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第六章
あなたこそ私の陽光2
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レインはユリウスの背に手を回した。
「お兄様はずっと気にされておいでかもしれません。きっと、お兄様は自分を許せないとお思いなのでしょう……」
「……」
「――それなら」
レインはユリウスの背をそっと撫でた。優しいこの人が、自分を許せるようにと願って。
「私がお兄様を許します。お兄様は私を掬おうとなさった。私が奴隷になっても、生きているのかもわからないのに探してくださった。あの暗い世界から、掬い上げて、守ってくださった」
レインはそこで一度、言葉を切った。何を言えば伝わるのだろう、どうすれば、この胸の想いを言葉にできるのだろう。
そう思った。
「私には、恩があります。情があります。……そしてなにより、私はお兄様を――ユリウス様を愛しています」
ユリウスの名前に、恋を、想いを滲ませて声にする。ユリウスの目に自分が映っている。ユリウスの瞳の中のレインは、泣きながら笑っていた。
「愛しています。お兄様、あなたが私を助けてくださったから、私はここにいるのです」
「それは話をすり替えただけだ……。責任の所在を、別の話で塗り替えただけ」
「あら、ばれてしまいましたか?」
レインは、ふふ、とあえて声をたてて笑った。
顎を伝い落ちた涙が、青い、ユリウスの髪と同じ色のドレスを濡らす。
「私はずるいのです。お兄様。あなたに救われたことしか覚えていない……。父のことも、母のことも、ガラス一枚を隔てた向こうのことのように感じているのです」
――だから、お兄様が責任を感じる必要はないのです。
レインはそう言って、抱かれたまま、ユリウスの胸に顔を埋めた。
ユリウスの手が、おそるおそる、レインの髪を撫でる。
優しい手つきだった。レインの好きな、ユリウスがいつもそうするときの手つきだった。
「レインは、いいのか……?」
「はい」
「……そうか……」
ユリウスは、レインの言葉を噛み締めるように言った。
しばらくそうしていたユリウスは、ややあって、静かに尋ねた。
「聞いてもいいかい、レイン」
「何を、ですか?」
「レインは、婚約者が私でいいのか」
第一王子との婚約を、向こうに非があるとはいえ破棄した。そうした後、瑕疵がついたレインを幸せにする相手との婚姻はきっともう望めない。まだ幼い第二王子と婚約させるわけにもいかない。だから自分が、とユリウスは言った。
「レインが私を愛していると……それは、家族愛だとわかっているが……。君がそう言ってくれるなら、このまま婚約者として……いや、レインが嫌なら」
ユリウスは何かもごもごと考え込んでいるようだった。
本当に、この人はレインのことになると物事を考えすぎるんだわ、と思って、レインはますますユリウスのことが愛しくなった。
「添い遂げるなら、お兄様……ユリウス様がいいです。そう言う意味で、愛している、と申しました」
レインが顔をあげて、捧げるように言うと、ユリウスは琥珀色の目を見開いた。
「それとも、お兄様は私を愛してはいないのですか?」
「それは違う。私はレインを誰よりも愛している」
そこだけは譲れない、と言いたげに、ユリウスははっきりと言い切った。それにレインは笑ってしまう。
「私は、てっきり……」
「てっきり?」
「レインは、オリバーを好いているものだと」
「オリバー様を?」
レインは眉根をそっと寄せた。お兄様は何を言っているのかしら、と思ったからだ。
「入学式の日に、言っただろう」
「え?」
「好感を抱いた……と」
「まさか、それで?」
レインは目を瞬いた。
あの日、レインの発した失言がこんなことに繋がっていただなんて、思いもよらなかった。
「あれは、誤解なんです」
「誤解?」
「……私、お兄様様の望むような答えを考えて、ああ言ったのです。本当は、あまりよく思っていなかったのに……」
「……そうなのか?」
「……はい、今回のことは、きっと、ずるい考えを持った私に、神様が罰をお与えになったのですわ」
「お兄様はずっと気にされておいでかもしれません。きっと、お兄様は自分を許せないとお思いなのでしょう……」
「……」
「――それなら」
レインはユリウスの背をそっと撫でた。優しいこの人が、自分を許せるようにと願って。
「私がお兄様を許します。お兄様は私を掬おうとなさった。私が奴隷になっても、生きているのかもわからないのに探してくださった。あの暗い世界から、掬い上げて、守ってくださった」
レインはそこで一度、言葉を切った。何を言えば伝わるのだろう、どうすれば、この胸の想いを言葉にできるのだろう。
そう思った。
「私には、恩があります。情があります。……そしてなにより、私はお兄様を――ユリウス様を愛しています」
ユリウスの名前に、恋を、想いを滲ませて声にする。ユリウスの目に自分が映っている。ユリウスの瞳の中のレインは、泣きながら笑っていた。
「愛しています。お兄様、あなたが私を助けてくださったから、私はここにいるのです」
「それは話をすり替えただけだ……。責任の所在を、別の話で塗り替えただけ」
「あら、ばれてしまいましたか?」
レインは、ふふ、とあえて声をたてて笑った。
顎を伝い落ちた涙が、青い、ユリウスの髪と同じ色のドレスを濡らす。
「私はずるいのです。お兄様。あなたに救われたことしか覚えていない……。父のことも、母のことも、ガラス一枚を隔てた向こうのことのように感じているのです」
――だから、お兄様が責任を感じる必要はないのです。
レインはそう言って、抱かれたまま、ユリウスの胸に顔を埋めた。
ユリウスの手が、おそるおそる、レインの髪を撫でる。
優しい手つきだった。レインの好きな、ユリウスがいつもそうするときの手つきだった。
「レインは、いいのか……?」
「はい」
「……そうか……」
ユリウスは、レインの言葉を噛み締めるように言った。
しばらくそうしていたユリウスは、ややあって、静かに尋ねた。
「聞いてもいいかい、レイン」
「何を、ですか?」
「レインは、婚約者が私でいいのか」
第一王子との婚約を、向こうに非があるとはいえ破棄した。そうした後、瑕疵がついたレインを幸せにする相手との婚姻はきっともう望めない。まだ幼い第二王子と婚約させるわけにもいかない。だから自分が、とユリウスは言った。
「レインが私を愛していると……それは、家族愛だとわかっているが……。君がそう言ってくれるなら、このまま婚約者として……いや、レインが嫌なら」
ユリウスは何かもごもごと考え込んでいるようだった。
本当に、この人はレインのことになると物事を考えすぎるんだわ、と思って、レインはますますユリウスのことが愛しくなった。
「添い遂げるなら、お兄様……ユリウス様がいいです。そう言う意味で、愛している、と申しました」
レインが顔をあげて、捧げるように言うと、ユリウスは琥珀色の目を見開いた。
「それとも、お兄様は私を愛してはいないのですか?」
「それは違う。私はレインを誰よりも愛している」
そこだけは譲れない、と言いたげに、ユリウスははっきりと言い切った。それにレインは笑ってしまう。
「私は、てっきり……」
「てっきり?」
「レインは、オリバーを好いているものだと」
「オリバー様を?」
レインは眉根をそっと寄せた。お兄様は何を言っているのかしら、と思ったからだ。
「入学式の日に、言っただろう」
「え?」
「好感を抱いた……と」
「まさか、それで?」
レインは目を瞬いた。
あの日、レインの発した失言がこんなことに繋がっていただなんて、思いもよらなかった。
「あれは、誤解なんです」
「誤解?」
「……私、お兄様様の望むような答えを考えて、ああ言ったのです。本当は、あまりよく思っていなかったのに……」
「……そうなのか?」
「……はい、今回のことは、きっと、ずるい考えを持った私に、神様が罰をお与えになったのですわ」
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