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第八章
お披露目パーティー3
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レインは予め頼んでおいたものを持ってきてもらうべく、会場の隅に控えていた女官長ノベルに声をかけた。
「女官長、例のものを」
「はい、イリスレイン王女殿下」
レインはベルから受け取った巨大な水晶のようなものを掲げた。
澄んだ、透明な石は、大広間のシャンデリアの光を透過して、イリスレインのドレスをきらきらと照らした。
「皆さま、これは陽光石、という、光を透かして、太陽の光と同じ光にするという石です」
「存じております、それで何を……」
「これで、私の目を透かして見てください。疑問に思う方は、お近くに……」
レインが陽光石に目を近づける。シャンデリアの光が陽光石を通り、レインの目に降り注ぐ。
――痛い。集められた光が目を焼いた。
ユリウスが驚いてレインを止めようとして、けれどその手をぐっと抑える。
信じてくれている。レインは微笑んだ。ユリウスが、レインのすることを信じてくれている。それだけで、レインはこの戦場に立つことができる。
陽光石を通して、レインの瞳の赤い色が大広間を染め上げる――そうして、誰かが呟いた。
「あ、暁の虹……!」
赤い色を背景にして、陽光石の表面に虹が落ちる。驚きの声が大広間を埋め尽くしたところで、レインは陽光石を降ろした。
ユリウスがすぐにハンカチでレインの目を押さえる。
「大丈夫です。ユリウスさ……ユリウス。目はきちんと見えています」
「無茶をする……。私がなんでもすると言ったのに」
「ふふ、それでも、信じてくださってありがとうございます」
暁の虹にざわめく会場に、レインは振り返った。
「ご覧になりましたか? 私の目に宿る、暁の虹を」
「……ッ。ばかな、目がつぶれるかもしれないんだぞ……」
「あなたも、ご覧になりましたね? エウルア伯爵」
レインは悠然と微笑んで見せた。うろたえたエウルア伯爵も、まさかレインが失明覚悟で陽光石を持ち出すとは思わなかったのだろう。何も言えないエウルア伯爵は、静かに礼をして「申し訳、ございません……」と下がっていった。
国王がレインを案じながら、けれど場を治めるには今しかない、ということはわかっているのだろう。その声を張り上げた。
「見ただろう! イリスレインが王女であるという証拠を! これより、イリスレインの出自を疑うものは王家への叛意を持つとみなし、厳罰に処す!」
国王の言葉に、場の誰もが口を閉ざし、頭を下げた。アンダーサン前公爵が微笑んでやり遂げた弟をねぎらっている。
「それでは、パーティーを開始する、みなのもの、よく食べ、よく踊り、よく楽しんでくれ」
国王は、王位を一時だけアンダーサン前公爵に譲渡することを説明すると、パーティーの開催を宣言した。譲位の話になったともざわついたが、レインの時ほどではなく、話は進んでいった。
そうして、国王の宣言と同時に、最初の曲が流れ始める。
レインはユリウスの袖をくん、と引いた。
「踊りましょう、ユリウス!」
「ああ、レイン。君の、望むままに」
飛び込んだ大広間の中心で、ユリウスと互いにお辞儀をする。
そうして手を取りあって、くるくると踊る。
レインの白いドレスに縫い付けられた小さな真珠がきらきらと輝き、結い上げげた髪のティアラと相まって、まるでレイン自体が宝石のようだった。
「レイン、目は大丈夫か」
ユリウスのリードは巧みで、その手に体をゆだねているだけで、自分が踊りの名手になったと思うほど。そうやってくるくると回ると、顔があったとき、ふいにユリウスに尋ねられた。
正直に言えば、まだ少しだけひりひりする。でも、あの時はあれが最善だと思ったから、ユリウスにも内緒で、陽光石を用意してくれたベルにも内緒でああしたのだ。
ユリウスの眉がいたましげに顰められ、ユリウスの指がそっとレインの目元を撫でる。
レインはそれだけで痛みが引いてしまって、それがおかしくてふふ、と笑った。
「レイン?」
「大丈夫です、ユリウス」
大きなターン。レインは華やかに笑って、ユリウスの腕に自分の身をゆだねた。
「あなたがそうして触れてくださるだけで、もうすっかり良くなりました」
目を瞬くユリウスを見上げると、ユリウスの目にやわらかな光がともった。
「そうか。……でも、無理はしないでおくれ、私のレイン」
「はい、私のユリウス……」
曲の最後、ユリウスが両手でレインを持ちあげ、くるくると回る。幸せそうに笑いあう二人に「世継ぎの心配はなさそうだな」なんて、貴族たちが笑っていたのを、レインたちは後で聞いた。
夜が深くなる。澄み切った夜の空に、星々が瞬いていた。
「女官長、例のものを」
「はい、イリスレイン王女殿下」
レインはベルから受け取った巨大な水晶のようなものを掲げた。
澄んだ、透明な石は、大広間のシャンデリアの光を透過して、イリスレインのドレスをきらきらと照らした。
「皆さま、これは陽光石、という、光を透かして、太陽の光と同じ光にするという石です」
「存じております、それで何を……」
「これで、私の目を透かして見てください。疑問に思う方は、お近くに……」
レインが陽光石に目を近づける。シャンデリアの光が陽光石を通り、レインの目に降り注ぐ。
――痛い。集められた光が目を焼いた。
ユリウスが驚いてレインを止めようとして、けれどその手をぐっと抑える。
信じてくれている。レインは微笑んだ。ユリウスが、レインのすることを信じてくれている。それだけで、レインはこの戦場に立つことができる。
陽光石を通して、レインの瞳の赤い色が大広間を染め上げる――そうして、誰かが呟いた。
「あ、暁の虹……!」
赤い色を背景にして、陽光石の表面に虹が落ちる。驚きの声が大広間を埋め尽くしたところで、レインは陽光石を降ろした。
ユリウスがすぐにハンカチでレインの目を押さえる。
「大丈夫です。ユリウスさ……ユリウス。目はきちんと見えています」
「無茶をする……。私がなんでもすると言ったのに」
「ふふ、それでも、信じてくださってありがとうございます」
暁の虹にざわめく会場に、レインは振り返った。
「ご覧になりましたか? 私の目に宿る、暁の虹を」
「……ッ。ばかな、目がつぶれるかもしれないんだぞ……」
「あなたも、ご覧になりましたね? エウルア伯爵」
レインは悠然と微笑んで見せた。うろたえたエウルア伯爵も、まさかレインが失明覚悟で陽光石を持ち出すとは思わなかったのだろう。何も言えないエウルア伯爵は、静かに礼をして「申し訳、ございません……」と下がっていった。
国王がレインを案じながら、けれど場を治めるには今しかない、ということはわかっているのだろう。その声を張り上げた。
「見ただろう! イリスレインが王女であるという証拠を! これより、イリスレインの出自を疑うものは王家への叛意を持つとみなし、厳罰に処す!」
国王の言葉に、場の誰もが口を閉ざし、頭を下げた。アンダーサン前公爵が微笑んでやり遂げた弟をねぎらっている。
「それでは、パーティーを開始する、みなのもの、よく食べ、よく踊り、よく楽しんでくれ」
国王は、王位を一時だけアンダーサン前公爵に譲渡することを説明すると、パーティーの開催を宣言した。譲位の話になったともざわついたが、レインの時ほどではなく、話は進んでいった。
そうして、国王の宣言と同時に、最初の曲が流れ始める。
レインはユリウスの袖をくん、と引いた。
「踊りましょう、ユリウス!」
「ああ、レイン。君の、望むままに」
飛び込んだ大広間の中心で、ユリウスと互いにお辞儀をする。
そうして手を取りあって、くるくると踊る。
レインの白いドレスに縫い付けられた小さな真珠がきらきらと輝き、結い上げげた髪のティアラと相まって、まるでレイン自体が宝石のようだった。
「レイン、目は大丈夫か」
ユリウスのリードは巧みで、その手に体をゆだねているだけで、自分が踊りの名手になったと思うほど。そうやってくるくると回ると、顔があったとき、ふいにユリウスに尋ねられた。
正直に言えば、まだ少しだけひりひりする。でも、あの時はあれが最善だと思ったから、ユリウスにも内緒で、陽光石を用意してくれたベルにも内緒でああしたのだ。
ユリウスの眉がいたましげに顰められ、ユリウスの指がそっとレインの目元を撫でる。
レインはそれだけで痛みが引いてしまって、それがおかしくてふふ、と笑った。
「レイン?」
「大丈夫です、ユリウス」
大きなターン。レインは華やかに笑って、ユリウスの腕に自分の身をゆだねた。
「あなたがそうして触れてくださるだけで、もうすっかり良くなりました」
目を瞬くユリウスを見上げると、ユリウスの目にやわらかな光がともった。
「そうか。……でも、無理はしないでおくれ、私のレイン」
「はい、私のユリウス……」
曲の最後、ユリウスが両手でレインを持ちあげ、くるくると回る。幸せそうに笑いあう二人に「世継ぎの心配はなさそうだな」なんて、貴族たちが笑っていたのを、レインたちは後で聞いた。
夜が深くなる。澄み切った夜の空に、星々が瞬いていた。
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