り出した水筒に口をつけて果実水を一口飲む。
今すぐ入浴して汗を洗い流したいところだが、この後追加の仕事が控えているから出来ない。
「仕方ないか」
息を吐いたちとせは、体と服に浄化魔法をかけて身綺麗にする。
(着替えと化粧は……このままでいいか。追加依頼してきたのはあっちだし、特に気にしないだろうし。フジコさんが引き受けたのだから、危ないこと無いでしょう)
黒猫亭に登録してある基本勤務時間は、朝八時から夕方五時まで。
王立学園の夜会は仕方がないとはいえ、追加の仕事は完全に勤務時間外だった。
ソファーに座り、テーブルの上に置いてある手鏡を手にして、ちとせは手鏡に映る自分の顔を凝視する。
元の世界にいた頃より、規則正しい生活を送っているおかげで顔色も良く、目の下の隈も薄くなっていた。
この世界では、内包する魔力によって成人後の見た目に変化がでるという。外見が幼くなっているのはちとせの魔力量は多いということ。
魔力量の多さと転移者だということを知っている者は、マダムフジコと追加依頼をしてくれたアレクシスのみ。
元の世界に比べて、危険なことが多いこの世界では、自衛しなければ生きていけない。
念の為、ちとせが内包する膨大な魔力と生活魔法以外の高位魔法を使えることは秘密にしていた。
「あ、そうだった」
手鏡をテーブルの上に置き、トートバックから受付嬢から渡されたマダムフジコの手紙を取り出す。
封筒の封を破り中に入っている便箋を開いて、書かれている内容を読んでいくうちにちとせの眉間に皺がよっていく。
(「そろそろ閣下を受け入れてあげたら?」って、どういうこと!? 恋愛関係じゃないって、違うって何度も言っているのに!)
指先に力が入り過ぎて、破りそうになった手紙を折り畳んで封筒に仕舞い膝の上に置いて、ちとせはテーブルに突っ伏した。
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