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第五章
仕立て屋さんへ2
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「見て、なんて美貌かしら」
「アンダーサン公爵閣下も相当綺麗な顔をしているけれど、ご令嬢はそれ以上ね」
「透き通る、というのかしら。儚い中にも芯があって……綺麗ねえ」
「ちょっといい匂いしない?」
「ちょっと、変態みたいなこと言わないでよ。……でもたしかにいい匂いがするわ」
「眼鏡越しだけどすっごく綺麗な目をしてる。これはルル様大のお気に入り、というのもわかるわぁ」
「月に一度、ルル様が大はしゃぎで出かけていくのよね、たしかにこれは大はしゃぎするわ。私だっていろんなドレスを思いつくもの」
「あれもこれも着ていただきたい!」
はあ……!そろって大きなため息をつかれ、レインはびくりと体を揺らした。
何かおかしなことをしてしまっただろうか。レインがおずおずと会釈すると、お針子たちが一斉に胸を押さえる。ぐう!といううめき声まで聞こえて、レインはおろおろとユリウスを見上げた。レインの視線にすぐにこちらを振り返ったユリウスは、部屋の惨状に気付くと小さく噴き出した。
「お兄様……?」
「ああ、すまないね、レイン。最愛の妹が敬愛のまなざしで見つめられて嬉しいよ」
「レイン様は魔性ですねえ」
「ルルばあやまで!」
ふふ、と笑うユリウスと、しみじみ頷くルル。なんだか生あたたかい目で見られている気がする。そうこうしているうちに、ルルがパン!と手を叩いた。
「みんな! 大仕事よ! 倉庫からありったけの布を持ってきてちょうだい!」
ルルの声に、はい!とお針子達の声が揃う。レインはユリウスとともに別室に連れられ、椅子に座って待っていると、そこに大量の生地が運び込まれてきた。
赤、青、紫、桃、黄……本当に色とりどりで、ここにない色はないのではないかと思うほどの種類の生地が部屋中を埋め尽くしていく。しばらくもしないうちにほとんど足の踏み場もなくなった部屋に、ルルが入ってきた。
「さ、まずは卒業パーティーのドレスですわね。レイン様は何の色がよろしいですか?」
そう言いながら、ルルはたくさんの生地を片っ端からレインの体に当て、布地とレインの顔を見比べている。
「この赤はだめね、綺麗だけれどレイン様の髪色にはもう少し深みのある赤じゃないと」
「この生地はどうでしょう、ルル様」
「花柄はかわいいけれど、レイン様じゃなくてもよくないかしら。ありきたりね」
「水色は……」
「うーん、髪色とは会うんだけれど、レイン様はお顔立ちがはっきりしていらっしゃるから、ドレスが負けてしまうわ」
お針子達と話しながら、ルルはレインに布を合わせていく。しかし、なかなか納得のいくものがないらしい。
「これもきれいだと思うのですが……」
「だめですわ。レイン様。卒業パーティーは人生の一大事なのだから、妥協してはなりません」
「は、はい」
食い気味に言われてレインは押し黙った。もうしばらくはこれが続くらしい。
ふいに、ルルがユリウスを振り返った。
「公爵閣下はどの生地がレイン様に似合うと思われますか?」
水を向けられ、ユリウスは椅子に座ったままゆっくりと目を瞬いた。
「そうだな……」
ユリウスは立ち上がり、部屋を歩いていくつか生地を拾い上げ、レインの体に当てた。
しゅるり、しゅる、と衣擦れの音がする。ユリウスの選んだ生地は濃い青が多かった。
一枚ずつ当てていくのを、お針子達とルルが真剣に見ている。そしてユリウスが最後にレインに当てた布に、ルルはおや、と片眉をあげ、お針子達からは感嘆の声が上がった。ユリウスも、この布以外をレインの体から外した。
「お兄様、これは……」
触れた布地はさらさらとしていて光沢がある。それなのにびっくりするほど軽くて、レインは驚きに目を見張った。濃い群青の、朝が来る直前の空の色――ユリウスの髪の色をした生地は、信じられないほどになめらかだ。布に詳しくないレインにも、これがずば抜けて高価だということがわかった。
「これは東方の国にある民族衣装の生地ですわ、レイン様」
ルルはユリウスの手から生地を受け取って微笑んだ。
「さすが、公爵閣下ですわ。レイン様にこんなにもお似合いになるものを見つけてしまわれるなんて」
「レインのことだからね」
ユリウスが満足げに笑う。ルルが「そうでしょうとも」と頷いた。
「さすがです。では、パーティー用のドレスはこの生地でお作りいたします。このルルのぷらいどをかけて、最高のドレスを作りましょう」
「ああ、頼む」
ルルがスケッチノートに何かを走り書きながら鼻歌を歌っているのを見て、レインはほっと息をついた。
やっぱりお兄様はすごい、物を見る目がおありになるのね。と思って、油断していたから反応に贈れた。
「それでは、残りのお出かけ用、室内用、ガーデン用……残り五十着のドレスの布を決めましょうか!」
「……え?」
完全にこれで終わりだと思っていた。それに、五十着!?レインが驚きに瞠目している間に、お針子達が手にそれぞれおすすめの布を持ちながら迫ってくる。レインはその迫力に押され、結局、どうしてそんなに散財されるのですか!と尋ねることもできないまま、声なき悲鳴をあげることになるのだった。
「アンダーサン公爵閣下も相当綺麗な顔をしているけれど、ご令嬢はそれ以上ね」
「透き通る、というのかしら。儚い中にも芯があって……綺麗ねえ」
「ちょっといい匂いしない?」
「ちょっと、変態みたいなこと言わないでよ。……でもたしかにいい匂いがするわ」
「眼鏡越しだけどすっごく綺麗な目をしてる。これはルル様大のお気に入り、というのもわかるわぁ」
「月に一度、ルル様が大はしゃぎで出かけていくのよね、たしかにこれは大はしゃぎするわ。私だっていろんなドレスを思いつくもの」
「あれもこれも着ていただきたい!」
はあ……!そろって大きなため息をつかれ、レインはびくりと体を揺らした。
何かおかしなことをしてしまっただろうか。レインがおずおずと会釈すると、お針子たちが一斉に胸を押さえる。ぐう!といううめき声まで聞こえて、レインはおろおろとユリウスを見上げた。レインの視線にすぐにこちらを振り返ったユリウスは、部屋の惨状に気付くと小さく噴き出した。
「お兄様……?」
「ああ、すまないね、レイン。最愛の妹が敬愛のまなざしで見つめられて嬉しいよ」
「レイン様は魔性ですねえ」
「ルルばあやまで!」
ふふ、と笑うユリウスと、しみじみ頷くルル。なんだか生あたたかい目で見られている気がする。そうこうしているうちに、ルルがパン!と手を叩いた。
「みんな! 大仕事よ! 倉庫からありったけの布を持ってきてちょうだい!」
ルルの声に、はい!とお針子達の声が揃う。レインはユリウスとともに別室に連れられ、椅子に座って待っていると、そこに大量の生地が運び込まれてきた。
赤、青、紫、桃、黄……本当に色とりどりで、ここにない色はないのではないかと思うほどの種類の生地が部屋中を埋め尽くしていく。しばらくもしないうちにほとんど足の踏み場もなくなった部屋に、ルルが入ってきた。
「さ、まずは卒業パーティーのドレスですわね。レイン様は何の色がよろしいですか?」
そう言いながら、ルルはたくさんの生地を片っ端からレインの体に当て、布地とレインの顔を見比べている。
「この赤はだめね、綺麗だけれどレイン様の髪色にはもう少し深みのある赤じゃないと」
「この生地はどうでしょう、ルル様」
「花柄はかわいいけれど、レイン様じゃなくてもよくないかしら。ありきたりね」
「水色は……」
「うーん、髪色とは会うんだけれど、レイン様はお顔立ちがはっきりしていらっしゃるから、ドレスが負けてしまうわ」
お針子達と話しながら、ルルはレインに布を合わせていく。しかし、なかなか納得のいくものがないらしい。
「これもきれいだと思うのですが……」
「だめですわ。レイン様。卒業パーティーは人生の一大事なのだから、妥協してはなりません」
「は、はい」
食い気味に言われてレインは押し黙った。もうしばらくはこれが続くらしい。
ふいに、ルルがユリウスを振り返った。
「公爵閣下はどの生地がレイン様に似合うと思われますか?」
水を向けられ、ユリウスは椅子に座ったままゆっくりと目を瞬いた。
「そうだな……」
ユリウスは立ち上がり、部屋を歩いていくつか生地を拾い上げ、レインの体に当てた。
しゅるり、しゅる、と衣擦れの音がする。ユリウスの選んだ生地は濃い青が多かった。
一枚ずつ当てていくのを、お針子達とルルが真剣に見ている。そしてユリウスが最後にレインに当てた布に、ルルはおや、と片眉をあげ、お針子達からは感嘆の声が上がった。ユリウスも、この布以外をレインの体から外した。
「お兄様、これは……」
触れた布地はさらさらとしていて光沢がある。それなのにびっくりするほど軽くて、レインは驚きに目を見張った。濃い群青の、朝が来る直前の空の色――ユリウスの髪の色をした生地は、信じられないほどになめらかだ。布に詳しくないレインにも、これがずば抜けて高価だということがわかった。
「これは東方の国にある民族衣装の生地ですわ、レイン様」
ルルはユリウスの手から生地を受け取って微笑んだ。
「さすが、公爵閣下ですわ。レイン様にこんなにもお似合いになるものを見つけてしまわれるなんて」
「レインのことだからね」
ユリウスが満足げに笑う。ルルが「そうでしょうとも」と頷いた。
「さすがです。では、パーティー用のドレスはこの生地でお作りいたします。このルルのぷらいどをかけて、最高のドレスを作りましょう」
「ああ、頼む」
ルルがスケッチノートに何かを走り書きながら鼻歌を歌っているのを見て、レインはほっと息をついた。
やっぱりお兄様はすごい、物を見る目がおありになるのね。と思って、油断していたから反応に贈れた。
「それでは、残りのお出かけ用、室内用、ガーデン用……残り五十着のドレスの布を決めましょうか!」
「……え?」
完全にこれで終わりだと思っていた。それに、五十着!?レインが驚きに瞠目している間に、お針子達が手にそれぞれおすすめの布を持ちながら迫ってくる。レインはその迫力に押され、結局、どうしてそんなに散財されるのですか!と尋ねることもできないまま、声なき悲鳴をあげることになるのだった。
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