元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

文字の大きさ
上 下
63 / 67
第八章

逃亡1

しおりを挟む
「何のためにお前なんかに愛想を振りまいたと思ってるんだ!? イリスレインに王位継承権を放棄させるためだろ!?」
「きゃ……!」

 部屋に入ってきたオリバーはレインに抱き着いたままのヘンリエッタの髪をむんずと掴み上げ、引きずるように引き倒した。
 ヘンリエッタが痛みに顔を歪める。ぶちぶちと髪の抜ける音がした。

「ユリウスが欲しいとか言うから! 手伝ってやろうとしたんだろう!?」

 そのままオリバーがヘンリエッタを殴りつける。鈍い音が響いて、レインはあまりの痛々しい様子に叫んだ。

「やめて……!」
「ああ、イリスレイン、お前が……ヘンリエッタをたぶらかしたのか? お前は父上も、そのグズ弟も、使用人も、大勢をたぶらかす天才だからな」

 オリバーがレインに今気づいたとでもいうように、レインに向き直る。……ヘンリエッタを踏みつけにして。ヘンリエッタは足に踏まれて肺がつぶされたのか、ひゅうひゅうと息をしている。

「……ッ」
「何黙ってるんだよ! お前も俺のことを馬鹿にしてんだろ!? 何もかも乏しい第一王子だってみんなが言ってるのを知ってるんだよ!」

 オリバーが叫ぶ。裏返った声は狂気的で、オリバーの青い目が血走っている。尋常でない様子に、レインはアレンを抱きしめる腕に力を込めた。

 オリバーがヘンリエッタに唾を吐き捨てる。

「いいよなあ、お前は、先代女王の攫われた子供ってだけでお涙ちょうだい。慕われて、女王になる……王になるはずだったのに、俺にはこんなゴミみたいな妄想女しか残らない!」

「訂正してください! ヘンリエッタはゴミみたいでも、妄想女でもないわ!」
「ああ……そうやって、きれいごとでこいつのこともたぶらかしたんだな。奴隷が調子に乗りやがって」

 もはやあの王子然としたさまはなりをひそめ、乱暴な様子で口から唾を吐き散らかすオリバーに、アレンは怯え、ヘンリエッタは震えている。這いずるだけのヘンリエッタからオリバーはもう興味を失ったのだろうか。

 その足で、まるで絨毯でも踏むようにヘンリエッタを乗り越え、レインに近付いた。生魚のような息がレインに吹きかけられる。
 レインは眉根を寄せ、静かに、オリバーに向けて口を開いた。

「それが、あなたの『ほんとう』なのね」
「……あ?」
「最初に出会ったあなたは、もう少し、貴公子だったわ」
「ああ、貴公子、貴公子ねェ……。こうすればいいかい?」

 オリバーは髪をかき上げてにっこりと笑って見せた。それはあの入学式の日の彼のようで、ああ、やはり取り繕っていたのだと思った。それが悪いわけではない。けれど、そうしてだれかを騙そうとしていたのだと、失望にも似た気持ちだった。

「そうしないと、君たちは認めないだろう? あの凡庸な王の息子だと……無才の王子だと陰であざ笑って!」

 オリバーはそばにぼうっと突っ立っている使用人を突飛ばした。レインを囲むうちの一人は、何の反応も示さずその場に倒れ込む。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

処理中です...