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第三章
オリバー第一王子1
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月日が経つのはあっという間だった。レインがユリウスに救われてから四年が経つ。
優しくあたたかなアンダーサン公爵家の人々に包まれ、育てられ、レインはずばぬけて賢く、透き通るように美しい少女へと成長を遂げた。ユリウスも立派に成人し、と同時にやりたいことがある、と引退を決意し辺境へ行ってしまった父公爵から爵位を継いだ。
レインが十五才、ユリウスが二十二歳のことである。そんなレインももうすぐ――本当の誕生日はわからないので大体の目安だが――十五才となる。
王立学園に入学する時がやってきたのだ。
この国、イシス王国の貴族令嬢と貴族令息はみな十五才を迎える年の春から三年間、王都にあるイシス学園に通うことを義務付けられている。貴族同士の結束を固め、有事の際に備えるため、というのがその義務の名目だが、貴族同士の結束が固まるかと言えば、そうであってそうではなかった。
親が社交界でどのような立場にいるかでグループができ、その中で交流する。仲のいい悪いも実家しだいだ。いうなれば、ここは小さな社交界なのである。
そんなイシス学園の入学式に向かう道すがらのことだった。ユリウスと並んで歩くレインは注目の的だった。
視界の端々から、あのアンダーサン公爵と歩いているのは誰だ、と囁く人が見える。
やっぱり兄は優秀で美しい、素晴らしいひとなのだ。
ユリウスと並んで歩いているだけで注目されるのを実感しながら――実は囁きの半分ほどはレインの美しさについてだったのだけれど、思い込みゆえにレインはそれには気付かなかった――レインは歩く。その時だった。
「おっと、ごめんね……うわッ」
広い、学園の正門で、きらびやかな容姿をした金髪の少年が、レインにぶつかりそうになったのだ。
間一髪でユリウスがかばってくれたからレインにはぶつかっていないが、代わりにユリウスに勢いよくぶつかってしまった青年は、思いきりたたらを踏んで転んだ。一方のユリウスは鍛えているからかびくともしていない。
さすがお兄様だわ、と思いながら、レインはよろけていった少年を見やる。
歳は自分と同じくらいだろうか。おそらく新入生だろう。金髪に琥珀色の目をしていて、美少年と言えなくもない。ただ、この広い通路を歩いているにもかかわらずレインにぶつかろうとしてきたことと、なにより――ユリウスが隣に並ぶことがなければ。
ユリウスの、眼鏡をしていてもわかる迫力のある美貌に比べてしまっては申し訳ないのだけれど、どうしても誰でもが見劣りしてしまうのだ。
レインは眉尻を下げて少年を見つめた。少年の顔がぽっと赤くなる。
「あの……大丈夫ですか?」
おそらくぶつかってきたのはわざとだ。そうでもないと、この広々した通路でぶつかる意味が分からない。それでも転んだ相手を無視するわけにもいかない。
レインが差しのべた手をぎゅうっと掴み、レインが痛みに顔をしかめるのにも関わらず、少年は「君の名前は?」と何より先にまずレインの名前を聞いてきた。
「あ、あの」
「オリバー殿下、その辺にしてくれますか。妹が痛がっています。第一、妹が手を差し伸べたにもかかわらず感謝もせずまず名前を尋ねるとはどういう了見ですか。……そもそも、わざとぶつかりましたね?」
「アンダーサン公爵の妹だったのか。なぜ僕が知らなかったんだろう。……本当に綺麗な子だ」
「その耳にはパンでも詰まっているのですか? もう一度言います。私の手が出る前にその手を妹から離してください」
「ひ……。わ、わかったよ……アンダーサン公爵……」
ユリウスの怒気に負けたのか、オリバーがレインの手を解放する。レインの手は強く握られたせいで赤く手のあとがついてしまっていた。
奴隷だった時は分厚くがさがさしていた手も、今はこんなにやわらかく、弱くなってしまった。
優しくあたたかなアンダーサン公爵家の人々に包まれ、育てられ、レインはずばぬけて賢く、透き通るように美しい少女へと成長を遂げた。ユリウスも立派に成人し、と同時にやりたいことがある、と引退を決意し辺境へ行ってしまった父公爵から爵位を継いだ。
レインが十五才、ユリウスが二十二歳のことである。そんなレインももうすぐ――本当の誕生日はわからないので大体の目安だが――十五才となる。
王立学園に入学する時がやってきたのだ。
この国、イシス王国の貴族令嬢と貴族令息はみな十五才を迎える年の春から三年間、王都にあるイシス学園に通うことを義務付けられている。貴族同士の結束を固め、有事の際に備えるため、というのがその義務の名目だが、貴族同士の結束が固まるかと言えば、そうであってそうではなかった。
親が社交界でどのような立場にいるかでグループができ、その中で交流する。仲のいい悪いも実家しだいだ。いうなれば、ここは小さな社交界なのである。
そんなイシス学園の入学式に向かう道すがらのことだった。ユリウスと並んで歩くレインは注目の的だった。
視界の端々から、あのアンダーサン公爵と歩いているのは誰だ、と囁く人が見える。
やっぱり兄は優秀で美しい、素晴らしいひとなのだ。
ユリウスと並んで歩いているだけで注目されるのを実感しながら――実は囁きの半分ほどはレインの美しさについてだったのだけれど、思い込みゆえにレインはそれには気付かなかった――レインは歩く。その時だった。
「おっと、ごめんね……うわッ」
広い、学園の正門で、きらびやかな容姿をした金髪の少年が、レインにぶつかりそうになったのだ。
間一髪でユリウスがかばってくれたからレインにはぶつかっていないが、代わりにユリウスに勢いよくぶつかってしまった青年は、思いきりたたらを踏んで転んだ。一方のユリウスは鍛えているからかびくともしていない。
さすがお兄様だわ、と思いながら、レインはよろけていった少年を見やる。
歳は自分と同じくらいだろうか。おそらく新入生だろう。金髪に琥珀色の目をしていて、美少年と言えなくもない。ただ、この広い通路を歩いているにもかかわらずレインにぶつかろうとしてきたことと、なにより――ユリウスが隣に並ぶことがなければ。
ユリウスの、眼鏡をしていてもわかる迫力のある美貌に比べてしまっては申し訳ないのだけれど、どうしても誰でもが見劣りしてしまうのだ。
レインは眉尻を下げて少年を見つめた。少年の顔がぽっと赤くなる。
「あの……大丈夫ですか?」
おそらくぶつかってきたのはわざとだ。そうでもないと、この広々した通路でぶつかる意味が分からない。それでも転んだ相手を無視するわけにもいかない。
レインが差しのべた手をぎゅうっと掴み、レインが痛みに顔をしかめるのにも関わらず、少年は「君の名前は?」と何より先にまずレインの名前を聞いてきた。
「あ、あの」
「オリバー殿下、その辺にしてくれますか。妹が痛がっています。第一、妹が手を差し伸べたにもかかわらず感謝もせずまず名前を尋ねるとはどういう了見ですか。……そもそも、わざとぶつかりましたね?」
「アンダーサン公爵の妹だったのか。なぜ僕が知らなかったんだろう。……本当に綺麗な子だ」
「その耳にはパンでも詰まっているのですか? もう一度言います。私の手が出る前にその手を妹から離してください」
「ひ……。わ、わかったよ……アンダーサン公爵……」
ユリウスの怒気に負けたのか、オリバーがレインの手を解放する。レインの手は強く握られたせいで赤く手のあとがついてしまっていた。
奴隷だった時は分厚くがさがさしていた手も、今はこんなにやわらかく、弱くなってしまった。
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