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第五章
仕立て屋さんへ1
しおりを挟む空は晴れていた。暦の上では冬だが、春が近いためか少しだけあたたかい気がする。
王都は城下町。多くの高級店が軒を連ねているその場所で、ユリウスに連れられて入ったのは、専属のデザイナーが気に入った人にしかドレスを作らないということで有名な高級仕立て屋だった。
けれどレインが驚いたのは、そこに、ユリウスが予約もなしに入ったからではない。
「あらあらまあまあ! アンダーサン公爵閣下、それにアンダーサン公爵令嬢ではありませんの!」
「ルルばあや!?」
そこにいて、しかもレインたちを驚いた様子ながらもにこやかに出迎えてくれたのが、いつもレインのドレスを仕立ててくれているルルばあや……もとい、仕立て師のルルだったからだ。レインは、ルルの周囲でドレスを縫っているお針子たちが一斉に振り返ったのを見て、あっと口を押えた。
「ええ、ええ、ルルばあやですよ。レイン様。いつもは公爵邸でお会いしていますものね。驚くのも無理はございませんわ」
「え、でも、あの、ここは王都の人気の……デザイナーの方が……」
「人を選ぶデザイナーがいる仕立て屋、でしょう。ええ、確かに、私はいんすぴれーしょん、の湧く相手にしかドレスは作りませんのよ」
「レイン、ルル氏は以前公爵邸に来たときに君を見初めてね。それ以来、レインのドレスは絶対に自分が作ると申し出られたんだ」
「見初めたなんて。アンダーサン公爵閣下もろまんてぃっくな物言いをされますのね」
ルルはからころと笑った。六十を超えているはずだが、ルルの言葉ははきはきしている。レインはルルのそういうところが好きだった。ルルは少女のような目をレインに向ける。
「でも、正しいですわ。私はレイン様を前にすると、無限のいんすぴれーしょんが湧くのですから」
お針子たちの視線がレインに集中する。レインは顔を赤くして胸の前でもじもじと手を重ねた。
「あ、ありがとうございます……?」
「あらあら! レイン様が照れていらっしゃる! また私、デザインを思いつきましたわ。……それで、公爵閣下、本日はどのような用向きのドレスを仕立てさせてくださるのでしょうか?」
「今度行われる卒業式後のパーティー用のをまず一着。それから……」
ユリウスが注文している間に、レインは店の中を見回した。
お針子たちがせっせと手を動かしている。その手の動きは速く、と同時に繊細だった。
時折こちらを向く視線がいくつもあるから、きっと作業の合間にレインを見ているのだろう。髪をだらしなくたらし、顔を隠していることが急に恥ずかしくなって、レインは前髪をそっと横に流した。その瞬間、部屋のいたるところでほう、とため息が聞こえた。
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