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第二章

庭園にて、タンポポを好きと言いました1

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 良く晴れた日の午後、昼食を摂った後、公爵家の庭園の散策を提案してくれたユリウスに、レインは一も二もなくうなずいた。

 最近のユリウスは勉強するときに楽だから、という理由で眼鏡をかけていることが多い。公爵家を継ぐために、本格的に勉強を始めたらしい。

 群青の髪をして、切れ長の琥珀色の目が輝くユリウスは、今までレインが見たこともないほど美しい顔をしている。眼鏡をかけると、ユリウスの年齢の割に大人っぽい魅力が増すようで、レインはどきどきしてしまうのだった。

 ――今日も、お兄様はかっこいい。

 お兄様、と呼ぶことに照れと遠慮がなくなることはまだない。

 でも、そう呼ぶとユリウスが喜ぶので、レインはなるべくユリウスのことを「お兄様」と呼ぶようにしていた。
 日傘をさしてもらい、大きな庭園に出たレインは、その広大な敷地にまず驚いた。そして、そこに植えてある色とりどりの花たちにも。

 花壇は円状に伸びており、中央には大きな噴水があった。ところどころに影を作るように薔薇のアーチが点在していて、遠目には庭を眺めるように東屋が立っていた。

 ガラス製だろうか、透明な温室もあり、この庭の半分だけでタンベット男爵家の屋敷がすっぽり収まってしまう広い庭は、それに見合うだけの手がかけられていることがわかった。

「レイン、レインは何の花が好き? 母が亡くなってから、この庭は庭師に任せきりでね。よければ、レインの好きな花を植えてくれると嬉しい」
「えっ……!? こ、こんな素敵な庭に手なんか加えられません! 庭師の方はすごいです……!まるで夢みたいなお庭……」
「ふふ、それは庭師のダンに言ったら喜ぶだろうね。でも、これからこの庭の主人は君だ、レイン。レインはどんな花が好き?」

 もう一度聞かれて、レインは眉尻を下げて考え込んだ。
 好きな花はあるけれど、好きな理由が理由だし、そう胸を張って言えるほど花には詳しくない。

「好きな……花……」

 レインは口ごもった。レインの好きな花は、この庭には似つかわしくないような大衆的な花だったからだ。

「タンポポ……」

 ひもじいときに食べていた花だ。葉も根も花も食べられて、しかもほかの草より苦くない。

「かわいくて、小さくて……私を助けてくれた花だから……」

 タンポポを齧っていたのはひもじいからだったけれど、一番はそれがあるのかもしれない。
 レインはいつもおなかをを好かせていて、いつ飢えて死んでしまってもおかしくはなかったから。レインがうつむくのに、ユリウスがはっと顔を曇らせる。レインに、タンベット家のことを思い出させたと思ったのだろう。

「あの一家……ここまでレインをむしばむなんて、処刑では生ぬるいな……」
「お兄様?」
「なんだい? レイン」
「お兄様、眉間がしわしわです。なにか嫌なことがありましたか……?」
「いいや、レイン。なんでもないいよ」

 ユリウスが何事かを暗い顔でつぶやいていた気がしたが、レインの言葉にいつもの優しい笑顔になった。
 琥珀色の目がゆるりと細くなり、やわらかな色を宿す。
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