上 下
22 / 25
2章.あやかし探偵俱楽部の事件簿

獣憑き②

しおりを挟む
「うぎゃぎゃぎゃ!」
「ひぃ、あぁあ……」

 睨んでいた鈴から倒れている女子生徒のもとへ戻った川合さんは、恐怖と痛みで悲鳴を上げた女子生徒を見下ろし楽しそうに口角を上げて笑う。

「うああー!」

 口元を赤く染めた川合さんが大きく口を開き、動けないでいる女子生徒の肩に噛みつく。
 噛みつかれた痛みで、女子の声が弱弱しくなっていく。

(このままで見ていたら、襲われている子は重傷を負ってしまうし、操られている川合さんも人の世界に戻ってこれなくなっちゃう!)

 震える体を叱咤して、鈴は渡り廊下の柱に手をつくと大きく息を吸い込んだ。

「やめなさい!」
【鈴! 駄目だよアイツには届かない! こなくそっ!】

 ボンッ!

 子狐が放った火の玉は、川合さんの体から出て来た黒色の靄によって防がれて、彼女には届かない。

【ぐるるる……】

 川合さんの動きが止まり、女子生徒の肩から口を外すと上半身を起こしてゆっくりと振り返った。

「ひぃっ」

 渡り廊下の柱の影から顔を出した万智子は、振り返った川合さんを顔を見て悲鳴を漏らす。
 口の周りを赤く染め、乱れた着物に血を飛び散らした川合さんの姿は、万智子が愛読している妖怪辞典に載っている鬼女そのものだった。

「か、川合さんは妖なの?」

 作り物とは違う、本物の怪異を前にした恐怖から万智子は体を震わせた。

「万智子さん、下がっていて。川合さんじゃないわね。貴女、誰なの! 今すぐ川合さんから離れなさい!」

 鈴の声に答えるように、口を笑みの形に動かした川合さんの口と鼻から黒色の靄が漏れ出て、彼女の体を覆いつくした。

「何あれ⁉」
「万智子さんは先に逃げて!」
「ちょっと! 何言っているのよ! あっ」

 鈴の側に戻ろうとした万智子の肩に子狐が飛び乗り、動きを止めた彼女の目から光が消える。

【鈴の言う通り戻っていて】

 尻尾を振った子狐が肩から飛び下りると、万智子は足元をふらつかせながら教室の方へと歩き出した。

【鈴も逃げなよ。ちょっと疲れるけど本気を出すから。コイツを消してやるんだ!】
「駄目。川合さんをこのままにしておけないわ。早くアレを分離させなきゃ」

 唸り声を上げる川合さんは、歯を剥き出しにして鈴と子狐を威嚇する。
 敵と認識した鈴に飛び掛かろうと、川合さんは体勢を低くして大きく口を開けた。

「近付くな」
【ぎゃあっ!?】

 気配も足音も無く、渡り廊下の柱の影から現れた男性の手が、川合さんの頭を鷲掴みにする。


【がああ! ぐぎゃああ!】

 シュウウウ……

 鷲掴みにされた川合さんの顔は苦悶に歪み、全身から放たれていた黒い靄は霧散していった。

「この娘は俺のモノだ。お前ごときが触れていいモノではない。消えろ」

 柱の影から姿を現した緋が冷たく言い放つと、川合さんの周りに紅蓮の炎が出現した。

【ぎいゃああああー!!】

 紅蓮の炎は、川合さんの口と鼻から噴き出した黒色の靄を包み込むように大きく膨れ上がり、瞬く間に消えた。

 トサッ!

 口を半開きにして白目を剥いた川合さんは、糸が切れた操り人形のようにうつ伏せに地面へ倒れた。

「緋さん、どうなったの? 川合さんは大丈夫なの?」
「この娘は、悪意を持った妖が使役したモノに取り込まれ、操られていただけだ。校舎中に漂う瘴気の主は、生徒の中でも強い精気の持ち主である鈴を狙ったのだろう」
「妖が私を狙ったの?」
「ああ。だが、俺が鈴に手出しさせるわけないだろう」

 胸元に両手を当てる鈴の頭に手を置き、無表情のままで淡々と言う緋の手の平は言葉とは違ってあたたかかった。

「……うん。ありがとう」

 緋の大きな手で撫でられると、恐怖心が和らいでいくのを感じた鈴は目を細めた。

「火廣先生! 鈴、大丈夫?」

 血相を変えた数人の教師と教室へ戻っていた万智子が駆け付ける前に、鈴の頭を撫でていた緋の手が離れていく。
 川合さんと彼女に襲われて気を失っていた女子は、教師が運んできた担架に乗せられて医務室へ搬送されていった。

「ひ、火廣先生、何が起こったのでしょうか?」
「私は通りがかっただけですから、詳しい事情は暴れた女子に訊かないとわかりません。被害者と目撃者がいる以上、有耶無耶にするわけにはいかないでしょうね」

 顔色の悪い副学長からの問いに、淡々と答える緋の視線は校舎の三階、三年生の教室へ向けられていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

八代とお嬢

えりー
恋愛
八代(やつしろ)は橋野みくる(はしの みくる)の為に昔作られた刀だ。 橋野家は昔から強い霊力をもって生まれてくる女児がいる。 橋野家にいた当時の当主は預言者に”八代目の当主はけた外れの霊力を持って生まれてくる。その女児を護る為の刀を作れ”と言われる。 当主は慌てて刀を造らせた。 それが八代だった。 八代には変化の力があった。 八代目の当主が生まれるまで封印されることになる。 どのくらいの時が経ったかわからなくなった頃封印を破った女児がいた。 それがみくる。八代目の当主だった。 それから八代はみくるの傍から片時も離れない。 みくるは産まれた時から外へは出してもらえない。 強い霊力を持っているため魔物に狙われるからだ。 いつも八代に付きまとわれていた。 それが嫌である日橋野家を抜け出し魔物に襲われる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...