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第三章
婚約の打診2
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レインはユリウスが好きだった。おそらくは、あの雨の日、レインを拾ってくれたそのやさしい手を取った瞬間から、恋に落ちていた。気が付いたのしばらく経ってからだ。……けれど、義理とはいえ、妹が兄に懸想するなんておかしいし、世間的にも異端なことだ。
レインはいい。たとえ兄への恋心を糾弾されても、この想いを抱いていられるだけで充分幸せだ。
けれど、兄は違う。輝かしいアンダーサン公爵――その未来を、レインなんかがつぶしていいわけはない。
「レイン、お前はどうしたい? お前が望まないなら、私がどんな手を使ってでもこの婚約を阻止しよう」
ユリウスの言葉が重苦く響く。ユリウスの言葉からして、その打診は、しつこく、何度も繰り返されてきたのだろう。ユリウスは、その防波堤になってくれていたのだ。
これ以上、ユリウスに負担をかけるわけにはいかない、と思った。
ユリウスの顔が疲れて見える。そんな顔をさせたくなかった。
そうだ、この婚約を受け入れよう。そうして、この兄への想いを心の奥へ、奥底へしまいこむのだ。そうして、兄には王妃の外戚という身分をささげよう。
――お兄様にいただいたすべてを、今、お返ししなくてはならない。
レインは膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。
馬車の外は夕暮れだ。晴れていたのに、今、空は曇って雨の匂いがする。
――雨の日に見つけたから、お前はレインと言うんだよ。
そう、私はレイン。雨の日に救われたレイン。アンダーサン公爵家の、養女。
だから、兄にいただいたこの名前さえあれば、恋を隠して王家に……オリバーに嫁げる。
そのために、一生を捧げてもいい。兄にもらった命だ、兄にいただいたすべてだ。それを、お返しすることくらい、なんてことない。
「婚約を、お受けします」
レインは静かに言った。はっきりと口にした言葉は、ユリウスに届いただろうか。
この想いを、ごまかせているだろうか。
ユリウスは息を呑んだ。どうしてそんな顔をするのだろう。ユリウスは眉を下げて、苦し気な顔をしていた。
「……そうか。わかった。王家には、了承の返事をしておこう」
しとしとと雨が降ってくる。暗くなって、ユリウスの顔が見えなくなった。
この雨は、泣かないように耐えるレインのかわりに泣いているのかもしれなかった。
レインはいい。たとえ兄への恋心を糾弾されても、この想いを抱いていられるだけで充分幸せだ。
けれど、兄は違う。輝かしいアンダーサン公爵――その未来を、レインなんかがつぶしていいわけはない。
「レイン、お前はどうしたい? お前が望まないなら、私がどんな手を使ってでもこの婚約を阻止しよう」
ユリウスの言葉が重苦く響く。ユリウスの言葉からして、その打診は、しつこく、何度も繰り返されてきたのだろう。ユリウスは、その防波堤になってくれていたのだ。
これ以上、ユリウスに負担をかけるわけにはいかない、と思った。
ユリウスの顔が疲れて見える。そんな顔をさせたくなかった。
そうだ、この婚約を受け入れよう。そうして、この兄への想いを心の奥へ、奥底へしまいこむのだ。そうして、兄には王妃の外戚という身分をささげよう。
――お兄様にいただいたすべてを、今、お返ししなくてはならない。
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馬車の外は夕暮れだ。晴れていたのに、今、空は曇って雨の匂いがする。
――雨の日に見つけたから、お前はレインと言うんだよ。
そう、私はレイン。雨の日に救われたレイン。アンダーサン公爵家の、養女。
だから、兄にいただいたこの名前さえあれば、恋を隠して王家に……オリバーに嫁げる。
そのために、一生を捧げてもいい。兄にもらった命だ、兄にいただいたすべてだ。それを、お返しすることくらい、なんてことない。
「婚約を、お受けします」
レインは静かに言った。はっきりと口にした言葉は、ユリウスに届いただろうか。
この想いを、ごまかせているだろうか。
ユリウスは息を呑んだ。どうしてそんな顔をするのだろう。ユリウスは眉を下げて、苦し気な顔をしていた。
「……そうか。わかった。王家には、了承の返事をしておこう」
しとしとと雨が降ってくる。暗くなって、ユリウスの顔が見えなくなった。
この雨は、泣かないように耐えるレインのかわりに泣いているのかもしれなかった。
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