元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

文字の大きさ
上 下
44 / 67
第七章

前に進むために2

しおりを挟む
 思い出すのは、あの卒業パーティーの日、レインとユリウスが結ばれた日のこと。
 唇に触れた感触を、忘れた日などない。
 甘やかで、蕩けるような、幸せな体験だった。
 レインがそんなことを思い出してもじもじしていると、ふいに屋敷のほう――つまり、真後ろから声が聞こえて来た。

「仲良しですね、お二人とも」

 ユリウスの従僕であるベンジャミンだ。
 こんな、ユリウスにべったりと甘えているところを見られてしまった、と恥ずかしくなって慌てたレインが、ユリウスの膝から降りるべく体を動かすも、ユリウスの手はレインをしっかりと抱いたまま、離してはくれない。

「あ、あの……」

 恥ずかしくて、照れてしまって――困り果てたレインがベンジャミンを見上げると、彼は「ははは! 相変わらずユーリはおひいさまが好きで好きで仕方ないんですね」と豪快に笑った。

「ベン、レインとの時間を邪魔するな」
「ああ、違う違う。馬に蹴られに来たわけじゃないぞ」

 ユリウスに対してだけ砕けた口調で、ベンジャミンは両手を振ってユリウスの言葉を否定した。

「じゃあなんだ。のっぴきならない書簡でも届いたのか?」
「残念ながらそう。だから許してくれよ」

 そういうベンジャミンの手元には、一通の手紙。その封筒には、それが王家からのものであるという印璽が押されていた。

「……」

 今のところ、王家からの便りにはいい思い出がない。不安になって眉尻を下げるレインの頭を、ユリウスが優しくなでてくれる。

「見せてくれ」
「はいよ」

 ベンジャミンから封筒を受けとったユリウスが一緒に手渡されたペーパーナイフで封を切る。
 そして、中身に上から下まで目を走らせ、その目に眼鏡越しでもわかるくらい冷たい色を宿して目を細めた。

「おにい……ユリウス様?」
「レイン、読むかい?」
「は、はい……」

 ユリウスがさし出した手紙に、レインも目を通す。そこには、今まで兄妹として過ごしていたけれど、婚約者だと発表したのだから、別々に住むべきだと書かれていた。
 そこまでは納得できた。婚約者同士、結婚もしていないものが同じ屋根の下に住むのは外聞が悪いのはレインにもわかる。問題はその次だった。

 レインは――イリスレインはいずれ女王として即位するのだから、その準備、教育をしなければならない。この手紙は、だから王城に住まないか、という申し出だった。

「女……王……?」
「……レインには帝王学を含めて最高の教育をしてきた。女王に即位するとしても、教養的には全く問題がない。あとは外交などの実践だけだ」

 ユリウスが静かに言った。レインは思わずユリウスを振り仰ぐ。

「お兄様は、私に女王になれと……?」
「いいや」

 ユリウスはきっぱりと否定した。

「レインには、女王になれるだけの資質も、血筋もある。だが、私が君にそうした教育をほどこしたのは、あくまでレインの選択肢を増やすためだ。レインが嫌なら、王位は第二王子にでも譲ればいい。今は幼いが、数年もすれば成人だ。私は、レインに無理強いはしない」
「そう、ですか……。でも、私には女王の資質なんて」
「レインはタンポポが好きと言っただろう。普通、雑草と呼ばれるような花に目を向けられ、価値を見出せる。それは臣民に目を行き届かせられる素養だと、私は思っている」

 言って、ユリウスは冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。

「なんでもしていいんだ。レイン、君は自由だ。女王になるのなら、私が全力で手助けする。女王になりたくなければ、君は未来の公爵夫人としてここにいればいい」
「ユリウス様……」

 レインは、ぽつりとこぼすようにユリウスの名前を呼んだ。
 何が何だかわからなくて、うまく髪けないほどに話が速く進んでいく。
 ……だけど。

「……私、お城に行ってみようと思います」
「……わかった」
「でも、それは女王になると決意したからではありません。私は、母と父のことを知りたいんです。だから、それを知るために、王城へ行こうと思います」

 レインのしっかりとした言葉に、ユリウスはうなずいた。

「ああ、レイン。……君の、心のままに」

 レインは、屋敷の東の空を見上げた。
 今は屋敷の高い生垣で見えないけれど、あの空の下には王城がある。
 ――レインの生まれた場所が。

(私、知りたい。私の生まれた場所で、私の母が、父が、どうやって生きていたのか。記録だけじゃない、私の、亡くした記憶の中にいる、両親を知りたい)

 きっと、少し前ならこんなことを思いつきもしなかった。王城へ行くのはオリバーとの結婚の時で、それがレインの終の墓場だと思っていた。

 だから、こんな気持ちで王城に行く日が来るなんて、想像もしていなくて。
 ――レインは、今もレインを抱きかかえているユリウスの腕にそっと手を添えた。

(大丈夫、ユリウス様がいるから、私は前に進もうと思えたのだから)

 そう思って、もう一度見上げた空は、雲一つありはしない。
 ただ、ただ――ひたすらに、青く、高かった。


しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...