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 テレビのバラエティー番組を見ながら夕食を食べているギルだが、彼の本来の姿は世界征服を企む悪の帝王ギルガメッシュ。
 統治する国の名前は……多種多様な種族が住まうガルダンシア帝国。

 五十年ほど前、ギル曰く欲深い先帝が近隣国を次々に征服していき、今では一つの大陸全土が帝国の支配下だという。
 帝国の世界征服を阻止しようと立ち上がった連合国軍と絶賛戦争中で、三月前に異世界から召喚された“予言の勇者”が現れたことにより、敗戦を余儀なくされている。

 予言の勇者に対抗するために勇者と同じ世界の住人、陽菜から採取したエナジーで帝国軍を強化しているらしい。
 “らしい”というのは、エナジーをどのように活用しているのか世界征服を企む悪の帝王という肩書だけで、ロクな使い方をしていないだろうと分かるので自分からは聞いていないからだ。

 テーブルの上に置いてある籠から蜜柑を一つ取り出し、皮を剥いてを食べている彼は頭に角が生えていても悪の帝王には見えない。

「ギルは帝王様なのに、私の家でのんびりしていていいの?」

 ふと、抱いていた疑問を陽菜は口に出す。

「ああ、今日は休戦日だからな」
「休戦日?」
「この世界にも定休日とやらはあるだろう。部下達にも休日は必要だからな」

 世界征服の戦いに定休日があると知り、陽菜は飲んでいた酒を吐き出しそうになった。

「定休日は勇者側もお休みになるの?」
「ああ」

 無表情で答えたギルは、蜜柑の皮を丁寧にティッシュでくるみ空になった食器と一緒にお盆の上へ乗せる。

「以前、兵力を投入して勇者達を追い詰めたことがあったが、司令官を任されていた奴の自業自得で負けた。魔力と肉体を強化しても、長期間の戦闘で極度の緊張を強いられたため阿呆になってな。陽菜の生活を知り、休日も必要だと理解した」
「あー、疲れると判断が変になることもあるからね」

 先週、偶然見てしまった日曜の朝にテレビ放送している子ども向け特撮番組で、悪の親玉にこき使われた挙句ヒーローに負けた怪人が「こんなブラック職場は嫌だー!」と嘆いていた場面を思い出した。
 毎回、ストレスが多そうなブラック職場で働く怪人は負けて、仲間と青春を楽しんでいる正義のヒーローが勝利する。
 過度なストレスと製作者の都合で、悪役は毎回負けるのだ。勝てたとしても物語の展開上、ヒーローの成長に必要だと製作者に判断された時のみ。

(世界征服を企む悪い帝国と戦う勇者様って、子どもが喜ぶ戦隊ヒーローみたい。私の役目は、悪の帝王に騙されている協力者ってところね)

 何故か、そんな考えが陽菜の頭の中に浮かんで消えた。

「ギルはこんなに部下想いなのに、無理して戦わないで和平交渉すればいいのに。貴方は世界征服をしたいの?」
「さてな」

 問いには答えず、椅子から立ち上がったギルは食器を乗せたお盆を手にする。
 酒を飲み終えた陽菜がテーブルへ置くと、すぐにギルの手が伸びて空のグラスを掴みお盆に乗せ、彼はキッチンへと向かった。

(異世界のことなのに、関わるのは駄目だと分かっていてもギルのことが心配になるのは……何度もセックスしているせいで彼に情が移ったのね。これ以上ハマらないよう、気を付けなきゃ)

 髪を結んでいたシュシュを外して顔を動かした時、キッチンから戻って来たギルと目が合う。

「気にするな」

 フンッと鼻を鳴らし、ギルは陽菜の座る椅子の背凭れを掴む。
 じっと陽菜を見下ろすギルの手には大きなバナナがあった。

「俺の感情など不要。我が帝国が世界を統べることが先帝の望みであり、俺の存在意義だからだ」
「先帝の望み? ギルが世界征服を望んでいないのなら、そんなこと止めればいいのに」

 音声だけみたらシリアスなのに、バナナの皮を片手で剥きながら言ってくれるものだから、声に合わないギルの動きはコミカルなものに見えた。

「簡単に言ってくれる」

 目を細めたギルは、皮を剥いたバナナにかぶりつく。

「長きに渡り燃え盛る戦火、他国が向ける遺恨は簡単には消えぬ」

 僅かに口角を上げたギルの表情は悪者そのもの。
 寒気がするほど綺麗な顔を歪めるのは、世界征服を企む悪の帝王。
 バナナのせいで若干薄まっていても、異世界では人々から畏怖される恐ろしい男だ。
 突然やって来て説明なしに陽菜を強姦した、最低最悪の男だと分かっている。
 分かっているのに、食器を運んでくれてさり気無く気遣いをしてくれる一面、表面上の言葉の裏にある彼の優しさを知ってしまうと怖くない。

「ギルが怪我をするのは、嫌だな」
「は?」

 するりと陽菜の口から出て来た言葉を聞き、バナナにかぶりついたままギルは固まった。
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