54 / 67
第八章
お披露目パーティー2
しおりを挟む
大広間に入ると、すぐに目に入り込んでくる、きらびやかな調度品に、レインは一瞬気おされそうになった。
数えきれないほどのシャンデリアがきらきらと輝き、クリーム色の壁を明るく照らしている。いたるところに飾られた白いユリの生花はいい匂いを振りまき、椅子や像など、こまごました調度品が邪魔にならない程度に飾られている。それらはレインが一目見てわかるほど高価な物ばかりで、ひとつひとつが国宝と言ってもいいものだった。
それだけで、どれほどこのパーティーが重大行事だととらえられているかわかる。
大広間に足を踏み入れたレインたちを迎えたのは、もちろんあたたかいまなざしばかりではない。
興味津々にレインたちを見るもの、訝しむような目で見るもの、見定めようとしているもの――そして、先代女王と比べるもの。
それに一瞬だけ臆しそうになるけれど、ユリウスがレインの手を柔らかく握って、安心させるように微笑んでくれるから、それでレインはほっとして、顎を引き、背筋を伸ばして前を向いた。うまく笑えているだろうか。
そうしてレインがあたりを見渡し、優雅に一礼すると、ため息をつくような吐息が、さざ波のように広がった。
「みんな、レインの美しさと、堂々とした態度に圧倒されているんだ」
目を瞬いたレインに、ユリウスが言った。誇らしげな表情は、レインがうまくやれたことの証だった。
国王が話し始める。
「今宵は我が姉君である先代女王陛下の遺児、イリスレインのお披露目に参加してくれて感謝する。誘拐されて十五年……無事に帰ってきてくれた王女を、どうかあたたかく迎え入れてほしい」
レインに視線が集中する。レインはなるべく優雅に見えるように微笑み、そっと胸に手を当てた。拍手が沸き起こり、確かに、先代女王陛下によく似ておいでだ、と声が聞こえる。
それでほっとしたレインだったが、しかし、不意を打つように「恐れながら、陛下」と一人の貴族が進み出て来た。
あの人は知っている。先だって騎士団長を務めていた人物で、ダンゼントの帰還と同時に副官に降格した貴族だ。オリバー王子の側近を務めていた――そして、レインをあの卒業パーティーの場で貶めようとした子息の父親。
そうして、先ほどレインにいぶかし気な目を向けたひとのひとり。
「なんだ、申してみよ」
「ありがとう存じます。その方がイリスレイン王女とおっしゃいましたが、その証拠はあるのですか?」
「なに?」
「顔はたしかに先代女王陛下に似ておいでですが、顔つきなどいくらでも似たものがいるものです。元アンダーサン公爵令嬢――失礼、イリスレイン王女殿下が本物であるという証明はあるのですか? 見つかったとき、王女殿下は奴隷だったとお聞きしています」
たったひとりの貴族が落とした疑問に、ほかの貴族がざわめき始める。
「何を言う――」
国王が、その疑念の声を止めようと声を上げる。レインは「国王陛下」とひとこと言って、その言葉を止めた。国王が驚いたように目を見開き、そしてその背後に控えている王兄――アンダーサン前公爵がおや、と片眉を挙げた。ユリウスは何も言わない。
ただし静かに目の前の貴族らを睥睨しているだけだ。
――信じていてくれるのだ。
レインが、きちんとこの場を治められると。
レインは微笑んで「お時間を頂戴してよろしいでしょうか」と、大広間によく通る声で言った。
ざわめきが止まる。視線がレインに集中する。レインは優雅に腰を下げて礼をした。
「たしかに、私を王女だと断じる証拠と言える『もの』はありません。誘拐犯がそのようなものを私の身に残しておくことはないでしょう」
「なら――」
「まだ話は終わっていません。お静かになさって、エウルア伯爵」
レインはぴしゃりと言って、大広間全体を見渡した。
何人か、レインが言い返したことに驚いたのみならず、狼狽したものがいる。憶えておかなくては。この国を、守っていくために。治めていくために。
「私は『もの』と言いました。私を、イリスレインだとする証明は、身に着けるようなものではなく、この体自身にあるとすれば……?」
「あざや何かだと言うのですか!」
「いいえ。私をイリスレインたらしめるのは、この目」
エウルア伯爵、と呼ばれた男が目を見開く。知っていたはずだ。卒業パーティーの日、あんなに騒がれたのだから。それを知っていて、レインのお披露目に黒い泥を吹きかけるためにわざわざこの場で言ったのだ。今は夜、陽の光がないと、暁の虹は出ないから。
数えきれないほどのシャンデリアがきらきらと輝き、クリーム色の壁を明るく照らしている。いたるところに飾られた白いユリの生花はいい匂いを振りまき、椅子や像など、こまごました調度品が邪魔にならない程度に飾られている。それらはレインが一目見てわかるほど高価な物ばかりで、ひとつひとつが国宝と言ってもいいものだった。
それだけで、どれほどこのパーティーが重大行事だととらえられているかわかる。
大広間に足を踏み入れたレインたちを迎えたのは、もちろんあたたかいまなざしばかりではない。
興味津々にレインたちを見るもの、訝しむような目で見るもの、見定めようとしているもの――そして、先代女王と比べるもの。
それに一瞬だけ臆しそうになるけれど、ユリウスがレインの手を柔らかく握って、安心させるように微笑んでくれるから、それでレインはほっとして、顎を引き、背筋を伸ばして前を向いた。うまく笑えているだろうか。
そうしてレインがあたりを見渡し、優雅に一礼すると、ため息をつくような吐息が、さざ波のように広がった。
「みんな、レインの美しさと、堂々とした態度に圧倒されているんだ」
目を瞬いたレインに、ユリウスが言った。誇らしげな表情は、レインがうまくやれたことの証だった。
国王が話し始める。
「今宵は我が姉君である先代女王陛下の遺児、イリスレインのお披露目に参加してくれて感謝する。誘拐されて十五年……無事に帰ってきてくれた王女を、どうかあたたかく迎え入れてほしい」
レインに視線が集中する。レインはなるべく優雅に見えるように微笑み、そっと胸に手を当てた。拍手が沸き起こり、確かに、先代女王陛下によく似ておいでだ、と声が聞こえる。
それでほっとしたレインだったが、しかし、不意を打つように「恐れながら、陛下」と一人の貴族が進み出て来た。
あの人は知っている。先だって騎士団長を務めていた人物で、ダンゼントの帰還と同時に副官に降格した貴族だ。オリバー王子の側近を務めていた――そして、レインをあの卒業パーティーの場で貶めようとした子息の父親。
そうして、先ほどレインにいぶかし気な目を向けたひとのひとり。
「なんだ、申してみよ」
「ありがとう存じます。その方がイリスレイン王女とおっしゃいましたが、その証拠はあるのですか?」
「なに?」
「顔はたしかに先代女王陛下に似ておいでですが、顔つきなどいくらでも似たものがいるものです。元アンダーサン公爵令嬢――失礼、イリスレイン王女殿下が本物であるという証明はあるのですか? 見つかったとき、王女殿下は奴隷だったとお聞きしています」
たったひとりの貴族が落とした疑問に、ほかの貴族がざわめき始める。
「何を言う――」
国王が、その疑念の声を止めようと声を上げる。レインは「国王陛下」とひとこと言って、その言葉を止めた。国王が驚いたように目を見開き、そしてその背後に控えている王兄――アンダーサン前公爵がおや、と片眉を挙げた。ユリウスは何も言わない。
ただし静かに目の前の貴族らを睥睨しているだけだ。
――信じていてくれるのだ。
レインが、きちんとこの場を治められると。
レインは微笑んで「お時間を頂戴してよろしいでしょうか」と、大広間によく通る声で言った。
ざわめきが止まる。視線がレインに集中する。レインは優雅に腰を下げて礼をした。
「たしかに、私を王女だと断じる証拠と言える『もの』はありません。誘拐犯がそのようなものを私の身に残しておくことはないでしょう」
「なら――」
「まだ話は終わっていません。お静かになさって、エウルア伯爵」
レインはぴしゃりと言って、大広間全体を見渡した。
何人か、レインが言い返したことに驚いたのみならず、狼狽したものがいる。憶えておかなくては。この国を、守っていくために。治めていくために。
「私は『もの』と言いました。私を、イリスレインだとする証明は、身に着けるようなものではなく、この体自身にあるとすれば……?」
「あざや何かだと言うのですか!」
「いいえ。私をイリスレインたらしめるのは、この目」
エウルア伯爵、と呼ばれた男が目を見開く。知っていたはずだ。卒業パーティーの日、あんなに騒がれたのだから。それを知っていて、レインのお披露目に黒い泥を吹きかけるためにわざわざこの場で言ったのだ。今は夜、陽の光がないと、暁の虹は出ないから。
12
お気に入りに追加
1,943
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる