元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

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第三章

ばかだよな、お前(ユリウス視点)

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「馬鹿じゃねぇの?」

 侍従であるベンジャミンの率直な感想に、ユリウスは口を引き結んだ。

「おひいさまのことが大事で好きならお前が娶ればいいじゃん。あの第一王子じゃなくてさァ。たぶん、いや絶対、おひいさまもその方が幸せだって」

「ベン、お前が考えなしなのは知っているが、主人にその態度を続けるならこちらにも考えがある」
「はいはい、これでよろしいでしょうか、ユリウス様」
「いや、私が悪かった、お前の敬語は気持ち悪い」
「どっちだよ!」

 ベンジャミンが机から立ち上がる。鮮やかな赤毛をしたベンジャミンはダンの孫だ。騎士の訓練も受けているので、護衛兼秘書兼侍従として雇わないか、とダンが昔に連れて来た。乳兄弟のような存在で、気の置けない間柄だった。
 だからまあ、こういう気安い態度も取るのだが。ずけずけと言い過ぎる物言いは、彼の美点でもあるが、欠点でもある、とユリウスは思っている。

「レインを幸せにするなら、レインが望んだ相手でなくてはいけない」

 ユリウスは書類にサインをしながらつぶやくように落とした。
 書斎の本棚から必要資料を探していたベンジャミンが大きくため息をつくのが聞こえる。

「ユーリはさ、おひいさまのことが好きなの」
「好きじゃない」
「お、意外」
「好きなどでは足りない、この世のすべてをあわせたより愛している」
「お、重すぎ」

 ベンジャミンは重い資料をどさりと執務机に置き、手をひらひらさせて言った。

「そんなに好きならやっぱりそばに置いておけよ。第一王子の嫁なんかじゃなくてさ」
「愛している、だ」
「そう、愛してる。お前はおひいさまを愛してる。ならちゃんと――」
「しかし、レインが好もしいと思ったのはオリバーなんだ」

 ユリウスは目を伏せた。レインが「とても良い方だと思いましたわ」と言った時の、あのどこか後ろめたいような表情は、レインがユリウスに気を使っているときの癖だ。

 顎を引いて、眉を下げて、手をきゅっと握って。
 誰よりも近くで彼女を見ていたからわかる。レインは、ユリウスを慮ってあんな顔をしたのだ。

 オリバーとレインはずいぶん仲良くしていた。その光景を見て、頭に血が上った。その少女は自分の大切な宝なのだと――その手で触れるなと思った。しかもレインに接したあの適当な態度。それはユリウスにとっては許しがたいものだった。

 レインはユリウスの姫君だ。慈しむべき唯一無二の存在。そんなレインに傅くならまだしも、無遠慮に引き寄せようとその手に触れたオリバーを許せなかった。

 ……けれど、オリバーに渡すのが嫌だからと言って、自分ではレインを幸せにできないこともわかっていた。
 そんな自分でなくて、オリバーに好感をもったレインをどうして責められるだろうか。

「……王家に、この書状を送ってくれ。婚約の件、了承した、と」
「……ほんとに送っていいんだな?」
「ああ」
「後悔しないな?」
「ああ」
「……ばかだよな、お前」

 泣き笑いのようなベンジャミンの顔。軽い罵倒の言葉を残し、ベンジャミンは執務室の扉を開けて出ていった。
 残された執務室で、ユリウスはペンを置いた。カーテンを開ける。窓の外には、小雨が降っていた。
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