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魔法と科学が融合した世界、所謂異世界から来たギルは人とは違う種族で、装備している厳つい甲冑はこの世界に馴染むための装備品であり、彼の仕事着(理解不明)だという。
多種多様な種族が存在する世界の中でも、一番多い種族はこの世界と同じく人族。
植物系、妖精系、魔獣系とも違う稀有な種族だというギルの種族は、どんなものなのかもう怖くて聞く気にもならないため、分からない。
体格は筋肉質で細身、といっても身長が二メートル近くあるギルはダイニングチェアからはみ出て座り、無表情でテレビのお笑い番組を見ている。
否、時折口の端が震えているから笑っているのかも。
考えていることが読めないこの男の本名は、ギルではなくギルガメッシュ・ナイトメア・アーノルド・何とかという名前だ。
長い本名を何度聞いても全て覚えられず、陽菜は「ギル」と呼んでいる。
最初は眉を顰めていたギルも、特に文句は言わずにいるところをみると、陽菜が本名を覚えるのを諦めたのだと察しているのだろう。
大層な名前を持つギルは異世界の悪役、世界征服を企む悪い帝国の極悪帝王様らしい。
甲冑装備しているだけで不審者な男が、女性の一人暮らしの部屋へ侵入している時点で通報案件なのに、悪の帝王という設定とエナジーよこせというおかしい発言も、長すぎる名前からして厨二病を患っている方か、禁止薬物を常用している危険人物なのか。
それとも、未知なる生物と脳内で交信している強すぎる感受性をお持ちの方なのかと、初対面では拉致されて売られるか犯されるのではないかという恐怖のあまり失神しかけた。
学生時代読んでいたファンタジーな恋愛漫画では、異世界転移してきた相手と恋に落ちる……という展開になっていた。
しかし、棘や鋲とギラギラした金属で出来た武骨な甲冑の下の素顔がいくら麗しいとはいえ、ギルは頭に二本の角を生やして今は引っ込めている指先に鋭い爪を持った人外だ。
恐慌状態になっていた陽菜へ、理解しきれない契約を持ち掛けたこの男に惚れることは絶対に無いと、少しだけ彼と親しくなった今でも思っている。
(異性として好きになることは無いわ。契約しちゃった以上は受け入れなければならないし……ギルとえっちなことをするのは、気持ちイイし、した後は肌の調子も良くなる、から)
先ほど、人差し指を這うように舐めたギルの舌の感触を、背中が粟立つ感覚を思い出してしまい、下半身がきゅうっと疼きだす。
武術の達人の心境になり下腹部に力を入れ、下半身の厭らしい疼きをやり過ごすため陽菜は深い息を吐き目蓋を閉じた。
***
異世界の極悪帝王、ギルガメッシュことギルとの出会いは、陽菜の記憶に在る中でも最悪な出来事だった。
初詣で引いてしまった大凶のおみくじはこのことを指示していたのかと、今なら納得がいく。
最悪な初対面は、今から遡ること三か月前のこと。
連日の残業で疲れ果てて帰宅し、エコバックを手にしてリビングダイニングへ足を踏み入れた陽菜は、ポカンと口を開きその場で固まった。
照明のスイッチを押していない暗い室内の中央、ソファー付近にバレーボール大の紫色の光が出現したのだ。
「え、あ、ええ?」
大きくなっていく球体を凝視し、口を開閉する陽菜の体は金縛りになったように動けなくなった。
パアアアー、ミシミシミシ……
球体の大きさが直径一メートルを超えたくらいになり、ピシリと表面に亀裂が入っていき亀裂から目が眩むほど強い光が放たれる。
強烈な光は徐々に消えていき、陽菜は閉じていた目蓋を開き……大きく見開いた。
「……は?」
光の球体があった部屋の中央に居たのは、表面に金粉を撒いてあるように黒光りする厳つい甲冑だった。
甲冑は金属音が軋む音を響かせ、首をぐるりと動かし室内を見渡す。
「何だ此処は? 物置か?」
首から上全体を覆う兜のせいでくぐもっているが、発せられた声は若い男のものだった。
「魔素はほとんどない世界か。だがそれなりに文明は進んでいるようだな」
テレビや棚の上に置いてあるデジタル時計、照明器具を確認した甲冑は頷くと体の向きを変える。
軋み音を立てて甲冑が陽菜の方を向き、そこでやっとこの甲冑は部屋へ不法侵入したのだと脳が理解した。
「へ、変質者! もがっ」
悲鳴を上げようと開いた陽菜の口を、甲冑の背後から勢いよく伸びて来た黒い何かが塞ぐ。
表面だけ柔らかく中心部が硬い黒い何か、触手というものかは、陽菜の口腔内で数本に分裂して細くなり舌を絡めとり言葉を奪う。
「ちっ、本当にこの世界で合っているのか。しかも、こんな貧相な女が? 探していた最上級だと?」
舌打ちした甲冑から更に触手が伸び、口を塞ぐ触手を引っ張ろうとする陽菜の両腕に絡み付いた。
多種多様な種族が存在する世界の中でも、一番多い種族はこの世界と同じく人族。
植物系、妖精系、魔獣系とも違う稀有な種族だというギルの種族は、どんなものなのかもう怖くて聞く気にもならないため、分からない。
体格は筋肉質で細身、といっても身長が二メートル近くあるギルはダイニングチェアからはみ出て座り、無表情でテレビのお笑い番組を見ている。
否、時折口の端が震えているから笑っているのかも。
考えていることが読めないこの男の本名は、ギルではなくギルガメッシュ・ナイトメア・アーノルド・何とかという名前だ。
長い本名を何度聞いても全て覚えられず、陽菜は「ギル」と呼んでいる。
最初は眉を顰めていたギルも、特に文句は言わずにいるところをみると、陽菜が本名を覚えるのを諦めたのだと察しているのだろう。
大層な名前を持つギルは異世界の悪役、世界征服を企む悪い帝国の極悪帝王様らしい。
甲冑装備しているだけで不審者な男が、女性の一人暮らしの部屋へ侵入している時点で通報案件なのに、悪の帝王という設定とエナジーよこせというおかしい発言も、長すぎる名前からして厨二病を患っている方か、禁止薬物を常用している危険人物なのか。
それとも、未知なる生物と脳内で交信している強すぎる感受性をお持ちの方なのかと、初対面では拉致されて売られるか犯されるのではないかという恐怖のあまり失神しかけた。
学生時代読んでいたファンタジーな恋愛漫画では、異世界転移してきた相手と恋に落ちる……という展開になっていた。
しかし、棘や鋲とギラギラした金属で出来た武骨な甲冑の下の素顔がいくら麗しいとはいえ、ギルは頭に二本の角を生やして今は引っ込めている指先に鋭い爪を持った人外だ。
恐慌状態になっていた陽菜へ、理解しきれない契約を持ち掛けたこの男に惚れることは絶対に無いと、少しだけ彼と親しくなった今でも思っている。
(異性として好きになることは無いわ。契約しちゃった以上は受け入れなければならないし……ギルとえっちなことをするのは、気持ちイイし、した後は肌の調子も良くなる、から)
先ほど、人差し指を這うように舐めたギルの舌の感触を、背中が粟立つ感覚を思い出してしまい、下半身がきゅうっと疼きだす。
武術の達人の心境になり下腹部に力を入れ、下半身の厭らしい疼きをやり過ごすため陽菜は深い息を吐き目蓋を閉じた。
***
異世界の極悪帝王、ギルガメッシュことギルとの出会いは、陽菜の記憶に在る中でも最悪な出来事だった。
初詣で引いてしまった大凶のおみくじはこのことを指示していたのかと、今なら納得がいく。
最悪な初対面は、今から遡ること三か月前のこと。
連日の残業で疲れ果てて帰宅し、エコバックを手にしてリビングダイニングへ足を踏み入れた陽菜は、ポカンと口を開きその場で固まった。
照明のスイッチを押していない暗い室内の中央、ソファー付近にバレーボール大の紫色の光が出現したのだ。
「え、あ、ええ?」
大きくなっていく球体を凝視し、口を開閉する陽菜の体は金縛りになったように動けなくなった。
パアアアー、ミシミシミシ……
球体の大きさが直径一メートルを超えたくらいになり、ピシリと表面に亀裂が入っていき亀裂から目が眩むほど強い光が放たれる。
強烈な光は徐々に消えていき、陽菜は閉じていた目蓋を開き……大きく見開いた。
「……は?」
光の球体があった部屋の中央に居たのは、表面に金粉を撒いてあるように黒光りする厳つい甲冑だった。
甲冑は金属音が軋む音を響かせ、首をぐるりと動かし室内を見渡す。
「何だ此処は? 物置か?」
首から上全体を覆う兜のせいでくぐもっているが、発せられた声は若い男のものだった。
「魔素はほとんどない世界か。だがそれなりに文明は進んでいるようだな」
テレビや棚の上に置いてあるデジタル時計、照明器具を確認した甲冑は頷くと体の向きを変える。
軋み音を立てて甲冑が陽菜の方を向き、そこでやっとこの甲冑は部屋へ不法侵入したのだと脳が理解した。
「へ、変質者! もがっ」
悲鳴を上げようと開いた陽菜の口を、甲冑の背後から勢いよく伸びて来た黒い何かが塞ぐ。
表面だけ柔らかく中心部が硬い黒い何か、触手というものかは、陽菜の口腔内で数本に分裂して細くなり舌を絡めとり言葉を奪う。
「ちっ、本当にこの世界で合っているのか。しかも、こんな貧相な女が? 探していた最上級だと?」
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