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1章.少女と付喪神

由緒ある“高梨家”

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 物心の付く前に植木職人だったという父親を亡くした鈴は、母親と二人で寄り添って下町の借家で生活をしていた。

 十五歳になってすぐに、母が病に倒れるまでは貧しくとも穏やかな生活が続くと思っていた。

「ううっ」
「お母さん、大丈夫?」
「少し眩暈がしただけ。大丈夫よ。ご飯の準備をするわね」

 数日前から「眩暈がする」と言っていた母親は、工場での作業中に倒れてしまい病院に運ばれて、一度も意識が戻らぬまま亡くなってしまった。
 近所の大人たちの力を借りてどうにか葬儀を終えた後、一人になった鈴は悲しみに暮れる暇すら与えられずに、母親の遺品と引き払う借家の片付けをすることとなった。

「……あの子をどうする? 引き取るのは無理だぞ」
「母親の親族が見つからなければ、十五になるし働いて自活させればいい」

 泣きながら遺品整理をしている鈴の耳に、孤児を誰が引き取るのかと相談する周囲の大人たちの話声が届く。
 胸が張り裂けそうな夜は、母親の遺骨が入った骨壺と遺品の首飾りを抱き締めて眠った。

「新木鈴さんですね?」
「……はい」

 知人に頼みこみ奉公先を探していた鈴の前に現れたのは、各都市で多くの事業を手掛けている古くからの名家、高梨家の使いの者だった。

 大した説明も無いまま、使いの者に半ば強引に連れて行かれたのは高梨家本邸。
 そこで待っていたのは、母親の兄だという高梨家当主代行の高梨章宏と彼の妻、波津子だった。

「この子が美幸の娘か?」

 広い部屋の中央、座布団も敷かれていない畳の上に正座をする鈴に近付き、章宏は無遠慮に顔を覗き込む。

「確かに、美幸の面影はあるな。庭師の男と駆け落ちして病気にかかって死んだ上に、役に立ちそうもない娘を押し付けるとは迷惑な話だ」

 使いの者のよそよそしい態度から歓迎はされていないと推測していたが、初対面の章宏から吐き捨てるように言われ怒りで鈴の体が震えた。

「いいか。お前の母親は政府高官へ嫁ぐ予定だったのに、庭師の男と駆け落ちをしたんだ。育てて貰った恩を忘れ、親父と兄である私の顔に泥を塗った。死んだとしても許されるものではない。よって、お前を高梨家の血筋とは認められん。お前を引き取ったのは、駆け落ちして死んだ美幸の醜聞を隠すためだ。使用人として離れには置いてやるが、絶対に母屋へは近付くな。連れて行け」
「はっ。おい、早く立て!」

 章宏の言葉を合図に鈴の周りを使用人が取り囲み、呆然としている彼女の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
 使用人達は引き摺るように鈴を室外へ連れて行き、裸足のまま母屋の外、数年は使われていなかっただろう老朽化した離れの建物へ押し込んだ。

 母親と暮らしていた借家から何も荷物を持って来れず、着の身着のまま高梨家へ連れて行かれた鈴に与えられたのは、使用人用の着物と最低限の生活用品だけ。
 洗濯は離れの側にある井戸から水を汲み自分で行い、食事は母屋の使用人用勝手口まで行き頭を下げて受け取らなければならない。

「……お母さん、私、帰りたいよ」

 唯一、懐に入れて持ち出せた母親の形見の玉の付いた首飾りを胸に抱き、灯りは古い提灯のみの薄暗い部屋で身を縮めて涙を流していた。


 ***


 高梨家で居候以下、使用人以下の扱いをされるのならばなぜ、ここに来させられたのか分からないまま、半月が過ぎた。

 昔から高梨家に仕えており、母親をよく知っていて鈴に同情的な初老の使用人と女中が他の者達の目を盗んで食事と日用品を持ってきてくれなければ、引き取られてすぐに鈴は衰弱して床に伏していただろう。
 使用人と女中の話によれば、鈴の祖父にあたる高梨家現当主、章政は五年前から体調を崩し入退院を繰り返しているらしい。
 現在は予断を許さない状況が続き、母親が亡くなったことも鈴が高梨家引き取られたことも、伝えられていないという。
 口には出さずとも、駆け落ちした娘のことを気にかけていた章政が、鈴の待遇を知ったら伯父一家を許さないはずだ、とも女中は憤っていた。


 ドンドンドン!

 激しく扉を叩く音が離れ全体に響き渡り、着物の解れを縫っていた鈴の手が止まる。

「おい! 出て来いよ!」

 ガラッ!

 声変わり途中の少年の声とともに引き戸が開かれ、どかどかと木の床板を足音踏む音が聞こえ、溜息を吐いた鈴は着物を畳の上に置いた。

 
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