元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

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第八章

ヒロインのヘンリエッタ1

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 レインたちが連れてこられたのは、どうやらどこかの貴族の屋敷のようだった。
 眠ってしまったアレンを抱いたまま、屋敷の使用人に、先ほどとまでとは打って変わって丁寧に案内される。それが不気味だ。仮面のような顔をした使用人に話しかけても返事は返ってこない。

 そうして客間のような場所にたどり着いたレインたちを待っていたのは、髪と同じ、薄桃色のドレスで、まるで姫君のように着飾ったヘンリエッタだった。

「コックスさん……」
「あんた、また私のことをそう呼ぶの? コックス様、もしくはヘンリエッタ様、でしょう? 私は王太子妃になるんだから」

 レインの後ろに使用人二人が張り付く。逃げられない。
 ヘンリエッタを刺激するのはよくない、と考えて、レインは口をつぐんだ。
 そうやって、しばしの沈黙の中、ヘンリエッタの様子を観察する。

 少し痩せただろうか。
 大きかった目が今はさらに大きく見え、ぎょろりとしてこちらを向いている。
 肌は青白く、髪はよく見ればぱさついていた。

「どうして……」

 レインは小さく息をして、なるべく落ち着いて見えるように口を開いた。

「……どうして私をここに連れて来たんですか」

 レインが丁寧な言葉を使ったからだろうか。ヘンリエッタが満足そうに唇を歪める。

「そんなの決まってるじゃない。あんたに正式な書面で王位継承権を放棄しました、私はただの奴隷ですって書かせて、最後にあんたを殺すためよ」

 ぞっとするようなことを歌うように言うヘンリエッタに心臓がどくどくと拍動する。それを無理矢理抑え込んで、レインは静かに尋ねた。

「王位継承権……?」

 そう言えば、先ほどヘンリエッタは「王太子妃」と口にしていた。
 まさか、この一連の出来事には、オリバーがかかわっているのだろうか。
 黙ったレインが気おされたと思ったのか、ヘンリエッタは嬉し気に続ける。

「そう、私は王太子妃になって、あんたは死んで、そしてあんたがいなくなるから、ユリウス様は私のものになる」
「ユリウス、が?」
「今は『バグ』なの、『不具合』なの。ゲームの『システム』が少しおかしくなってるだけ。だって本当のゲームではユリウスはヒロインのヘンリエッタを好きになるものなんだもの!」
「ユリウスはものじゃないわ!」

 とっさにレインが口にした言葉に、ヘンリエッタはぎょろついた目をレインに向け、つかつかと近寄ってきた。がし、と前髪を鷲掴まれ、レインは呻く。

「う……ッ」
「なあに? さっきからユリウス、ユリウスって呼び捨てにして……。まるでまるでヘンリエッタと結ばれたあとの、ヒロインからユリウスへの呼び方じゃない。あんたが……悪役令嬢がユリウスと結ばれるはずないでしょ? ふざけてるの?」

 どん、と突飛ばされ、レインはアレンを抱いたままたたらを踏む。
 衝撃に目を覚ましたアレンがぐずりはじめ、ヘンリエッタはそれに片眉を上げた。

「何、モブの第二王子が、どうしてここにいるの?」
 今までアレンの存在に気付かなかった様子で、ヘンリエッタが首を傾げる。
「ふええん……」
「大丈夫よ、アレン王子」
「それ、アレンっていうの? ゲームのシナリオには出てこなかったから、知らないのよね」
「……あなた、何を言ってるの……?」

 レインはぞっと背筋を震わせた。
 アレンを同じ人間だと思っていないようなヘンリエッタの言葉が理解できない。

 けれど、そんなレインの様子を気にもせず、ヘンリエッタは「決まってるじゃない、この世界の話よ」と、あたかもそれが常識的なことであるかのように目を瞬いた。

「この世界……?」
「そう、お義母様が教えてくれたわ。この世界は、異世界人が作ったゲームの世界なの」
「『ゲーム』……?」
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