元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

文字の大きさ
上 下
41 / 67
第六章

あなたこそ私の陽光2

しおりを挟む
 レインはユリウスの背に手を回した。

「お兄様はずっと気にされておいでかもしれません。きっと、お兄様は自分を許せないとお思いなのでしょう……」
「……」
「――それなら」

 レインはユリウスの背をそっと撫でた。優しいこの人が、自分を許せるようにと願って。

「私がお兄様を許します。お兄様は私を掬おうとなさった。私が奴隷になっても、生きているのかもわからないのに探してくださった。あの暗い世界から、掬い上げて、守ってくださった」

 レインはそこで一度、言葉を切った。何を言えば伝わるのだろう、どうすれば、この胸の想いを言葉にできるのだろう。
 そう思った。

「私には、恩があります。情があります。……そしてなにより、私はお兄様を――ユリウス様を愛しています」

 ユリウスの名前に、恋を、想いを滲ませて声にする。ユリウスの目に自分が映っている。ユリウスの瞳の中のレインは、泣きながら笑っていた。

「愛しています。お兄様、あなたが私を助けてくださったから、私はここにいるのです」
「それは話をすり替えただけだ……。責任の所在を、別の話で塗り替えただけ」
「あら、ばれてしまいましたか?」

 レインは、ふふ、とあえて声をたてて笑った。
 顎を伝い落ちた涙が、青い、ユリウスの髪と同じ色のドレスを濡らす。

「私はずるいのです。お兄様。あなたに救われたことしか覚えていない……。父のことも、母のことも、ガラス一枚を隔てた向こうのことのように感じているのです」

 ――だから、お兄様が責任を感じる必要はないのです。

 レインはそう言って、抱かれたまま、ユリウスの胸に顔を埋めた。
 ユリウスの手が、おそるおそる、レインの髪を撫でる。
 優しい手つきだった。レインの好きな、ユリウスがいつもそうするときの手つきだった。

「レインは、いいのか……?」
「はい」
「……そうか……」

 ユリウスは、レインの言葉を噛み締めるように言った。
 しばらくそうしていたユリウスは、ややあって、静かに尋ねた。

「聞いてもいいかい、レイン」
「何を、ですか?」
「レインは、婚約者が私でいいのか」

 第一王子との婚約を、向こうに非があるとはいえ破棄した。そうした後、瑕疵がついたレインを幸せにする相手との婚姻はきっともう望めない。まだ幼い第二王子と婚約させるわけにもいかない。だから自分が、とユリウスは言った。

「レインが私を愛していると……それは、家族愛だとわかっているが……。君がそう言ってくれるなら、このまま婚約者として……いや、レインが嫌なら」

 ユリウスは何かもごもごと考え込んでいるようだった。
 本当に、この人はレインのことになると物事を考えすぎるんだわ、と思って、レインはますますユリウスのことが愛しくなった。

「添い遂げるなら、お兄様……ユリウス様がいいです。そう言う意味で、愛している、と申しました」

 レインが顔をあげて、捧げるように言うと、ユリウスは琥珀色の目を見開いた。

「それとも、お兄様は私を愛してはいないのですか?」
「それは違う。私はレインを誰よりも愛している」

 そこだけは譲れない、と言いたげに、ユリウスははっきりと言い切った。それにレインは笑ってしまう。

「私は、てっきり……」
「てっきり?」
「レインは、オリバーを好いているものだと」
「オリバー様を?」

 レインは眉根をそっと寄せた。お兄様は何を言っているのかしら、と思ったからだ。

「入学式の日に、言っただろう」
「え?」
「好感を抱いた……と」
「まさか、それで?」

 レインは目を瞬いた。
 あの日、レインの発した失言がこんなことに繋がっていただなんて、思いもよらなかった。

「あれは、誤解なんです」
「誤解?」
「……私、お兄様様の望むような答えを考えて、ああ言ったのです。本当は、あまりよく思っていなかったのに……」
「……そうなのか?」
「……はい、今回のことは、きっと、ずるい考えを持った私に、神様が罰をお与えになったのですわ」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

殿下、私は困ります!!

IchikoMiyagi
恋愛
 公爵令嬢ルルーシア=ジュラルタは、魔法学校で第四皇子の断罪劇の声を聞き、恋愛小説好きが高じてその場へと近づいた。  すると何故だか知り合いでもない皇子から、ずっと想っていたと求婚されて? 「ふふふ、見つけたよルル」「ひゃぁっ!!」  ルルは次期当主な上に影(諜報員)見習いで想いに応えられないのに、彼に惹かれていって。  皇子は彼女への愛をだだ漏らし続ける中で、求婚するわけにはいかない秘密を知らされる。  そんな二人の攻防は、やがて皇国に忍び寄る策略までも雪だるま式に巻き込んでいき――?  だだ漏れた愛が、何かで報われ、何をか救うかもしれないストーリー。  なろうにも投稿しています。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

処理中です...