元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

文字の大きさ
上 下
56 / 67
第八章

攫われるレイン1

しおりを挟む
 パーティーのあと、レインは興奮で火照った頬をあおぎながら、自室から中庭に出た。
 もう身支度を整えて寝るだけなので使用人たちは下がっている。

 けれどレインはなかなか眠れなくて、ガウンを羽織って夜風に当たりに来たのだった。
 穏やかな風が頬を撫で、レインの薄青い髪を柔らかく揺らす。

 今日のパーティーを思い返しながら、レインは静かに息をついた。
 今日は今まで生きてきた中で一番勇気を出した日かもしれない。

 レインから陽光石の使用用途を何も知らされていなかった女官長のベルや元伯母のチコは、泣きながらレインの無茶を叱ったが、レインが自分の意思で決めたということを最後には尊重してくれた。
 もちろん、失明するかもしれなかった、ということには最後まで怒っていたが。

 ユリウスも、心配しながら、レインの選択をほめてくれた。そこにレインへの気遣いを感じて、それが嬉しかった。
 レインはそっと胸を押さえた。
 今日の気分をもう少しだけ味わいたくて、ガウンのポケットの中にいれたサファイアのネックレスを握る。
 繊細なそれを取り出して月光に透かすと、薄青い光がレインの手を照らし、今日のことが鮮明に思い起こされる。
 ふふ、と笑って、レインはネックレスをハンカチに包み、ガウンのポケットにしまいなおした。

 その時、ふっと中庭のはずれからこちらに歩いてくる人影が複数見えた。一瞬身構えたレインだったが、その先頭に見知った顔を見かけて、ほっと表情を緩める。
 その小さな人影は、第二王子であるアレンだったからだ。

「アレン王子……、……?」

 けれど、すぐにレインの表情はこわばった。
 アレンが泣きながら歩いてきていることに気付いたからだ。
 そば仕えの従者たちは、アレンが尋常でない様子なのにも関わらず、手を貸そうとも、あやそうともしない。

「どうなさったの、アレン王、子……!」

 そこまで考えて、レインはアレンの首に、まるで犬を繋ぐように縄がかけられているのに気づいた。
 けれど犬の方がまだましだ。ぐいぐいと力加減をせずに首の縄を引く男たちは、アレンの様子を見ようともしない。

 アレンは思い切り縄を引かれ、苦し気な表情を浮かべている。
 急きたてられるようにして、アレンがレインのもとへ歩いてくる。腕ばかり前にやって、それで首を引いて。そのさまは、 まるでアレンを盾にするかのようだった。

「あなたたち――何をしているの!」

 レインはアレンに駆け寄った。けれど、アレンへと伸ばそうとした手は、そば仕えの男のひとりに捕らえられた。
 アレンの首の縄を引いている男がくっと歯を見せて笑う。

「何を……」
「イリスレイン王女殿下、アレン第二王子を害されたくなければ、我々にご同行を」

 第二王子、というところをことさらに強調して、嫌味たらしく口にするそば仕えの男たちは、ついで、掴まれて赤くなったレインの腕を見てげらげらとあざけるように笑った。

「こんな細っこい腕であんな大口叩いたんですよねえ!」
「……あなたたちは、誰の差し金ですか」

 パーティ―でのことを言っているのだ、とすぐに分かった。レインは男たちを見据えて静かに返す。

「私が目的なら、私だけを狙えばいいでしょう。……アレン王子を巻き込んで、こんなふうに苦しめている理由はなんですか」
「なんですか、だとよ! こんな状況なのに、お上品だねえ!」
「……」
「おお、怖い怖い。決まってんだろ? わからないか? お前に女王になられたら困るお人だよ!」

 男の言葉に、レインは赤い目を見開いた。レインが女王になることを歓迎していない人間に、ひとりだけ心当たりがあった。

「オリバー、第一王子……」
「オリバー王太子殿下、だろ、このクソ女」
「きゃっ……!」

 思い切り突き飛ばされて、レインはその場に倒れ込んだ。アレンが「おねえたまにひどいことしないで!」と声をあげる。
 アレンはぼろぼろと涙を流していて、殴られたのか、顔や手にところどころあざがあった。

「なんて、ひどい……」
「次期女王とやらには護衛がゴロゴロついてるが、プライベートな場所は気を遣われてるとかで警備が少ネエ。もともと護衛の少ない第二王子を遣えばすぐにこんなところまで来れちまう」

 ぎゃはは!とそば仕えを装った男は下品な笑い声をあげた。

「……それで、私にどうしろと言うのです」
「言うのです? ハハ! お高く留まっちまって、奴隷上がりが高潔だねえ!」
「……」

 無言のレインを気にすることなく、男は続ける。

「オメーなんかに選択肢はネェんだよ。おとなしくついてこれば、このガキを今すぐ八つ裂きにするのはやめておいてやる」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...