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1章 隣人の鈴木君

02.幸運の御守り

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 先月引っ越して行った女子学生は、彼氏が出来るたびにすぐに彼氏と半同棲状態になるし、毎日盛っているようで、夜中の喘ぎ声がうるさかった。
 社会人になってから彼氏がいない理子としては、まさに「静かにしろ!」と叫びたくなるくらい迷惑、という状態だったのだ。
 鈴木君がどんな男子か今後の様子を見なければ分からないが、静かな夜を過ごさせてくれれば多少非常識でも何も言うまい。と、自分に言い聞かせる。

(やっと静かに寝られると思ったのに、無理かな)

 鈴木君は「夜分遅くにすいません」の一言も無かったし、ずっと片手をズボンのポケットに入れっぱなしだった。
 夜間の平穏、安眠は期待出来ないかもしれないと、頭が痛くなってきて理子は額に手を当てる。

 受け取ったタオルをダイニングテーブルへ置いて、すっかり冷めてしまった牛丼をレンジへ入れた。


 ***


 ダンッ!

 乱暴にテーブルへ置かれたビールジョッキは空となり、理子は追加注文するために店員のお姉さんへ片手を挙げてアピールをした。

 今日は週末、金曜日の夜。
 仕事帰りのサラリーマンで賑わう、駅の高架下にある大衆居酒屋は社会人になってから隔週末の度に通っている、理子のお気に入りの店だ。

 女性が好きそうなお洒落な隠れ家系の店よりも、賑やかな居酒屋の方が気楽とは自分でもどうかとは思う。
 先程から愚痴をぶちまけているのは、理子の前に座る同期入社の香織。
 すらりと背の高い彼女はまさにクールビューティーといった外見で、緩く波打つ肩までの黒髪を右耳にかけて小首を傾げる表情は、同い年の理子ですら「御姉様」と呼びたくなるくらい色っぽい。
 幼い顔立ちで未成年者に間違えられる理子とは正反対な彼女。しかし、入社直後から意気投合して今では二人で旅行へ行くまでの仲になっていた。
 一年ほど前に、香織に彼氏が出来てからは頻度が減ったとはいえ、お互いストレスが溜まってきたと感じれば今日の様な愚痴吐き飲みが開催されている。

「荒れているねー理子。お隣さんはそんなに激しいの?」

 ガブガブ水のようにビールを飲み干す理子に、香織は苦笑いを浮かべた。 

「今時な雰囲気イケメン風だとは思ったけど、即、彼女が出来るってどうなの? 羨ましいわ!」

 新年度が始まって早三週間。仕事以上に理子のストレス源となっていたのは、自宅マンションの隣人である大学生の鈴木君。
 彼は、大学へ入学したと同時に、今時のお洒落でキラキラした女の子と付き合いだしたのだ。

「隣人は今時イケメン風男子なのよね? いいじゃないの。目の保養が出来て」
「保養にならないよ! 疲れて帰ってきても、隣からの騒音で安らげないのよ? 夜中も朝も盛っていて、苛々して壁を殴りそうになったわ!」

 学生で仲良くしているのは別に生暖かい目で見送るだけだ。しかし、隣人の迷惑を考えない深夜でも関係無い、とばかりに盛っているのと、ベッドの軋み音と喘ぎ声は迷惑極まりない。
 一週間前の夜、部屋の外通路で鈴木君と彼女に会ってしまい、うっかり鈴木君に「今晩は」と愛想笑いで挨拶した彼女に睨まれたのも気分が悪い。
 お洒落で雰囲気イケメン男子とお化粧バッチリキラキラ女子の組み合わせでも、理子の帰宅時間に会わせてイチャイチャを開始するとか夜中でも声を抑えずに盛るとか、もう悪意を感じる。

「前もそんな事言っていたよね。前は女の子だっけ? もうその部屋から引っ越したら? 一時的にホテルかウィークリーマンションを借りるのもアリじゃない? それか管理会社に伝えたらどう?」
「ああ、それも考えたんだけどね。年度始めの忙しい時の引っ越しは面倒だし、ホテルに泊まる費用もないもの。管理会社へ連絡したけど、「分かりました」って口だけで、対応してくれのるかも分からない。連絡してから変化ないから」

 現在の仕事の状況と貯蓄を考えても、引っ越しの時間と費用の捻出は難しい。
 管理会社もこういうトラブルは面倒なのだろう。のらりくらりな返答で、頼れないと感じた。
 限界を感じたらビジネスホテルに数日泊まって避難するしかないかと、理子は溜息を吐いた。

「じゃあボーナスまで我慢しなきゃね。それに無料でエロドラマを聴いていると思えば楽じゃないの」
「エロドラマは多少なりともロマンチックな前降りがあるでしょう? いきなり喘ぎ声とベッドの軋み音をロマンチックな展開へと脳内変換できないって」

 遠い目をする理子の視線を香織はさらりと笑ってかわし、形の良い薄い唇の端を器用に上げて、香織は自分のバックに手を入れて何かを取り出した。

「ではでは、そんな理子にこれをあげよう」
「何これ?」

 香織の手のひらに乗せられていたのは、五百円硬貨程の大きさの深紅の球体。
 居酒屋の薄暗い照明の光の下では赤黒く見えるが、よく見れば球の中に金色の模様が見える。

「何これ? すーぱーぼーる? 文鎮?」

 思ったままの言葉を口に出すと、香織は吹き出した。

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