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第三章
婚約の打診1
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保健室で手を冷やしている最中も、ユリウスは無言だった。
レインが主席として入学式の挨拶をする間はじっとこちらを見てくれていたけれど、入学式を終え、帰り道になっても、ユリウスは何かを考えこんでいるようだった。
「お兄様……」
帰りの馬車で、レインはさみしさに耐えきれなくなってユリウスを呼んだ。
窓の外を見て真剣な顔をしていたユリウスがはっとこちらを向く。
「すまない、レイン。少し考えごとをしていた」
「そうだったのですね、私がお兄様に余計なことをしてしまったのかもしれないと思っていました」
「私のためを思ってだろう。レインが気にすることはないよ」
「それでも……」
「大丈夫だよ、レイン」
それ以上レインに気を遣わせないためだろうか、ユリウスがぴしゃりと言った。
ユリウスのこういうところは、優しいけれどもどかしいところだった。レインはもっと、ユリウスの役に立ちたいし、迷惑をかけたくないのに。
「それより」
ユリウスが話を変えるように、レインに向き直った。
「オリバー第一王子のことを、どう思った?」
突然の質問に、レインは戸惑った。ユリウスが王子の印象について……というか、誰かの印象について尋ねて来たのは初めてだったからだ。
第一王子は、印象に残る人物だった。……悪い意味で。
ユリウスが何を知りたくてこんなことを聞くのかわからない。
レインはユリウスの顔をじっと見つめた。その表情には、レインの中の何かを探るような色があった。
そこに、レインの持つ甘い夢のような、分不相応な感情を見透かされているような気がして、レインはとっさに、ごまかすように口を開いた。
「とても良い方だと思いましたわ」
にっこりとほほ笑みながら口ずさんだ言葉は真っ赤な嘘だった。
「好感を抱いた、と?」
「はい」
「……そうか」
ユリウスは、その秀麗なおもてに渋面を浮かべた。
レインは、あ、間違った、と思った。
人の顔色を窺うことは得意だったはずなのに、幸せな生活をしていて油断してしまった。ここは本音を言うべき場面だったのだ。あの人は嫌いだと、オリバーにはもう会いたくない、と。
あわててレインが訂正しようとした、その時だった。
「あの……」
「実は、王家からレインの婚約を打診されていてね」
「え……」
こんやく、とレインは唇だけでつぶやいた。
喉が急にからからに乾いて、指先がおこりのように震える。
「私は、養女です。しかも、もともと奴隷身分でした」
「この国は奴隷を禁止している。だからレインは平民だった、ということになっている」
「でも……」
「それでも、だ」
ユリウスは苦々しい顔で話を続けた。
「養女でも平民でもいい、と。レイン、お前と第一王子の結婚を強く望まれた。おそらくは、先代女王陛下の崩御から求心力の落ちている王家とアンダーサン公爵家の結びつきを強めたい、という思惑がある」
「お、兄様、それは、以前から……?」
「……レインが養女になったあたりから、ずっと打診されていた」
「そんな……」
レインの手が力なく膝に落ちる。この身が張り裂けるかもしれない、と思った。
だって――ずっと、恋をしていた相手から、他の人間との結婚をほのめかされているのだから。
レインが主席として入学式の挨拶をする間はじっとこちらを見てくれていたけれど、入学式を終え、帰り道になっても、ユリウスは何かを考えこんでいるようだった。
「お兄様……」
帰りの馬車で、レインはさみしさに耐えきれなくなってユリウスを呼んだ。
窓の外を見て真剣な顔をしていたユリウスがはっとこちらを向く。
「すまない、レイン。少し考えごとをしていた」
「そうだったのですね、私がお兄様に余計なことをしてしまったのかもしれないと思っていました」
「私のためを思ってだろう。レインが気にすることはないよ」
「それでも……」
「大丈夫だよ、レイン」
それ以上レインに気を遣わせないためだろうか、ユリウスがぴしゃりと言った。
ユリウスのこういうところは、優しいけれどもどかしいところだった。レインはもっと、ユリウスの役に立ちたいし、迷惑をかけたくないのに。
「それより」
ユリウスが話を変えるように、レインに向き直った。
「オリバー第一王子のことを、どう思った?」
突然の質問に、レインは戸惑った。ユリウスが王子の印象について……というか、誰かの印象について尋ねて来たのは初めてだったからだ。
第一王子は、印象に残る人物だった。……悪い意味で。
ユリウスが何を知りたくてこんなことを聞くのかわからない。
レインはユリウスの顔をじっと見つめた。その表情には、レインの中の何かを探るような色があった。
そこに、レインの持つ甘い夢のような、分不相応な感情を見透かされているような気がして、レインはとっさに、ごまかすように口を開いた。
「とても良い方だと思いましたわ」
にっこりとほほ笑みながら口ずさんだ言葉は真っ赤な嘘だった。
「好感を抱いた、と?」
「はい」
「……そうか」
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レインは、あ、間違った、と思った。
人の顔色を窺うことは得意だったはずなのに、幸せな生活をしていて油断してしまった。ここは本音を言うべき場面だったのだ。あの人は嫌いだと、オリバーにはもう会いたくない、と。
あわててレインが訂正しようとした、その時だった。
「あの……」
「実は、王家からレインの婚約を打診されていてね」
「え……」
こんやく、とレインは唇だけでつぶやいた。
喉が急にからからに乾いて、指先がおこりのように震える。
「私は、養女です。しかも、もともと奴隷身分でした」
「この国は奴隷を禁止している。だからレインは平民だった、ということになっている」
「でも……」
「それでも、だ」
ユリウスは苦々しい顔で話を続けた。
「養女でも平民でもいい、と。レイン、お前と第一王子の結婚を強く望まれた。おそらくは、先代女王陛下の崩御から求心力の落ちている王家とアンダーサン公爵家の結びつきを強めたい、という思惑がある」
「お、兄様、それは、以前から……?」
「……レインが養女になったあたりから、ずっと打診されていた」
「そんな……」
レインの手が力なく膝に落ちる。この身が張り裂けるかもしれない、と思った。
だって――ずっと、恋をしていた相手から、他の人間との結婚をほのめかされているのだから。
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