竜帝陛下と私の攻防戦

えっちゃん

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   抱いていた感情の名前に気付く②

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 今日の予報は快晴、猛暑日。
 午前九時の時点で気温は三十度を超えていた。

 異世界の皇帝の肩書を持つ彼が剣を柄から引き抜いた瞬間、晴天の空が陰ったように庭に陰が落ち空気が張り詰めていく。
 真夏の日差しの中、陽光を反射して輝く剣を片手で握ったベルンハルトは魔力で作った人型を瞬く間に細切れにした。
 細切れになった魔力の塊は空気に解けるように消えていき、一部の魔力は庭の片隅で尻尾を振って見ている魔獣のシロが嬉しそうに吸収する。

 パチパチパチ
 濡れ縁に座って見ていた佳穂は、尻尾を振って駆け寄ったシロの頭を撫でる称賛の拍手を送った。
 剣を鞘に納めてベルンハルトは背後を振り返り、瞳を輝かせている佳穂に向けて微笑んだ。

「凄い! 全く見えなかったです」

 間近で見ていたのに全く動きが分からず、佳穂にはベルンハルトが剣を持つ手を軽く動かしただけに見えた。

「本当にベルンハルトさんは凄い人だったんですね」
「お前は俺をなんだと思っていたのだ」

 息を吐いたベルンハルトは、吹き抜けた風で舞った髪を片手で掻き上げる。

「異世界の皇帝陛下?」

 脳裏に浮かべたことは、とても口に出せず佳穂は首を傾げておどけて言う。
 初対面は暴力的な不法侵入者、次は観光目的の居候、今は心臓が繋がった相手であり異性として意識する相手となっていた。
 外気温とは違う熱さで体が熱い。言葉にしなくても感情の揺れは伝わっているだろう。

 赤くなった顔を見られないように佳穂はベルンハルトから視線を逸らし、濡れ縁に置いた盆の上に麦茶ポットを見る。やはり、ベルンハルトはこの世界の何人でもない、特別な存在なのだと再認識した。

「カホ」

 名前を呼ばれて俯いていた顔を上げた佳穂は、ベルンハルトの視線の先は自分では無く麦茶のポットへ向けられていることに気付いた。

「飲みます?」
「ああ」

 ポットの持ち手を握り、麦茶を注ぎ入れたコップをベルンハルトへ手渡す。
 もう一つのコップにも麦茶を注ぎ、佳穂も一口飲んだ。麦茶の香ばしい風味と冷たさが火照った体に染みわたっていく、

「あっ!」

 麦茶を飲み干したベルンハルトが手を伸ばし、佳穂が両手で持っていた麦茶が半分入ったコップを奪い取る。
 驚く佳穂が抗議の声を上げる前に、コップに口をつけたベルンハルトは一気に麦茶を飲み干した。

「な、なにを? 言ってくれればお代わりを入れたのに、私の飲みかけを飲むなんてっ」
「カホの飲んでいる方が美味そうに見えてつい、な」

 慌てる佳穂とは違い、ベルンハルトは同じコップに口をつけたことなど気にしていない。

(そうよね。後宮を持つ異世界の皇帝陛下で、酔った勢いとはいえキスした上に一緒のベッドで寝たのに、今更間接キス程度じゃベルンハルトさんは動じないよね)

 コップを盆に置いたベルンハルトと目が合う。
 口角を上げたベルンハルトは、佳穂の目を見ながら風で乱れた髪を耳にかける。
 ただそれだけなのに、麦茶で湿った唇が色っぽく感じて心臓が跳ねた。
 思わず目を反らした佳穂は熱が集中する自分の頬に手を添える。

(男の人なのに色気があるなんて反則だわ。この人と酔った勢いでキスしちゃっただなんて……)

 鏡に見て確認しなくても手の平に感じる熱さから、顔が真っ赤になっていると自覚した。
 隠さなくても伝わっていると分かっていても、彼に顔を見られるのが恥ずかしい。
 花火大会の夜からずっと佳穂の心臓はおかしい。ベルンハルトが側に居ると思うだけで心臓の鼓動が速くなり、恥ずかしくなり体温も上がる気がする。

(酔った勢いでもキスしたから意識しているの? もうすぐサヨナラする人なのに)

「おい」

 不意に、背後から伸びて来た手が前髪を掻き分けて額に触れる。

「顔が赤い。これは冷蔵庫に入れておくから、お前は部屋で涼んでいろ」

 耳元で唇を近付けて言われ、固まる佳穂の頬を一撫でしてベルンハルトの手は離れていく。

 濡れ縁置いていた盆を持ち居間へ上がっていくベルンハルトの背中を、思考が停止して口と目を開いた佳穂は呆然と見送った。

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