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3章 私と魔王様のお盆休み

06.水鏡

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 選択肢は与えると口では言っていても、きっと魔王は逃してくれはしない。
 今までだって、じわじわと彼に依存させるように、理子に優しく触れて甘やかして腕の中へと閉じ込めているもの。
 お前の居場所は此処だ、と刷り込むように。

 加護の石を与えられて、「魔王と繋がっている以上は逃げられない」と思っている理子が、彼の腕の中が心地良く感じている以上、選択肢など無いに等しい。

 白馬に乗って城へ戻り寝室のベッドへ横になるまで、シルヴァリスは理子を抱き締めて離そうとしなかった。
 脅迫めいた告白は、彼が今まで抑えていた恐いくらいの理子への執着、独占欲を解放してしまったのかもしれない。

「お仕事頑張ってください」
「リコ」

 朝食後、シルヴァリスは理子の肩を引き寄せて、唇に軽く触れるだけの口付けを落とした。

 ちゅっ。

 硬直する理子の唇から、リップ音を立ててシルヴァリスの唇が離れていく。

「なっ、なにを」

 口元を押さえて頬を真っ赤にする理子の頭を一撫でしてから、シルヴァリスは上機嫌で寝室を後にした。

 ***

 お盆休み二日目。
 午前中の予定に組み込まれてしまった、マクリーンによる王妃教育という名の勉学を終え、昼食を済ました理子は半ば微睡みの中にいた。

 暖かな陽射しが差し込む庭園には、陽光に煌めく見事な金髪縦ロールを揺らすベアトリクスの弾んだ声が響く。

「新しく出来たカフェのフルーツタルトが若い女の子達に人気で、わたくしもラズベリーとブルーベリーが乗ったタルトを食べましたの。リコ様? どうなさいましたの?」
「えっ?」

 名前を呼ばれた理子は、片足を突っ込みかけていた眠りの淵から覚醒する。
 ベアトリクスが話していたのは確か、季節のフルーツをふんだんに使ったタルトが自慢のカフェの話だったか。

「いえ、フルーツタルトが美味しそうだなって、私も行ってみたいと思っていました。でも、魔王様に城から出してとお願いしたら却下されてしまったので、無理ですね」

 昨夜、重たすぎる愛の告白をしてくれたシルヴァリスは、目の届く範囲以外に出してくれない気がすると、理子は苦笑いする。

「まぁ! 魔王様はリコ様の事をとても大事に想われているのですね。素敵です」
「大事にしてもらっているとは思いますが、素敵ですか?」
「素敵ですわ。わたくしも大事なモノは厳重に囲っておきたいですもの。大事に閉じ込めて心も体も自分だけのモノにして、独占したいという魔王様のお気持ち、分かりますわぁ」
「独占したい……?」

 うっとりと頬をほんのり赤く染めて言う、ベアトリクスの物騒な発言に理子は少々引いてしまった。
 彼女といい魔王といい、魔族という方々は理子からしたら少々過激な考えや嗜好を持っているようだ。

「そうですわ。魔王様の許可無くリコ様を外にお連れするのは無理ですけど、見ることならできます。わたくし、伯父から城内の立ち入り禁止区域以外の散策許可はいただいていますの」

 得意気に言ったベアトリクスは、ドレスの胸元に手を当てて豊満な胸の谷間に人差し指を入れる。
 ギョッとした理子が止めるより早く、ベアトリスクは自身の胸の谷間から、500円硬貨を一回り大きくした金色のコインを取り出した。

「丁度いいことに魔王様は会議中です。大事な会議中は部屋に遮断の結界を張りますから、わたくし達の動きは分からないでしょう。リコ様、城内の散策をしに行きましょう」

 胸の谷間に大事なアイテムを隠し持つという、思った以上に豪胆なベアトリスクは口元に手を当てて笑った。


 侍女達の付き添いを断り、理子はベアトリスクと共に城の東に位置する塔へと向かった。

「リコ様、あの先です」

 塔の最上階、赤い絨毯が敷かれている長い廊下を抜けた奥、黒光りする石の扉をベアトリスクは指差す。
 扉の前で足を止めたベアトリスクは、刻まれている紋様の中央にはまった赤色の石に金色のコインをかざした。

 キィ……

 赤色の魔石が輝き、重厚な石の扉は自動的に開いていく。
 扉の奥は、青白い大理石に似た石で四方を囲まれた広い部屋。
 部屋はすり鉢状となっており、すり鉢の底部分には直径二メートル程の水盆が設置されていた。

「此処は水鏡の間」

 先を歩くベアトリクスの靴音が、静寂に包まれた室内にコツコツと響く。

「見たい場所をこの水鏡に映し出して見ることができます。遮断されている場所は見れませんが」

 水盆の前まで来ると、ベアトリクスは指先で水面を軽く弾く。
 次の瞬間、部屋の天井を映し出していた水面が静かに揺らめいた。

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