竜帝陛下と私の攻防戦

少しずつ変わっていく②

　周囲から注目されるのは慣れているベルンハルトは、駅前のアーケード街の店舗を珍しそうに覗いて行く。

　昔ながらの商店では佳穂を知る店主達から声をかけられ、新しい商店では見目麗しい外国人が興味津々で店先を覗いているものだから、頬を染めた女性店員から声をかけられてなかなか先へ進めない。
　商店街を通り抜ける頃には、買った物や貰い物で佳穂の持つ保冷加工付き買い物バックは一杯になっていた。
 
　数百メートルの商店街を抜けるのに二時間近くの時間がかかるとは、アーケードをくぐり商店街へ入った時には思いもしなかった。

「ありがとうございます。ベルンハルトさんのおかげでいっぱいおまけして貰えました」

　長時間の買い物でも、美味しい惣菜やお菓子の試食やお茶を試飲させてもらいそれなりに楽しかった。
二人の関係を少々、いや大分勘違いした店主達からお土産まで貰えたのはベルンハルトのおかげだ。

「……ああ」

　素直にお礼を伝えれば、横を歩くベルンハルトの動きが止まる。
　どうしたのかと彼の顔を上目遣いで見上げれば、ヒョイッと肩にかけていた保冷バックを奪われてしまった。

「ありがとうござい、ます？」

　突然のことに驚き目を瞬かせる佳穂がお礼を伝える間もなく、横を向いて歩き出したベルンハルトを駆け足で追う。

（どうしたのかな？　え、まさか……？）

　素直にお礼を言われて照れているのかと考えて、佳穂は首を小さく横に振った。
　多くの臣下から敬われている異世界の皇帝陛下が、こんなに小さなことで照れるような可愛い性格なわけ無いじゃないか。



　＊＊＊



　幼いころに両親を亡くし親戚である叔父と祖母に引き取られた佳穂は、大学助教授をしていて忙しく留守がちな叔父や祖母に「さみしい」なんて言わないようしていた。

　叔父と祖母に迷惑をかけないよう、幼いながらも進んで手伝いをして一人で何でもやるようにしていた。
　叔父が不在で祖母が入院した時も、今思えば自分は大丈夫だと自分自身に言い聞かせて、強がっていただけだと思う。
　世の中には一人は気楽だという人もいるが、朝起きてから誰かに「おはよう」と言えること、一人きりで朝食を食べるより誰かと一緒に「いただきます」と言ってから会話しながら食べることの楽しさを、この一週間で感じていた。 

「おはようございます」
「ああ」　

　開ききらない眼を擦りながら、一週間前からこの家に居候している青年は椅子へと腰掛ける。

　寝起きの少し幼く見える彼の表情も、寝間着代わりの浴衣が乱れて色気を溢れさせているのにはもう慣れた。
　でも、今朝の柔らかな銀髪に寝癖がついているのは可笑しくて笑いそうになり、ぎゅっと唇を閉じる。

「ベルンハルトさん、朝の挨拶は“おはよう”って返してくださいよ」
「お前は、朝から元気だな」

　呆れたような彼の視線もぶっきらぼうな口調も慣れたもの。
　多少偉そうな態度をとるけれど、基本的に彼は然り気無い気遣いが出来る優しい男の人、だと思う。

「いただきます」
「……いただきます」

「ご飯を食べる時はいただきますって言ってからですよ」と散々言ったおかげで、ベルンハルトは佳穂と同じ様に手を合わせてから朝食を食べ始める。

　見た目北欧系外国人、異世界人のベルンハルトは思った以上に順応性があるらしく、今では箸を使い好き嫌いなくご飯を食べるし、違和感の無い動作でリモコン使ってテレビのチャンネルを変えている。
　順応性というか元居た場所にまだ戻れないと、郷に入っては郷に従えという気持ちでいるのかもしれない。

「さっきから何だ？」
「ベルンハルトさんの観察？」

　素直に答えれば、ベルンハルトは箸置きへ箸を置いて嫌そうに眉を寄せる。

「疲れる事を言うな」
「別に見ていてもいいじゃないですか。減るものじゃないんだし」

　クスクス笑う佳穂に、ベルンハルトはわざとらしい大きな溜め息を吐いた。



「お昼は作っておきましたから、温めてから食べてくださいね」

　食器を洗い終えて身仕度を整えた佳穂が声をかけると、ソファーに座りニュース番組を観ていたベルンハルトは振り向いた。

「大学とやらに出かけるのか？」 
「うん。今日は夏期集中講義で、夕方までは授業があるから帰りは遅くなると思います」
「分かった」

　ベルンハルトが頷いたのを確認し、佳穂は朝食と一緒に作った弁当を保冷バックへ入れて玄関に向かった。

「じゃあ、行ってきまーす」
「……行ってらっしゃい」

　数日前にはぎこちなかったけれど、今では違和感なく言ってくれるようになった「いってらっしゃい」の言葉に佳穂は微笑む。
　居間からは見えないだろうけれど、玄関を出る前に佳穂はベルンハルトへ軽く手を振り玄関の扉を閉めた。