竜帝陛下と私の攻防戦

えっちゃん

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14.花火大会の夜

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 異世界から我が家へ皇帝陛下がやって来てから、早いものでもう十六日目となった。

 あと四日後には月は満ちて、彼は元居た世界へと還っていく筈だ。今のところ、四日後の天気予報は晴れで降水確率は0%となっている。
 ベルンハルトが元の世界へ還れば、魔術書の呪いもまさか世界を隔てて効果あるとは考えにくい。
 全ては元通りになり、非日常から普通の日常へ戻る。
 喜ばしいことなのに、それを考えると何故か佳穂の気持ちは沈んでいく。

 昨日は酔い潰れた佳穂を迎えに来てくれて、体調を気遣ってくれたベルンハルト。
 四日後にはサヨナラする彼とは、偶然繋がってしまった、一般人と皇帝陛下という関係なのだ。何度、自分自身へ言い聞かせても胸の痛みを治まってくれない。

(そうか今日は、花火大会だっけ)

 公共料金の支払いのため近所のコンビニへ向かい、店の入り口近くに貼られていたポスターを見て佳穂は今日が隣の区で開催される花火大会当日だと思い出した。
 夕方の時刻に差し掛かる今から出掛けても、公共機関は軒並み混雑しているだろうし無理して出掛けたくはない。
 コンビニを出た佳穂は、夕飯の買い物客が増えはじめている商店街へ向かった。


「今日の夕飯は、縁側に出て花火を見ながら食べませんか?」
「花火だと?」
「今日は隣の区の花火大会なんです。凄く混むから会場までは行けないけど、家からも少しだけ花火が見えるんですよ」

 高い建物の隙間から見える花火は少し風流さには欠けるとはいえ、混雑する会場へ行くよりはずっといい。
 家から見えるからという理由で、隣の区の花火大会は一度も行ったことは無く、祖母が亡くなってからは、一人で夜空に咲く花火を見上げていたのだ。 

 繁華街へ電車一本で出られる下町という好立地に住んでいることは、大学の友人には知られないようにしていた。
 中学、高校時代は祖母と叔父に遠慮して友人は家には上げていなかった。
 彼氏が出来たと思い込んでいた頃は「今年は大毅君と一緒に見られる」なんてお花畑なことを考えていたなと、自嘲の笑みを浮かべる。
 先日、夏期集中講義を受けに行った大学で、大毅と彼が所属しているグループのメンバーが花火大会のことを話していたから、家の立地を知られたら絶対に大人数で押し掛けられて好き放題されていたと思う。
 今思えば、大毅にフラれたのが花火大会前で良かった。

(そういえば、私に気が付いた途端、ダイキ君の顔色が変わった気がする。ベルンハルトさんとたこ焼きを食べに行った時に色々あったし、避けられている?)

 楽しそうに談話していた大毅達は、佳穂が近付いてくるのに気付いた途端、顔色を変えた。
 そして、佳穂が彼等へ視線を動かす前に一斉に背中を向けたのだ。


「花火を見る時は、カホも浴衣とやらを着るのか?」

 大学での出来事を思い出していた佳穂は、ベルンハルトの声で我に返った。

「浴衣? 家で見るだけなら着ませんよ」
「この国独自の衣装ならば見てみたい。駄目か?」
「うっ」

 ソファーに座ったベルンハルトが首を動かし、上目遣いでの「駄目か?」と言う破壊力は抜群で。
 嫌だとは言えずに、佳穂はただ頷くことしかできなかった。



 ✱✱✱



 縁側に陶器の豚形蚊取り線香をセットして、硝子の徳利にはキンキンを冷やした冷酒。
 おつまみに作ったのはピリ辛胡瓜、椎茸の佃煮、鶏股肉の辛味噌炒め、だし巻き玉子、唐揚げ。
 つまみは食べやすく大皿へ盛り付け豪華にして、気分は少し早いベルンハルトの送別会だ。
 お強請りされた通り、装いは花火大会仕様でベルンハルトだけでなく佳穂も涼しげな水色地に衿と袖、裾に金魚柄が入った浴衣を着る。

 辺りが薄暗くなり、花火大会開始の花火が上がる頃に二人きりの送別会は開始した。

「ほぉ、うまいな」

 冷酒を一口飲んで、ベルンハルトは感嘆の声を漏らした。

「酒屋のおじさんオススメの日本酒ですからね」

 ヘラリと佳穂が笑えば、ベルンハルトは冷酒が入ったぐい呑みを差し出す。

「お前も、たまには付き合え」
「えっ」
「全く飲めないわけではあるまい」

 二十歳の誕生日以降、居酒屋やカラオケボックスで友人達と酎ハイは何度か飲んだことはあっても、まだお酒の美味しさが分からない。
 断りの言葉を言いかけて、今はベルンハルトの送別会なのだと佳穂はグッと飲み込む。

「じゃ、じゃあ、少しだけ」

 受け取ったぐい呑みを口につける。
 一口含むと少しとろみと甘味がある液体が舌を潤した。
 初めて飲む日本酒は意外と飲みやすい味で、コクリと飲み込んでからあれっ?と気付いた。

(でも、これってベルンハルトさんと間接キスしたんじゃあ……)

 唇を手の甲で拭い、頬を真っ赤に染めた佳穂はぐい呑みをベルンハルトへ渡す。
 返されたぐい呑みと、頬を真っ赤に染める佳穂の顔を交互に見たベルンハルトは、ペロリとぐい呑みの飲み口を一舐めした。

(ううっ、無駄に色気がある)

 飲み口を舐めただけなのにその仕草が妙に厭らしくて、羞恥から視線を逸らす。
 バーンッ、少し離れた打ち上げ会場から花火が打ち上がり、佳穂とベルンハルトを明るく照らした。






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