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20.最後の日
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今夜は満月。
降水確率0%の天気予報が外れない限り、夜空には満月が輝くはずだ。
何時もの朝とは言い難い、淫猥で濃厚過ぎる時間を過ごした佳穂とベルンハルトは遅すぎる朝食、早い昼食を食べた。
食後のお茶を飲んだ後、近所のクリーニング店へ出した異世界から転移してきた時にベルンハルトが着ていた服を受け取りに行く、という目的で家を出た。
クリーニング店で受け取った綺麗になった服入りの袋はベルンハルトが持ち、彼と手を繋いだ佳穂は心地よい風を身体いっぱいに感じて目を細める。
最後の一日なのに、ベルンハルトと出掛けるのがクリーニング店とスーパーへの買い物だけでは寂しいと思い、観光地でも遊園地でも無く人が少ないビジネスビルの一般解放されている屋上庭園へ立ち寄ることにしたのだ。
屋上から見る景色は、市街地から少し離れた住宅街のため大きな公園があり緑も多く、紅葉の季節に入れば辺りは色鮮やかな紅葉となる。
緑が多いとはいえ、此処よりずっと自然豊かな世界を生きてきた彼の目にはどう映っているのだろうか。
訊ねてみたくとも、無言のまま転落防止の高い柵越しの風景を眺めているベルンハルトの背中は声を掛けにくい雰囲気を纏い、佳穂は柵から少し離れた所に設置されたベンチに座りながら彼の背中を見ていた。
庭園の管理人が手入れしてくれている屋上は、様々な花や緑が植えられている。
中心部には小さな噴水まで設置され、ビル内に入っている会社の人と近所の人くらいしか利用しない穴場の屋上庭園となっていた。
夏の間は、暑さから近所の親子連れの足も遠ざかっているようで、ほぼ貸し切り状態。
秋めいてきた頃なら、飲み物を持ってのんびりするのもいいかもしれない、そんな事を佳穂が考えていると遠くを見詰めていたベルンハルトが此方を振り返った。
「屋上に庭園とは面白い考えだな。小規模のものなら宮殿にもあるが、ここまでのものは無い」
「ビルの屋上緑化はヒートアイランド対策? ビジネスビルで本格的なのはあまり無いみたいですけど」
「公務以外で庭園へ来たのは初めてだ」
「息抜きで散策するとか、デート、後宮にいる女の人達と散策はしないんですか?」
話を聞いただけだがベルンハルトの治める帝国は、此方の世界の産業革命あたりのヨーロッパ圏に似た文化で、皇帝が住まう宮殿の庭園はさぞかし素敵だろうに勿体無い。
「花など眺めて何が楽しいか分からん。後宮に居る女達は子を孕み皇后の地位へのし上がろうと画策し、隙有らば他の女を蹴落とそうとしている女がほとんどだ。俺の寵を得ようと必要以上にめかしこみ、香水臭い女とは散歩をしたいと思えん。後宮の女以外でも、隣に並び歩こうと思える女などいなかった。お前以外は」
「え?」
予想外の返答に目を丸くしていると、ベルンハルトはベンチに座る佳穂の側まで来る。
ベンチの背凭れに手をつき腰を丸めて佳穂の顔を覗き込む。
「カホ」
互いの吐息を感じる近さに顔を近付けられ、口付けをされるのかと佳穂の胸は激しく脈打った。
「どうした? 緊張しているのか?」
「し、してないっ」
否定してみても、真っ赤に染まった頬と伝わっているだろう心臓の鼓動は肯定を示していて。
今だけは、お互い好意を抱き離れたくないと思っているのだという気になってしまう。
少し顔を近付けてみただけで頬を真っ赤に染めて動揺している佳穂を見て、ベルンハルトは意地悪な笑みではなく嬉しさからだと思える自然な笑みを浮かべた。
「最後の一時くらい素直になれ」
(そうか、もう最後……)
言葉に詰まった佳穂は、思わず下を向いてしまう。
今日一日は俯かないでしっかりと顔を上げて、ベルンハルトと向き合おうとしていたのに。
勇気を出して顔を上げれば至近距離に綺麗な顔があって、端から見たら彼に迫られているという自分の置かれている状況に耐えきれず、佳穂は立ち上がる。
ベルンハルトのTシャツの裾を、親指と人差し指で摘まんで控え目に引っ張った。
「暑いし、一周したらアイスを食べに行きましょうか」
「ああ」
返事と共に手首を振られて、裾を摘まんでいた指は簡単に外される。
外された勢いで空を切る佳穂の手を、ベルンハルトの手のひらが握った。
数日前までは、男の人と手を繋ぐのは恥ずかしかったというのに、今では当たり前のように受け入れている。
ぎゅっと握り返す佳穂の指の隙間へ、ベルンハルトは自分の指を滑り込ませて所謂恋人繋ぎで手を繋いで歩き出した。
降水確率0%の天気予報が外れない限り、夜空には満月が輝くはずだ。
何時もの朝とは言い難い、淫猥で濃厚過ぎる時間を過ごした佳穂とベルンハルトは遅すぎる朝食、早い昼食を食べた。
食後のお茶を飲んだ後、近所のクリーニング店へ出した異世界から転移してきた時にベルンハルトが着ていた服を受け取りに行く、という目的で家を出た。
クリーニング店で受け取った綺麗になった服入りの袋はベルンハルトが持ち、彼と手を繋いだ佳穂は心地よい風を身体いっぱいに感じて目を細める。
最後の一日なのに、ベルンハルトと出掛けるのがクリーニング店とスーパーへの買い物だけでは寂しいと思い、観光地でも遊園地でも無く人が少ないビジネスビルの一般解放されている屋上庭園へ立ち寄ることにしたのだ。
屋上から見る景色は、市街地から少し離れた住宅街のため大きな公園があり緑も多く、紅葉の季節に入れば辺りは色鮮やかな紅葉となる。
緑が多いとはいえ、此処よりずっと自然豊かな世界を生きてきた彼の目にはどう映っているのだろうか。
訊ねてみたくとも、無言のまま転落防止の高い柵越しの風景を眺めているベルンハルトの背中は声を掛けにくい雰囲気を纏い、佳穂は柵から少し離れた所に設置されたベンチに座りながら彼の背中を見ていた。
庭園の管理人が手入れしてくれている屋上は、様々な花や緑が植えられている。
中心部には小さな噴水まで設置され、ビル内に入っている会社の人と近所の人くらいしか利用しない穴場の屋上庭園となっていた。
夏の間は、暑さから近所の親子連れの足も遠ざかっているようで、ほぼ貸し切り状態。
秋めいてきた頃なら、飲み物を持ってのんびりするのもいいかもしれない、そんな事を佳穂が考えていると遠くを見詰めていたベルンハルトが此方を振り返った。
「屋上に庭園とは面白い考えだな。小規模のものなら宮殿にもあるが、ここまでのものは無い」
「ビルの屋上緑化はヒートアイランド対策? ビジネスビルで本格的なのはあまり無いみたいですけど」
「公務以外で庭園へ来たのは初めてだ」
「息抜きで散策するとか、デート、後宮にいる女の人達と散策はしないんですか?」
話を聞いただけだがベルンハルトの治める帝国は、此方の世界の産業革命あたりのヨーロッパ圏に似た文化で、皇帝が住まう宮殿の庭園はさぞかし素敵だろうに勿体無い。
「花など眺めて何が楽しいか分からん。後宮に居る女達は子を孕み皇后の地位へのし上がろうと画策し、隙有らば他の女を蹴落とそうとしている女がほとんどだ。俺の寵を得ようと必要以上にめかしこみ、香水臭い女とは散歩をしたいと思えん。後宮の女以外でも、隣に並び歩こうと思える女などいなかった。お前以外は」
「え?」
予想外の返答に目を丸くしていると、ベルンハルトはベンチに座る佳穂の側まで来る。
ベンチの背凭れに手をつき腰を丸めて佳穂の顔を覗き込む。
「カホ」
互いの吐息を感じる近さに顔を近付けられ、口付けをされるのかと佳穂の胸は激しく脈打った。
「どうした? 緊張しているのか?」
「し、してないっ」
否定してみても、真っ赤に染まった頬と伝わっているだろう心臓の鼓動は肯定を示していて。
今だけは、お互い好意を抱き離れたくないと思っているのだという気になってしまう。
少し顔を近付けてみただけで頬を真っ赤に染めて動揺している佳穂を見て、ベルンハルトは意地悪な笑みではなく嬉しさからだと思える自然な笑みを浮かべた。
「最後の一時くらい素直になれ」
(そうか、もう最後……)
言葉に詰まった佳穂は、思わず下を向いてしまう。
今日一日は俯かないでしっかりと顔を上げて、ベルンハルトと向き合おうとしていたのに。
勇気を出して顔を上げれば至近距離に綺麗な顔があって、端から見たら彼に迫られているという自分の置かれている状況に耐えきれず、佳穂は立ち上がる。
ベルンハルトのTシャツの裾を、親指と人差し指で摘まんで控え目に引っ張った。
「暑いし、一周したらアイスを食べに行きましょうか」
「ああ」
返事と共に手首を振られて、裾を摘まんでいた指は簡単に外される。
外された勢いで空を切る佳穂の手を、ベルンハルトの手のひらが握った。
数日前までは、男の人と手を繋ぐのは恥ずかしかったというのに、今では当たり前のように受け入れている。
ぎゅっと握り返す佳穂の指の隙間へ、ベルンハルトは自分の指を滑り込ませて所謂恋人繋ぎで手を繋いで歩き出した。
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