13 / 61
06.そのギャップに少しだけ興味を抱く
しおりを挟む
洗い終わった食器を置き、濡れた手をタオルで拭いた佳穂は息を吐いた。
「何か分かりましたか?」
居間のソファーに座り、二冊の魔術書をローテーブルへ並べ魔力の残滓を調べていたベルンハルトへ声をかけると、彼は顔を上げた。
「いや、複雑な術式が絡まっているのは分かるが、解呪の手がかりとなりそうなものは分からない」
首を振ったベルンハルトは、開いていた二冊の魔術書を閉じて古ぼけた表紙を指で撫でた。
「向こうの世界へ戻れればこの手の物に詳しい奴がいたのだがな」
「元の世界へは、魔法を使って戻るのは無理なんですか?」
床に膝をつき魔術書を見ながら問う佳穂を、ベルンハルトはジロリと睨む。
「世界と世界を繋ぐ異界の境目を抉じ開けられれば転移は可能だ。境目に僅かな隙間を作れれば、無理やり転移は出来よう。だが、この世界では魔力が上手く扱えん。空気が違う、というか魔素がほとんど無く精霊の力も弱い。俺が全力を出しても今の状態では難しいな」
「今の状態? って、わぁ!」
首を傾げる佳穂に見せつけるように、ベルンハルトは握った手のひらを開く。
開いた彼の手のひらからは、シャボン玉に似た輝きを持つ透明の光の玉がいくつも現れ室内を漂う。
「魔力が半減している。月の光、満月の力を使えば何とか隙間を開けるかも知れぬ」
「満月? じゃあ、次の満月の日を調べてみますね」
触れても弾けないシャボン玉に目を輝かせて触れていた佳穂は、棚の上で充電していたタブレットを取り出して次の満月が何時かを調べ始めた。
「えっと、次の満月は、二十日後ですね」
「二十日か……それだけあれば此方の世界を楽しめるな」
「えっ」
ニヤリ、と効果音が聞こえてきそうな悪い笑みを浮かべたベルンハルトの表情から、何を考えたのかうっすら分かってしまい佳穂の背中に冷たい汗が流れた。
「ちょっ、観光する気満々ですか? ベルンハルトさんは皇帝陛下でしょう? 国を離れてしまったら、臣下の方々や皇帝のお仕事は大丈夫ですか? それに、急に居なくなってしまったら家族の方は心配しているのではないですか? えっと、奥さんとか恋人とか」
パチンッ、ベルンハルトが軽く右手を振り、シャボン玉は一斉に弾けて消えた。
「俺の不在程度で崩れるほど帝国は脆弱ではない。それに、俺には心配する家族など、妃と呼ぶ女はいない」
「そうなの? 皇帝陛下ってお妃様達を囲っているのではないの?」
皇帝陛下の身分ならば華やかな後宮を持ち、美女の一人や二人や三人は囲っていそうなのにまさかの独身とは意外だった。
見た目から自分とそう変わらないくらいの年齢だろうベルンハルトは、皇帝の肩書きが無くとも女の子にはモテモテで選り取りみどりだろうに。
(まさか、この人は男色、彼女じゃなくて彼氏がいるんじゃ……有り得る)
性格はともかく、スタイル抜群に綺麗な顔をしたベルンハルトは、男性から見ても魅力的だろう。
引き攣った顔で佳穂がベルンハルトを見ると、考えを読んだベルンハルトは苛立ちをあらわに舌打ちした。
「後宮には妃候補を狙っているらしい多数の女達が暮らしているが、俺にとっては後宮の女は性欲処理か義務で抱くだけ、それだけの相手だ。皇后になるという欲を持ち、媚びて近付いて来る女達には食指は動かん。後宮に一定の女が必要だからは置いているだけだ。それ以外は、俺に叛意を持つ者の炙り出しには使えるか」
「ちょっ、性欲処理とか最低発言!」
思いが口から出た佳穂は、顔を歪めて後退る。
最低と言いつつも、美貌以外に地位も権力も持つベルンハルトが言うと何故か許されるような気もして、イケメンはお得だという羨ましさと呆れという、佳穂は相反する複雑な気持ちになってしまった。
「最低、だと?」
生まれて初めて、ほぼ初対面の女から批判されたベルンハルトは、大きく目を見開く。
長い付き合いの宰相から最低だと言われたことがあっても、彼以外に後宮の女達への対応を悪く言う者はいなかった。
黙ったベルンハルトと佳穂の間に微妙な空気が流れる。
気まずさからこの場から離れたくなるが、このままでは彼に伝えたいことを言えない。佳穂は意を決して口を開いた。
「あの、ベルンハルトさん。この後、買い物に行こうと思います。一緒に来てもらってもいいですか?」
「買い物?」
「ええ、食材とベルンハルトさんの服を買いに行こうかと。服は試着してもらわなきゃサイズが分からないから。あの、外へ出るのは嫌ですか?」
「いいや? 好都合だ」
逸らしていた視線を戻し、ベルンハルトは佳穂を見て笑う。それは作り物めいた綺麗な笑みではなく、初めて見る彼の自然な笑い方だった。
「何か分かりましたか?」
居間のソファーに座り、二冊の魔術書をローテーブルへ並べ魔力の残滓を調べていたベルンハルトへ声をかけると、彼は顔を上げた。
「いや、複雑な術式が絡まっているのは分かるが、解呪の手がかりとなりそうなものは分からない」
首を振ったベルンハルトは、開いていた二冊の魔術書を閉じて古ぼけた表紙を指で撫でた。
「向こうの世界へ戻れればこの手の物に詳しい奴がいたのだがな」
「元の世界へは、魔法を使って戻るのは無理なんですか?」
床に膝をつき魔術書を見ながら問う佳穂を、ベルンハルトはジロリと睨む。
「世界と世界を繋ぐ異界の境目を抉じ開けられれば転移は可能だ。境目に僅かな隙間を作れれば、無理やり転移は出来よう。だが、この世界では魔力が上手く扱えん。空気が違う、というか魔素がほとんど無く精霊の力も弱い。俺が全力を出しても今の状態では難しいな」
「今の状態? って、わぁ!」
首を傾げる佳穂に見せつけるように、ベルンハルトは握った手のひらを開く。
開いた彼の手のひらからは、シャボン玉に似た輝きを持つ透明の光の玉がいくつも現れ室内を漂う。
「魔力が半減している。月の光、満月の力を使えば何とか隙間を開けるかも知れぬ」
「満月? じゃあ、次の満月の日を調べてみますね」
触れても弾けないシャボン玉に目を輝かせて触れていた佳穂は、棚の上で充電していたタブレットを取り出して次の満月が何時かを調べ始めた。
「えっと、次の満月は、二十日後ですね」
「二十日か……それだけあれば此方の世界を楽しめるな」
「えっ」
ニヤリ、と効果音が聞こえてきそうな悪い笑みを浮かべたベルンハルトの表情から、何を考えたのかうっすら分かってしまい佳穂の背中に冷たい汗が流れた。
「ちょっ、観光する気満々ですか? ベルンハルトさんは皇帝陛下でしょう? 国を離れてしまったら、臣下の方々や皇帝のお仕事は大丈夫ですか? それに、急に居なくなってしまったら家族の方は心配しているのではないですか? えっと、奥さんとか恋人とか」
パチンッ、ベルンハルトが軽く右手を振り、シャボン玉は一斉に弾けて消えた。
「俺の不在程度で崩れるほど帝国は脆弱ではない。それに、俺には心配する家族など、妃と呼ぶ女はいない」
「そうなの? 皇帝陛下ってお妃様達を囲っているのではないの?」
皇帝陛下の身分ならば華やかな後宮を持ち、美女の一人や二人や三人は囲っていそうなのにまさかの独身とは意外だった。
見た目から自分とそう変わらないくらいの年齢だろうベルンハルトは、皇帝の肩書きが無くとも女の子にはモテモテで選り取りみどりだろうに。
(まさか、この人は男色、彼女じゃなくて彼氏がいるんじゃ……有り得る)
性格はともかく、スタイル抜群に綺麗な顔をしたベルンハルトは、男性から見ても魅力的だろう。
引き攣った顔で佳穂がベルンハルトを見ると、考えを読んだベルンハルトは苛立ちをあらわに舌打ちした。
「後宮には妃候補を狙っているらしい多数の女達が暮らしているが、俺にとっては後宮の女は性欲処理か義務で抱くだけ、それだけの相手だ。皇后になるという欲を持ち、媚びて近付いて来る女達には食指は動かん。後宮に一定の女が必要だからは置いているだけだ。それ以外は、俺に叛意を持つ者の炙り出しには使えるか」
「ちょっ、性欲処理とか最低発言!」
思いが口から出た佳穂は、顔を歪めて後退る。
最低と言いつつも、美貌以外に地位も権力も持つベルンハルトが言うと何故か許されるような気もして、イケメンはお得だという羨ましさと呆れという、佳穂は相反する複雑な気持ちになってしまった。
「最低、だと?」
生まれて初めて、ほぼ初対面の女から批判されたベルンハルトは、大きく目を見開く。
長い付き合いの宰相から最低だと言われたことがあっても、彼以外に後宮の女達への対応を悪く言う者はいなかった。
黙ったベルンハルトと佳穂の間に微妙な空気が流れる。
気まずさからこの場から離れたくなるが、このままでは彼に伝えたいことを言えない。佳穂は意を決して口を開いた。
「あの、ベルンハルトさん。この後、買い物に行こうと思います。一緒に来てもらってもいいですか?」
「買い物?」
「ええ、食材とベルンハルトさんの服を買いに行こうかと。服は試着してもらわなきゃサイズが分からないから。あの、外へ出るのは嫌ですか?」
「いいや? 好都合だ」
逸らしていた視線を戻し、ベルンハルトは佳穂を見て笑う。それは作り物めいた綺麗な笑みではなく、初めて見る彼の自然な笑い方だった。
10
お気に入りに追加
255
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる