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1章.少女と付喪神

祀られていた妖刀②

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 壁には解読不明な文字が書かれた無数の札が貼られ、注連縄まで張り巡らされている。
 先ほどまで居た暗い蔵の中から、全く別の場所へ転移したのかと鈴は部屋の中央を見て、眉間に皺を寄せた。

「御札が貼られた刀……怪しいわ」

 注連縄に囲まれた中心に置かれているのは、漆黒の刀掛けと鞘全体を覆うように御札が貼られている長刀だった。

 いかにもいわくつきだと表現している長刀は、勘の鈍い鈴でも分かる得体の知れない雰囲気を纏っている。

「もしかして、この刀の手入れをするように旦那様は坊ちゃん達に言ったのかしら」

 この、いわくつきだと分かる刀には近付いてはならないと、鈴の本能が頭の中で警笛を鳴らす。
 全身に鳥肌が立ち、恐怖で足が竦んだ。

 こんな怖い刀の手入れなどしたくは無い。とはいえ、夕方までに蔵の片付けをしなければ我儘な従兄弟達と伯父に食事抜きか折檻されるだろう。
 得体の知れない刀と伯父一家による折檻、どちらが怖いかなど考えなくとも答えは出ている。

 意を決した鈴は注連縄をくぐり抜け、震える指先で刀掛けに掛けられた刀の鞘へ触れた。

(これは……鞘の御札が破れかけている。しばらく手入れされてなかったのね。この刀の埃を払ってあげればいいのかな。あれ、鞘にヒビが入っている)

「痛っ!」

 鍔に触れた人差し指に鋭い痛みが走り、痛みに驚いて鈴は触れていた手を引っこめた。
 指先には刃物で切ったような深い傷が付いており、傷口から溢れ出た鮮血がポタリと刀の上へ滴り落ちた。

「血が、どうしよう。ええっ?」

 指先から滴り落ちた血は、刀の(はばたき)を伝い鞘の中、刃へ吸い込まれていく。

 ぶわっ!

 大きく目を見開いた鈴が後退しようとした瞬間、刀全体から赤黒い霧が吹きだして辺りを覆った。

 刀身から噴き出した赤黒い霧は一気に鈴の全身を覆いつくした。
 視界が真っ赤に染まる恐怖で、鈴は手足を振り回してもがく。

【これでは足りぬ。血を、もっと、血を……】

 地の底から響くような低い男の声が頭の中に響き、鈴は声にならない悲鳴を上げた。
 赤黒い霧は鈴の悲鳴をも飲み込み、人差し指先へ見えない舌を伸ばし傷口から滴る血を舐め取る。

【高梨! 古の盟約を忘れたか!】

 怒りの感情をぶつけてくる恐ろしい何者かの声。
 体中にまとわりつく霧から逃れようと、鈴は手と首を左右に振った。

「そんなの知らない! 私は高梨家の者じゃない!」

 駆け落ちして勘当された卑しい娘の子だと言われ、伯父達からは高梨家の血筋だと認められてもいないのだ。
 自分達にとって都合のいい時だけ高梨家の者扱いをしないでもらいたい。

 叫んで助けを求めても、心の奥で無駄だと諦めの感情が生じる。
 ここには同情してくれる者はいても、自分の身を挺して守ってくれる者はいないのだから。

「助けてお母さんっ!」

 胸元へ手を伸ばし、涙を流して亡き母に助けを求めていた。

 パリィーン!

 手を当てた胸元が熱くなり、硝子が砕け散る音が響く。

【ぐっ、これは⁉】

 驚愕の声が耳元で聞こえ、赤黒い霧の動きが止まる。
 部屋中を覆いつくしていた赤黒い霧は、契れた注連縄の中央に置かれている刀に吸い込まれていった。


 つい数秒前の出来事が夢か幻だったかのように、静まり返る室内に鈴の荒い呼吸だけが聞こえる。
 両脚から力が抜けていき、よろめいた鈴は側にある柱に掴まった。

「うう、何だったの?」

 掴まっている柱が纏う布地を握る指に力を込めて、ハッと鈴は顔を上げた。

 小部屋の中央に掴まれる柱などあっただろうか。
 そもそも、柱にしては掴んでいるコレは柔い上に、布地を纏っているのはどういうことか。
 動きを停止させた鈴の顔から血の気が引き、嫌な予感で背筋が寒くなっていく。

「ちっ」

 頭の上から盛大な舌打ちが聞こえても、鈴は顔を動かして自分の横を確認することは出来なかった。

「おのれ、高梨の者め。隷属の鎖など用意しおって。小娘の血に呪いを混ぜ込み、俺を縛るとは」

 低音の男の声は霧の中で聞こえてきた声と同じだった。

 浅い呼吸を繰り返す鈴の額から頬にかけて、冷たい汗が流れ落ちる。

「小娘、聞こえているだろう」
「ぎゃああっ!」

 肩を掴まれて無理矢理横を向かされ、鈴は大きく目と口を開いて絶叫した。
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