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第九章
オリバーの末路(ユリウス視点)
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かつかつと高い靴音が、しいんとした牢に響く。
音の主に気付いたのか、うなだれるように座っていたオリバーが顔を上げた。
「ああ……ユリウスか……」
「最後に申し開きがあるなら聞こう。私はそのために来た」
げっそりとこけた頬はここ数日でいっそう顕著になった。よほどこの環境に参っているのか、それとも、自らの計画が失敗したことへの口惜しさか。
ユリウスは牢の前に立ち、痩せやつれたオリバーと対峙した。
「申し開き? これ以上何を言えばいいんだ。公開裁判で明日、死刑を言い渡されるやつが」
「ああ、言い方を間違えたな、すまない。貴様の動機を尋ねに来た。これは個人的な用事だ」
「――……お前は、どれだけ俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!」
オリバーの激昂に、ユリウスは静かな目を向けた。そこにはオリバーへの恨みや怒りはなく、ただ憐みのような色があるだけだった。
「俺はいつだってお前と比べられてきた! 凡庸な王から生まれた、凡庸な王子! 優秀なユリウス・アンダーサンと出自を入れ替えられればいいのに、と何度も何度も言われてきた!」
がしゃん!と牢の鉄格子を掴み、オリバーがユリウスに顔を近づける。
「ああ、いいさ、動機なんていくらでも教えてやる! 俺と比べられてきたお前が寵愛する義理の妹! そいつは俺も、お前すら持たない王家の証を持っている! お前にわかるか!? その時の俺の絶望が! 壊してやりたいと思ったことが、わかるか!?」
「わからないな」
「ぎぃいい!!」
淡々と答えるユリウスに、オリバーは頭を掻きむしって獣のような声をあげた。
「わかるものか。たかだか嫉妬で何人も殺したお前の絶望など」
「――は」
ユリウスの言葉がその場に落ちると、オリバーは顔を押さえていた手をどけてぼんやりとユリウスを見やった。――そうして。
「なんだ、ばれてたのか」
にい、と笑った。
「しょうがないじゃないか。邪魔だったんだから。俺が王になるにはいらなかった」
「見張りの兵士は剣で、協力者であるエウルア家の使用人は過剰な薬物投与で。いったい何が前をそこまで駆り立てたんだ」
「王になりたかったからに決まってる。俺は第一王子だ。イリスレインさえ現れなければ順当に王になっていた」
オリバーは髪をかきあげ、ユリウスと同じ、琥珀色の目をゆがませて哄笑する。
「ヘンリエッタは便利だったぜぇ? その義理の母親もな。なぜか俺に最初から友好的で、スチル? がなんだのとおかしなことを言う以外は扱いやすかった……」
「スチル」おそらく、ヘンリエッタの証言にあった異世界の娯楽の用語だろう。
「イリスレインと婚約して、思いっきり振ってやったときのあの表情は見ものだった……! すぐにお前が助けにこなければ、ゆっくり見られたのにな……あ?」
オリバーの言葉が一瞬、止まる。
ユリウスの表情を見て、びくりと体を揺らした。
ユリウスは唇に笑みをはいて、オリバーをじいっと見つめる。
「な、なんだよ……どうせ、お俺は死刑に……今さら怖いものなんて……」
「言い忘れたが」
ユリウスは静かに言った。
「お前は死なない。一生、辺境の砦で幽閉と決まった」
「……は?」
さあっとオリバーの顔が白くなる。紙のようになったその顔に微笑して、ユリウスは続けた。
「もうすぐレインの立太子だ。その時に不穏な出来事は避けたい。それに、レインの心優しい希望もあって減刑させてもらった」
「な……! 殺せよ! 今さら、どうやって生きろって……」
ユリウスは射殺すようなまなざしでオリバーを見つめた。オリバーの目がおびえたように縮こまる。
「私は許可したよ。お前のしたことは許せないが、だからこそ、これが一番の罰になるとね。……一生、レインの治める地を見て、嫉妬に身を焦がして生きろ。オリバー」
「あ、あああああ……!」
オリバーの慟哭が響く。その目にはもはやユリウスなど映ってはいなかった。自分の悲しみに酔いしれるオリバーは、けして他者のことを見ない、自己愛の強い男だった。これは、だから迎えた結末だった。
「哀れな男だよ、お前は……」
床に崩れ落ち、こぶしで床を殴りつけるオリバーを悲しいまなざしで見やって、ユリウスは踵を返した。
薄暗く、湿った空気が充満している。ユリウスは、きっと、だからこんなにも息が苦しいのだと思った。
音の主に気付いたのか、うなだれるように座っていたオリバーが顔を上げた。
「ああ……ユリウスか……」
「最後に申し開きがあるなら聞こう。私はそのために来た」
げっそりとこけた頬はここ数日でいっそう顕著になった。よほどこの環境に参っているのか、それとも、自らの計画が失敗したことへの口惜しさか。
ユリウスは牢の前に立ち、痩せやつれたオリバーと対峙した。
「申し開き? これ以上何を言えばいいんだ。公開裁判で明日、死刑を言い渡されるやつが」
「ああ、言い方を間違えたな、すまない。貴様の動機を尋ねに来た。これは個人的な用事だ」
「――……お前は、どれだけ俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!」
オリバーの激昂に、ユリウスは静かな目を向けた。そこにはオリバーへの恨みや怒りはなく、ただ憐みのような色があるだけだった。
「俺はいつだってお前と比べられてきた! 凡庸な王から生まれた、凡庸な王子! 優秀なユリウス・アンダーサンと出自を入れ替えられればいいのに、と何度も何度も言われてきた!」
がしゃん!と牢の鉄格子を掴み、オリバーがユリウスに顔を近づける。
「ああ、いいさ、動機なんていくらでも教えてやる! 俺と比べられてきたお前が寵愛する義理の妹! そいつは俺も、お前すら持たない王家の証を持っている! お前にわかるか!? その時の俺の絶望が! 壊してやりたいと思ったことが、わかるか!?」
「わからないな」
「ぎぃいい!!」
淡々と答えるユリウスに、オリバーは頭を掻きむしって獣のような声をあげた。
「わかるものか。たかだか嫉妬で何人も殺したお前の絶望など」
「――は」
ユリウスの言葉がその場に落ちると、オリバーは顔を押さえていた手をどけてぼんやりとユリウスを見やった。――そうして。
「なんだ、ばれてたのか」
にい、と笑った。
「しょうがないじゃないか。邪魔だったんだから。俺が王になるにはいらなかった」
「見張りの兵士は剣で、協力者であるエウルア家の使用人は過剰な薬物投与で。いったい何が前をそこまで駆り立てたんだ」
「王になりたかったからに決まってる。俺は第一王子だ。イリスレインさえ現れなければ順当に王になっていた」
オリバーは髪をかきあげ、ユリウスと同じ、琥珀色の目をゆがませて哄笑する。
「ヘンリエッタは便利だったぜぇ? その義理の母親もな。なぜか俺に最初から友好的で、スチル? がなんだのとおかしなことを言う以外は扱いやすかった……」
「スチル」おそらく、ヘンリエッタの証言にあった異世界の娯楽の用語だろう。
「イリスレインと婚約して、思いっきり振ってやったときのあの表情は見ものだった……! すぐにお前が助けにこなければ、ゆっくり見られたのにな……あ?」
オリバーの言葉が一瞬、止まる。
ユリウスの表情を見て、びくりと体を揺らした。
ユリウスは唇に笑みをはいて、オリバーをじいっと見つめる。
「な、なんだよ……どうせ、お俺は死刑に……今さら怖いものなんて……」
「言い忘れたが」
ユリウスは静かに言った。
「お前は死なない。一生、辺境の砦で幽閉と決まった」
「……は?」
さあっとオリバーの顔が白くなる。紙のようになったその顔に微笑して、ユリウスは続けた。
「もうすぐレインの立太子だ。その時に不穏な出来事は避けたい。それに、レインの心優しい希望もあって減刑させてもらった」
「な……! 殺せよ! 今さら、どうやって生きろって……」
ユリウスは射殺すようなまなざしでオリバーを見つめた。オリバーの目がおびえたように縮こまる。
「私は許可したよ。お前のしたことは許せないが、だからこそ、これが一番の罰になるとね。……一生、レインの治める地を見て、嫉妬に身を焦がして生きろ。オリバー」
「あ、あああああ……!」
オリバーの慟哭が響く。その目にはもはやユリウスなど映ってはいなかった。自分の悲しみに酔いしれるオリバーは、けして他者のことを見ない、自己愛の強い男だった。これは、だから迎えた結末だった。
「哀れな男だよ、お前は……」
床に崩れ落ち、こぶしで床を殴りつけるオリバーを悲しいまなざしで見やって、ユリウスは踵を返した。
薄暗く、湿った空気が充満している。ユリウスは、きっと、だからこんなにも息が苦しいのだと思った。
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