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第八章
ヒロインのヘンリエッタ3
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「わ、私、は、だって、ヒロインのヘンリエッタは、みんなが好きで……」
「ねえ、それは『ヒロイン』の話でしょう? 私はあなたと話しているのよ」
「――あ、ああああああ!」
突然、ヘンリエッタが悲鳴のような声をあげた。
頭を押さえてしゃがみこむヘンリエッタが、髪を掻きむしりながら叫ぶ。
「だって、お義母様がそう言ったの! ヘンリエッタは愛されるって! 私が失敗するとお義母様は怒った! ヘンリエッタはニンジンが嫌い、だから残しなさいって! 『私』はおかあさんの作ってくれるニンジンのスープが好きだったのに!」
ヘンリエッタの髪がぶちぶちと抜ける。桃色の髪が指に絡み、血がついている。
「おかあさんが、あなたは大丈夫だからって私をお義母様に渡したの! 口止めに、たくさんの金貨を渡されて! 毒を飲まされて、あんなにぼろぼろの体で、おかあさんが殺されちゃうから……子爵家に行きたいって私が言ったから! だから私は大丈夫じゃなきゃいけないの! 幸せにならなきゃいけないの! ヘンリエッタじゃないとお義母様は間違えたって思っちゃう! 私とヘンリエッタを間違えたって! ……おかあさんが殺されちゃう!」
半狂乱になってわめくヘンリエッタを、誰も助けない。使用人も、ぼんやりと突っ立っているだけだ。
「いや、いやぁ……! 私はヘンリエッタなの! ヒロインなの! そうじゃないと、そうじゃないと……!」
レインはヘンリエッタに手を伸ばした。アレンを抱いているのとは逆の手でヘンリエッタを抱きしめる。
おねえたま、と言って、アレンがレインを案じるように声をあげるから、それには大丈夫、と返す。
我を失ったヘンリエッタが暴れて、レインの腕を、首を、爪でひっかくけれど、レインは彼女を離さなかった。
「いやあ、いや……!」
「……助けるわ、あなたも、あなたの、本当のお母様も」
「無理よ! お義母様はいつだっておかあさんを殺せるの! そうやっていつも笑って……だから、できるわけない!」
「……それでも――助けるわ。必ず」
強く、強く、レインは言った。
やっと、ヘンリエッタの姿が見えた気がした。
ヘンリエッタも、レインが守るべき人間のひとりだった。
泣いていたヘンリエッタが顔を上げる。青い目に、レインの赤い瞳が映る。
「本当に……?」
「ええ、あなたのもとに、あなたのお母様を、返すわ」
レインが頷くと、ヘンリエッタはその子リスのような顔をくしゃくしゃにして涙をこぼした。
「おかあさんに、会える……?」
「ええ」
「おかあさんを、助けてくれる……?」
「必ず」
「う、うう……おかあさん、おかあさん……!」
ヘンリエッタが大声を上げて泣きじゃくり、レインにしがみつく。レインはほっと息をついた。
ヘンリエッタを安心させるように撫でてやって――その時だった。
「――この、役立たずが」
部屋の扉が開き、重苦しい、憎々し気な色を孕んだ声が、その場に落ちたのは。
「ねえ、それは『ヒロイン』の話でしょう? 私はあなたと話しているのよ」
「――あ、ああああああ!」
突然、ヘンリエッタが悲鳴のような声をあげた。
頭を押さえてしゃがみこむヘンリエッタが、髪を掻きむしりながら叫ぶ。
「だって、お義母様がそう言ったの! ヘンリエッタは愛されるって! 私が失敗するとお義母様は怒った! ヘンリエッタはニンジンが嫌い、だから残しなさいって! 『私』はおかあさんの作ってくれるニンジンのスープが好きだったのに!」
ヘンリエッタの髪がぶちぶちと抜ける。桃色の髪が指に絡み、血がついている。
「おかあさんが、あなたは大丈夫だからって私をお義母様に渡したの! 口止めに、たくさんの金貨を渡されて! 毒を飲まされて、あんなにぼろぼろの体で、おかあさんが殺されちゃうから……子爵家に行きたいって私が言ったから! だから私は大丈夫じゃなきゃいけないの! 幸せにならなきゃいけないの! ヘンリエッタじゃないとお義母様は間違えたって思っちゃう! 私とヘンリエッタを間違えたって! ……おかあさんが殺されちゃう!」
半狂乱になってわめくヘンリエッタを、誰も助けない。使用人も、ぼんやりと突っ立っているだけだ。
「いや、いやぁ……! 私はヘンリエッタなの! ヒロインなの! そうじゃないと、そうじゃないと……!」
レインはヘンリエッタに手を伸ばした。アレンを抱いているのとは逆の手でヘンリエッタを抱きしめる。
おねえたま、と言って、アレンがレインを案じるように声をあげるから、それには大丈夫、と返す。
我を失ったヘンリエッタが暴れて、レインの腕を、首を、爪でひっかくけれど、レインは彼女を離さなかった。
「いやあ、いや……!」
「……助けるわ、あなたも、あなたの、本当のお母様も」
「無理よ! お義母様はいつだっておかあさんを殺せるの! そうやっていつも笑って……だから、できるわけない!」
「……それでも――助けるわ。必ず」
強く、強く、レインは言った。
やっと、ヘンリエッタの姿が見えた気がした。
ヘンリエッタも、レインが守るべき人間のひとりだった。
泣いていたヘンリエッタが顔を上げる。青い目に、レインの赤い瞳が映る。
「本当に……?」
「ええ、あなたのもとに、あなたのお母様を、返すわ」
レインが頷くと、ヘンリエッタはその子リスのような顔をくしゃくしゃにして涙をこぼした。
「おかあさんに、会える……?」
「ええ」
「おかあさんを、助けてくれる……?」
「必ず」
「う、うう……おかあさん、おかあさん……!」
ヘンリエッタが大声を上げて泣きじゃくり、レインにしがみつく。レインはほっと息をついた。
ヘンリエッタを安心させるように撫でてやって――その時だった。
「――この、役立たずが」
部屋の扉が開き、重苦しい、憎々し気な色を孕んだ声が、その場に落ちたのは。
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