元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

文字の大きさ
上 下
28 / 67
第五章

仕立て屋さんへ2

しおりを挟む
「見て、なんて美貌かしら」
「アンダーサン公爵閣下も相当綺麗な顔をしているけれど、ご令嬢はそれ以上ね」
「透き通る、というのかしら。儚い中にも芯があって……綺麗ねえ」
「ちょっといい匂いしない?」
「ちょっと、変態みたいなこと言わないでよ。……でもたしかにいい匂いがするわ」
「眼鏡越しだけどすっごく綺麗な目をしてる。これはルル様大のお気に入り、というのもわかるわぁ」
「月に一度、ルル様が大はしゃぎで出かけていくのよね、たしかにこれは大はしゃぎするわ。私だっていろんなドレスを思いつくもの」
「あれもこれも着ていただきたい!」

 はあ……!そろって大きなため息をつかれ、レインはびくりと体を揺らした。
 何かおかしなことをしてしまっただろうか。レインがおずおずと会釈すると、お針子たちが一斉に胸を押さえる。ぐう!といううめき声まで聞こえて、レインはおろおろとユリウスを見上げた。レインの視線にすぐにこちらを振り返ったユリウスは、部屋の惨状に気付くと小さく噴き出した。

「お兄様……?」
「ああ、すまないね、レイン。最愛の妹が敬愛のまなざしで見つめられて嬉しいよ」
「レイン様は魔性ですねえ」
「ルルばあやまで!」

 ふふ、と笑うユリウスと、しみじみ頷くルル。なんだか生あたたかい目で見られている気がする。そうこうしているうちに、ルルがパン!と手を叩いた。

「みんな! 大仕事よ! 倉庫からありったけの布を持ってきてちょうだい!」

 ルルの声に、はい!とお針子達の声が揃う。レインはユリウスとともに別室に連れられ、椅子に座って待っていると、そこに大量の生地が運び込まれてきた。

 赤、青、紫、桃、黄……本当に色とりどりで、ここにない色はないのではないかと思うほどの種類の生地が部屋中を埋め尽くしていく。しばらくもしないうちにほとんど足の踏み場もなくなった部屋に、ルルが入ってきた。

「さ、まずは卒業パーティーのドレスですわね。レイン様は何の色がよろしいですか?」

 そう言いながら、ルルはたくさんの生地を片っ端からレインの体に当て、布地とレインの顔を見比べている。

「この赤はだめね、綺麗だけれどレイン様の髪色にはもう少し深みのある赤じゃないと」
「この生地はどうでしょう、ルル様」
「花柄はかわいいけれど、レイン様じゃなくてもよくないかしら。ありきたりね」
「水色は……」
「うーん、髪色とは会うんだけれど、レイン様はお顔立ちがはっきりしていらっしゃるから、ドレスが負けてしまうわ」

 お針子達と話しながら、ルルはレインに布を合わせていく。しかし、なかなか納得のいくものがないらしい。

「これもきれいだと思うのですが……」
「だめですわ。レイン様。卒業パーティーは人生の一大事なのだから、妥協してはなりません」
「は、はい」

 食い気味に言われてレインは押し黙った。もうしばらくはこれが続くらしい。
 ふいに、ルルがユリウスを振り返った。

「公爵閣下はどの生地がレイン様に似合うと思われますか?」

 水を向けられ、ユリウスは椅子に座ったままゆっくりと目を瞬いた。
「そうだな……」

 ユリウスは立ち上がり、部屋を歩いていくつか生地を拾い上げ、レインの体に当てた。
 しゅるり、しゅる、と衣擦れの音がする。ユリウスの選んだ生地は濃い青が多かった。

 一枚ずつ当てていくのを、お針子達とルルが真剣に見ている。そしてユリウスが最後にレインに当てた布に、ルルはおや、と片眉をあげ、お針子達からは感嘆の声が上がった。ユリウスも、この布以外をレインの体から外した。

「お兄様、これは……」

 触れた布地はさらさらとしていて光沢がある。それなのにびっくりするほど軽くて、レインは驚きに目を見張った。濃い群青の、朝が来る直前の空の色――ユリウスの髪の色をした生地は、信じられないほどになめらかだ。布に詳しくないレインにも、これがずば抜けて高価だということがわかった。

「これは東方の国にある民族衣装の生地ですわ、レイン様」

 ルルはユリウスの手から生地を受け取って微笑んだ。

「さすが、公爵閣下ですわ。レイン様にこんなにもお似合いになるものを見つけてしまわれるなんて」
「レインのことだからね」

 ユリウスが満足げに笑う。ルルが「そうでしょうとも」と頷いた。

「さすがです。では、パーティー用のドレスはこの生地でお作りいたします。このルルのぷらいどをかけて、最高のドレスを作りましょう」
「ああ、頼む」

 ルルがスケッチノートに何かを走り書きながら鼻歌を歌っているのを見て、レインはほっと息をついた。
 やっぱりお兄様はすごい、物を見る目がおありになるのね。と思って、油断していたから反応に贈れた。

「それでは、残りのお出かけ用、室内用、ガーデン用……残り五十着のドレスの布を決めましょうか!」
「……え?」

 完全にこれで終わりだと思っていた。それに、五十着!?レインが驚きに瞠目している間に、お針子達が手にそれぞれおすすめの布を持ちながら迫ってくる。レインはその迫力に押され、結局、どうしてそんなに散財されるのですか!と尋ねることもできないまま、声なき悲鳴をあげることになるのだった。

しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

処理中です...