5 / 22
05.
しおりを挟む
魔法と科学が融合した世界、所謂異世界から来たギルは人とは違う種族で、装備している厳つい甲冑はこの世界に馴染むための装備品であり、彼の仕事着(理解不明)だという。
多種多様な種族が存在する世界の中でも、一番多い種族はこの世界と同じく人族。
植物系、妖精系、魔獣系とも違う稀有な種族だというギルの種族は、どんなものなのかもう怖くて聞く気にもならないため、分からない。
体格は筋肉質で細身、といっても身長が二メートル近くあるギルはダイニングチェアからはみ出て座り、無表情でテレビのお笑い番組を見ている。
否、時折口の端が震えているから笑っているのかも。
考えていることが読めないこの男の本名は、ギルではなくギルガメッシュ・ナイトメア・アーノルド・何とかという名前だ。
長い本名を何度聞いても全て覚えられず、陽菜は「ギル」と呼んでいる。
最初は眉を顰めていたギルも、特に文句は言わずにいるところをみると、陽菜が本名を覚えるのを諦めたのだと察しているのだろう。
大層な名前を持つギルは異世界の悪役、世界征服を企む悪い帝国の極悪帝王様らしい。
甲冑装備しているだけで不審者な男が、女性の一人暮らしの部屋へ侵入している時点で通報案件なのに、悪の帝王という設定とエナジーよこせというおかしい発言も、長すぎる名前からして厨二病を患っている方か、禁止薬物を常用している危険人物なのか。
それとも、未知なる生物と脳内で交信している強すぎる感受性をお持ちの方なのかと、初対面では拉致されて売られるか犯されるのではないかという恐怖のあまり失神しかけた。
学生時代読んでいたファンタジーな恋愛漫画では、異世界転移してきた相手と恋に落ちる……という展開になっていた。
しかし、棘や鋲とギラギラした金属で出来た武骨な甲冑の下の素顔がいくら麗しいとはいえ、ギルは頭に二本の角を生やして今は引っ込めている指先に鋭い爪を持った人外だ。
恐慌状態になっていた陽菜へ、理解しきれない契約を持ち掛けたこの男に惚れることは絶対に無いと、少しだけ彼と親しくなった今でも思っている。
(異性として好きになることは無いわ。契約しちゃった以上は受け入れなければならないし……ギルとえっちなことをするのは、気持ちイイし、した後は肌の調子も良くなる、から)
先ほど、人差し指を這うように舐めたギルの舌の感触を、背中が粟立つ感覚を思い出してしまい、下半身がきゅうっと疼きだす。
武術の達人の心境になり下腹部に力を入れ、下半身の厭らしい疼きをやり過ごすため陽菜は深い息を吐き目蓋を閉じた。
***
異世界の極悪帝王、ギルガメッシュことギルとの出会いは、陽菜の記憶に在る中でも最悪な出来事だった。
初詣で引いてしまった大凶のおみくじはこのことを指示していたのかと、今なら納得がいく。
最悪な初対面は、今から遡ること三か月前のこと。
連日の残業で疲れ果てて帰宅し、エコバックを手にしてリビングダイニングへ足を踏み入れた陽菜は、ポカンと口を開きその場で固まった。
照明のスイッチを押していない暗い室内の中央、ソファー付近にバレーボール大の紫色の光が出現したのだ。
「え、あ、ええ?」
大きくなっていく球体を凝視し、口を開閉する陽菜の体は金縛りになったように動けなくなった。
パアアアー、ミシミシミシ……
球体の大きさが直径一メートルを超えたくらいになり、ピシリと表面に亀裂が入っていき亀裂から目が眩むほど強い光が放たれる。
強烈な光は徐々に消えていき、陽菜は閉じていた目蓋を開き……大きく見開いた。
「……は?」
光の球体があった部屋の中央に居たのは、表面に金粉を撒いてあるように黒光りする厳つい甲冑だった。
甲冑は金属音が軋む音を響かせ、首をぐるりと動かし室内を見渡す。
「何だ此処は? 物置か?」
首から上全体を覆う兜のせいでくぐもっているが、発せられた声は若い男のものだった。
「魔素はほとんどない世界か。だがそれなりに文明は進んでいるようだな」
テレビや棚の上に置いてあるデジタル時計、照明器具を確認した甲冑は頷くと体の向きを変える。
軋み音を立てて甲冑が陽菜の方を向き、そこでやっとこの甲冑は部屋へ不法侵入したのだと脳が理解した。
「へ、変質者! もがっ」
悲鳴を上げようと開いた陽菜の口を、甲冑の背後から勢いよく伸びて来た黒い何かが塞ぐ。
表面だけ柔らかく中心部が硬い黒い何か、触手というものかは、陽菜の口腔内で数本に分裂して細くなり舌を絡めとり言葉を奪う。
「ちっ、本当にこの世界で合っているのか。しかも、こんな貧相な女が? 探していた最上級だと?」
舌打ちした甲冑から更に触手が伸び、口を塞ぐ触手を引っ張ろうとする陽菜の両腕に絡み付いた。
多種多様な種族が存在する世界の中でも、一番多い種族はこの世界と同じく人族。
植物系、妖精系、魔獣系とも違う稀有な種族だというギルの種族は、どんなものなのかもう怖くて聞く気にもならないため、分からない。
体格は筋肉質で細身、といっても身長が二メートル近くあるギルはダイニングチェアからはみ出て座り、無表情でテレビのお笑い番組を見ている。
否、時折口の端が震えているから笑っているのかも。
考えていることが読めないこの男の本名は、ギルではなくギルガメッシュ・ナイトメア・アーノルド・何とかという名前だ。
長い本名を何度聞いても全て覚えられず、陽菜は「ギル」と呼んでいる。
最初は眉を顰めていたギルも、特に文句は言わずにいるところをみると、陽菜が本名を覚えるのを諦めたのだと察しているのだろう。
大層な名前を持つギルは異世界の悪役、世界征服を企む悪い帝国の極悪帝王様らしい。
甲冑装備しているだけで不審者な男が、女性の一人暮らしの部屋へ侵入している時点で通報案件なのに、悪の帝王という設定とエナジーよこせというおかしい発言も、長すぎる名前からして厨二病を患っている方か、禁止薬物を常用している危険人物なのか。
それとも、未知なる生物と脳内で交信している強すぎる感受性をお持ちの方なのかと、初対面では拉致されて売られるか犯されるのではないかという恐怖のあまり失神しかけた。
学生時代読んでいたファンタジーな恋愛漫画では、異世界転移してきた相手と恋に落ちる……という展開になっていた。
しかし、棘や鋲とギラギラした金属で出来た武骨な甲冑の下の素顔がいくら麗しいとはいえ、ギルは頭に二本の角を生やして今は引っ込めている指先に鋭い爪を持った人外だ。
恐慌状態になっていた陽菜へ、理解しきれない契約を持ち掛けたこの男に惚れることは絶対に無いと、少しだけ彼と親しくなった今でも思っている。
(異性として好きになることは無いわ。契約しちゃった以上は受け入れなければならないし……ギルとえっちなことをするのは、気持ちイイし、した後は肌の調子も良くなる、から)
先ほど、人差し指を這うように舐めたギルの舌の感触を、背中が粟立つ感覚を思い出してしまい、下半身がきゅうっと疼きだす。
武術の達人の心境になり下腹部に力を入れ、下半身の厭らしい疼きをやり過ごすため陽菜は深い息を吐き目蓋を閉じた。
***
異世界の極悪帝王、ギルガメッシュことギルとの出会いは、陽菜の記憶に在る中でも最悪な出来事だった。
初詣で引いてしまった大凶のおみくじはこのことを指示していたのかと、今なら納得がいく。
最悪な初対面は、今から遡ること三か月前のこと。
連日の残業で疲れ果てて帰宅し、エコバックを手にしてリビングダイニングへ足を踏み入れた陽菜は、ポカンと口を開きその場で固まった。
照明のスイッチを押していない暗い室内の中央、ソファー付近にバレーボール大の紫色の光が出現したのだ。
「え、あ、ええ?」
大きくなっていく球体を凝視し、口を開閉する陽菜の体は金縛りになったように動けなくなった。
パアアアー、ミシミシミシ……
球体の大きさが直径一メートルを超えたくらいになり、ピシリと表面に亀裂が入っていき亀裂から目が眩むほど強い光が放たれる。
強烈な光は徐々に消えていき、陽菜は閉じていた目蓋を開き……大きく見開いた。
「……は?」
光の球体があった部屋の中央に居たのは、表面に金粉を撒いてあるように黒光りする厳つい甲冑だった。
甲冑は金属音が軋む音を響かせ、首をぐるりと動かし室内を見渡す。
「何だ此処は? 物置か?」
首から上全体を覆う兜のせいでくぐもっているが、発せられた声は若い男のものだった。
「魔素はほとんどない世界か。だがそれなりに文明は進んでいるようだな」
テレビや棚の上に置いてあるデジタル時計、照明器具を確認した甲冑は頷くと体の向きを変える。
軋み音を立てて甲冑が陽菜の方を向き、そこでやっとこの甲冑は部屋へ不法侵入したのだと脳が理解した。
「へ、変質者! もがっ」
悲鳴を上げようと開いた陽菜の口を、甲冑の背後から勢いよく伸びて来た黒い何かが塞ぐ。
表面だけ柔らかく中心部が硬い黒い何か、触手というものかは、陽菜の口腔内で数本に分裂して細くなり舌を絡めとり言葉を奪う。
「ちっ、本当にこの世界で合っているのか。しかも、こんな貧相な女が? 探していた最上級だと?」
舌打ちした甲冑から更に触手が伸び、口を塞ぐ触手を引っ張ろうとする陽菜の両腕に絡み付いた。
0
お気に入りに追加
190
あなたにおすすめの小説


愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?


貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる