元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

文字の大きさ
上 下
57 / 67
第八章

攫われるレイン2

しおりを挟む
「……わかりました」
「おねえたま……」
「大丈夫ですよ、アレン王子。……ついて行きます。だから、アレン王子の首の縄を外してください」
「おお怖い、おらよ」

 レインがぎゅっと睨むように言うと、男が縄の端を投げてよこした。
 それを手に取り、レインはアレンの首がこれ以上痛みを覚えることのないようにそっと首の縄をほどいた。

「痛くはないですか? アレン王子」
「ン……」
「よかった」

 健気にもそう言って涙をこらえるアレンが痛々しい。
 アレンを抱き上げたレインは周囲を見渡して息を吸い込んだ。――そうして。

「大声をあげたり、逃げようとしたりしたら、その時点で第二王子を殺すぜ?」

 男のひとりの耳打ちするような言葉に、レインはひゅ、と息を呑んだ。
 アレンをしっかりと抱きなおし、ぐうと目に力を込めて、男たちを睨み据える。そうしないと、足が震えて立っていることもできそうになかった。

「わかり、ました」
「いい子だ」

 レインは男たちに囲まれたまま、急きたてられるように歩き始めた。突き飛ばされた肩が痛い。あざになっているかもしれない。

 アレンと二人きりで見た目だけ取り繕った古い馬車にのせられる。当然、クッションなどあるわけがない。どこかに運ばれていく中で、がたん、ごとん、と音が鳴り、そのたびに車体が大きく揺れる。

 そうやって揺れる馬車で舌を噛まないようにしながら、レインは大丈夫ですからね、と幼いアレンをあやした。
 アレンはレインにしがみつき、ひっく、ひっくとしゃくりあげるばかりだった。

 殴られたあざが痛むのだろう。それから半刻もしないうちに気を失うまで、アレンは静かに泣いていた。
 声を出すなと殴られたのだろうか、だとしたら、三歳の幼い子供に、なんてひどいことをするのだろう。

 このままでは――そう、このままでは、レインたちはまもなく殺されてしまうかもしれない。かつて婚約者だったオリバーがそんな残酷なことをするとは思いたくないが、男たちの言っていることはおそらく本当だ。

 オリバーは、本気でレインを排除しにかかっている。そうすれば、自分が王太子になれると信じて。
 どこに運ばれるのかはわからない。それは、レインが助けを期待すべきユリウスたちも同じだろう。

 少なくとも、レインたちの居場所がわかるまでにはずいぶん時間がかかるはずだ。
 せめて、ユリウスたちにレインがどこを通ってきたかを知らせることができれば……。
 そこで、はっとレインは、ガウンのポケットにあるふくらみに気付いた。

 そこにはハンカチに包まれたサファイアのネックレスがある。

「……」

 レインは少し考えて、眉根を寄せ、けれどきゅっと唇を引き結んで、そのサファイアのネックレスを引きちぎった。
 雫型のサファイアが連なるネックレスは、あっけなくちぎれてバラバラになった。

 雫型のビーズ状になったサファイアが何粒も何粒も、レインの手のひらで転がる。レインはそれを、今もがたがたと走り続ける馬車の床の隙間から一粒ずつ、感覚を空けて落としていった。

 男たちは馬に乗っているか馬車の御者をしている。隙間から落ちた小さなビーズなんかに気付かないだろう。
 ユリウスが、これに気付いてくれるかは賭けだった。けれど、レインには死ぬつもりなどありはしなかった。
 必ず、ユリウスの腕の中に帰るのだという決意があった。

 アレンをぎゅっと抱きしめ、片手でサファイアを落とし続ける。
 月明かりすら満足に入らない暗い馬車の中では、外の様子なんてわかりもしない。
 どれだけ移動したのかも、わからない。遠くまで来たのかもしれない。

 それでも、レインは信じていた。

 ユリウスを――ユリウスが、このビーズという道しるべに気付いてくれることを信じる、自分こそを信じていた。

「……不思議ね、奴隷だった時、ずっと死にたいと思っていた私が、今、こんなにも生きたいと思っているなんて」

 今の方が、ずっと絶望的な状況で、他者の暴力で死ぬかもしれないことは同じなのに、レインは今、絶対に生きるのだという意思を持っている。

 ――だって、あなたにもう一度、会いたいから。

 ユリウス。彼の、琥珀色の目にもう一度映りたい。優しく抱きしめられたい。
 そのためなら、きっとレインはなんだってできる。

 馬の蹄の音と、車輪のガタつく音が夜の空に響く。

 夜明けはまだずっと遠く。レインの陽光は、今、ここにありはしなかった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

処理中です...