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第四章
昔の話(ユリウス視点)
しおりを挟むこれはユリウスがまだ七歳のころの話だ。
ユリウスが、守るべき姫君に出会ったときの話。
先代の女王がユリウスの一家を城へ呼んだ。王族にのみ入ることが許された私的な庭園。そこには今の国王もいたと思う。少し小雨が降っていたが、先代女王の提案で、傘をさしてで外に出た。
まだ皺の一つもおない美しい女王は、王配との間に生まれたばかりの一人娘を見せる、という名目で、彼女の弟たちを呼んだのだ。
この国は長子相続制だ。女王は二人の弟を持つ姉だった。と同時に、そのカリスマ性と、優れた政治の腕によって、民から慕われた、まさしく王と呼べる存在だった。
そんな彼女が、初めての子供である姫君――イリスレインを抱いたときだけ母の顔になったのを、よく覚えている。
「ほら、ユーリ、ごらん。この子の目にも、私と同じ、王の証である暁の虹が宿っているのよ」
「わあ……」
暁の虹、とは、王家の人間に受け継がれる特異な虹彩のことだ。普段は赤い色をしているが、陽の光が当たった時だけ虹が浮かぶその不思議な虹彩を、その特徴の通り、暁の虹、と呼んだ。
王家に出る特徴、とは言っても、全員に出るわけではない。ある王の子全員に出た記録もあれば、三世代わたって一人も現れなかった記録もある。王籍をはずれたものの子孫には現れないことも有名な話だ。その虹彩を宿したものは名君であることが多く、それをもって王家の証、ではなく王の証、と呼んでいる。
先代女王の目にも、暁の虹が宿っていた。
「かわいい……」
「だろう? 私とあの人の子だからね。世界一かわいいお姫様だよ」
こわごわと触れた頬は柔らかく、ふくふくと赤くて、まるでリンゴのようだった。
そしてまつ毛は長く、薄青い髪は柔らかでつやつやしていて、先代女王の言葉通り、ずば抜けてかわいらしい赤子だった。
「きゃうー!」
「わ……!」
イリスレインは、ユリウスを見ると笑ってその指を掴んだ。
その力は強いのに、びっくりするほど頼りない、小さな手に、ユリウスはくぎ付けになった。
ユリウスは、一目ぼれした体の弱い令嬢――ユリウスの母を娶りたいがために、若いうちに臣籍降下した王弟の子だった。愛情をこめて育てられたが、その出自ゆえ、守られてばかりで、同年代の子供も鍛えたベンジャミンくらいで、こんなに愛くるしく、ふわふわの存在がいるのかと驚いた。
それは、ユリウスが人生で初めて抱いた庇護欲だった。
「僕、この子が幸せになれるよう、絶対に守ります!」
「ふふ、それは頼もしいなあ」
先代女王はきゃっきゃ、と笑うイリスレインと、そんなイリスレインをいとおしく見つめるユリウスに微笑んだ。ふと顔をあげると、雨が止んでいる。
空には虹が浮かんでいた。
「雨が上がると、虹が出るだろう? これが見たかったんだ」
先代女王は笑って言った。虹は王家の証なのだ、と。
こんな幸せが永遠に続くと、その時のユリウスは疑いもしなかった。
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