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1章.少女と付喪神

従兄妹達と伯父

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 高梨家の裏門に待機していた馬車へ、黒色の外套を羽織り帽子をかぶった医者が乗り込み、見送りに出ていた若い女中は深々と頭を下げた。

 敷地の奥、高梨家の者以外は近寄らないようにと言いつけられている、奥の蔵と呼ばれる古い蔵から気を失った兄弟と使用人達が発見されてから、今日で三日目。
 屋敷内には、若い女中でも分かるほど異様な緊張感と雰囲気が漂っていた。

(お坊ちゃんとお嬢さん、悪い病でなければいいけれど……そういえば、離れの子は見てないわね。どうしたのかしら?)

 ここ三日間ほど、居候だという少女は食事を受け取りに母屋の台所へ顔を出していない。
 若い女中は離れの方をちらりと見て、首を振り勝手口から母屋へ戻って行った。


 上座に座り、報告書の束を片手に顔を歪めている章宏へ向けて、使用人頭の中年男性と女中頭の初老の女性は畳に擦り付けて頭を下げた。

「旦那様、医師の処方箋を服薬してもお坊ちゃまとお嬢様の熱が下がりません。先ほども、看病する女中を見てお坊ちゃまは悲鳴を上げて、『化け物だ』と叫んで錯乱したご様子でした」

 お坊ちゃまに頬を引っ掻かれ、酷い引っ掻き傷を負った女中頭の女性は、疲労の色が浮かぶ顔を歪めて章宏の息子と娘の様子を報告する。

「一緒に蔵に入った使用人のうち、一人は食事もほとんど食べられず寝付いていますし、もう一人も酷く怯えてほとんど会話が出来ない状態です。これは、あの蔵に住まう妖共の仕業かと。神主様に来ていただいた方が良いのでは」
「必要ない!」

 報告書の束を畳に叩き付け、額に青筋を浮かべた章宏は使用人頭の言葉にかぶせて言い放つ。

「使えない使用人などいらん。章晴と尚子は心が弱いだけだ。そんなことより、この事業が失敗するとは……赤字どころじゃない。ここまで落ち込むとは……クソッ」

 眉を吊り上げて使用人頭と女中頭を睨んだ章宏は、ギリギリと奥歯を噛み締める。

「やはり、章晴と尚子は御刀様に認められなかったいうことか。どちらも認められなかったとなると、私の次期当主としての信用問題に関わる」

 “奥の蔵”に入った高梨家本家筋の子どもは、隠し部屋に祀られている御刀様に認められれば当主となる資格を得られる。

 二十年前、父親の命によって奥の蔵へ入った章宏は、隠し部屋に辿り着くことすら出来なかった。
 暗闇に恐怖を抱く章宏にとって、真っ暗な蔵の中を片付けるなど一人では無理な話だったのだ。
 異様な雰囲気を纏い、風もないのに小刻みに揺れる古道具達。
 恐怖のあまり嘔吐失禁までして、扉の前で待機していた使用人に救出されたのは苦い記憶として残っている。

 御刀様に認められるかもしれないと、期待を込めて送り出した章晴と尚子は夕刻になっても蔵から出て来ず、子供たちの身を案じた妻が使用人達に蔵の扉を開けさせてしまった。
 二人の子どもは収蔵品に埋もれ、嘔吐失禁して気絶した状態で発見されたのだった。

「となれば、御刀様に捧げる贄は、高梨の直系の子どもはあの娘しか残っておらぬのか」

 御刀様に認められ下降している事業が上向くのならば、自分が当主と成れるのならば、高梨家の本家筋で贄とする者は誰でもよかった。

「面倒なごく潰しかと思っていたが、我が高梨家のために役立ってもらうぞ。お前達、早急に例の物を手配しろ!」

 血走った目をした章宏は立ち上がり、唾を飛ばしながら使用人頭と女中頭に命じた。
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